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聖杯城内郭の多重結界

 タエの案内されたアサシン専用の居室。タエが入る直前に、掃除人のような作業着の男女達が急いで出ていく。それをを見送りながら、タエはゆっくりと部屋へ入り込んだ。そこには、僕たちにとって見たことのないものが設けられていた。豪華な洗面室、ソファー、谷間を見下ろす大窓とバルコニー。その一つ一つに掃除をしたばかりの様子が見て取れる。


 そこに、小姓が入って来た。

「マイロード。もうすぐお食事のお時間でございます。まずは湯あみを」

「貴方は誰?」

「先ほど、ここに貴女様をご案内を申し上げた警備司令が、私にここへと命令されました。遅くなりましたが、お食事と少しばかりの宴をご用意申し上げております。こちらへどうぞ」

 タエは、ペルシア人に見えるこの少年が案内役を担当していることに、驚いた。タエ自身が20歳そこそこなのだが、彼も同じ歳ほどの若さなのだろう。

 通されたのは、ローマの浴場を思わせる大理石の床面、湯煙の向こうには広大な湯の池があるらしい。

「アサシン様、こちらでございます」

 湯あみ着一つとなった若い男女たちが、同じく湯あみ着となったタエを奥へと導いていく。まさか若い男女達を・・・・とタエが警戒した通り、湯の中へ案内されると、彼等が肩と首筋、背中の疲労を緩和させる手わざを施してくる。しかし、ここで彼らに違和感を与えるそぶりをしてはならなかった。

「お待ちしておりました」

 ソプラノの言葉を耳にした時、タエは自らの耳を疑った。

「待っていたとは?」

 そう言いかけた時、出入り口の方から声がかかった。警備司令の呼びかけだった。

「アサシン様。おくつろぎのところ、お食事とうたげの時となりました。こちらへお運びを」


 タエは戸惑った。彼女は上席に座らされ、それを囲むように警備司令と多数の警備兵、先ほどの男女たちが座る。僕は入り口あたりで付け足したような席に座らされていた。

「私は、あなたを疑っているんですよ」

 警備司令が、タエの目から視線を外さずにそう問いかけた。

「え?」

「そこで、この舞台を用意しました。ここの地ではいつもアサシン様の力によって、さまざまな敵を粉砕してきました。その武器はアサシン様の持つ霊剣操と聞いております。ここは、鳴沢総督様の渦動結界に満ちた場所です。そこで、アサシン様ならば、剣達の制御を霊剣操によって見せてくださることは、造作もないことでしょう」

 やはり僕たちは疑われていた。逆に、ここで彼らを納得させることができれば、後の工作がスムーズに運びそうだった。指示された多数の剣制御は、彼女にとって容易いもの。それでも警備司令を納得させるには十分なものだった。

「流石は本国のアサシン様。多数の剣制御はお手の物ですね。それでは、お食事の方を…」


 しばらくの歓談は彼等を完全に信用させ、タエに向かって不平や不満が口をついて出てくるほどとなった。

「此処では、慢性的な人手不足ですからね。本国からの方に訴えても仕方がないのですが。やむを得ず必要な時に彼等を使うのです。………おっと、誤解のないように説明しますが、この男女たちはなかなか歳をとらない者たちです………。実は、彼等は生き残りです。それも、60年前に帝国がここまで達した時に『旅団』という敵を滅ぼし尽くした際の、ね」

「彼等が60年前の生き残り?」

「そうです。彼等はその生き残りです。彼らの他の仲間たちはこの城の内郭奥に逃げ込んだまま、私たちばかりでなく鳴沢総督も手が出せなかった。この奥には不思議な力場があるのです。その周りには、逃亡防止のために鳴沢総督が稼働結界による重力断層を設けられました。その中では、周囲も含めて時間がとても遅くすすんでいるのです」

 彼のいうには、不思議な力場から旅団の生き残りが逃げないように、聖杯城内郭の奥に多重渦動結界を設け、力場の断層を形成したらしい。また、旅団壊滅の際に逃げ遅れた男女たちを捕まえて、やはり小さな多重結界の力場断層領域を設けて幽閉しているとも言う。此処の兵士たちは、彼等を必要に応じて用務に従事させることに利用している。

………まだ、旅団の残りの者たち、エチオピアの残りの者たちが、力場の断層つまり時間断層の中に閉じ込められていることになる。

 

 宴は終わり、警備司令はタエをアサシン専用の居室へと案内した。僕のことは誰も気に留めないらしい。いや一人の少女が僕に一言、声を掛けてはくれた。

「あんた、アサシン様のお付きだっけね。大浴場が開いているよ。お偉いさんたちはみんな使った後だから、付き人のあんたも、私たち使用人たちと一緒に使ってもいいはずよ」

 彼女は僕を捕まえてなれなれしく、そして偉そうに言う。いいぶりからすると、僕を一人前、いや人間扱いしてくれているわけではなく、単なるタエの奴隷であるとでも考えているらしい。

「あ、ありがとう」

 彼女のような憎たらしいガキどもが走り回っている。先ほどの男女たちに交じって仕事をしているのだろう。だが、僕自身はここで何を言っても相手にしてもらえそうもなかった。僕は黙ってその連中の後をついていった。


 はしゃぎまわるガキどもの隅で、僕は目立たぬようにシャワーを使った。憎たらしいガキどもに何か言われるような隙を見せないように、そして一生懸命気配を消すように、目立たぬように動いた。そんな僕に別のガキどもの一人が近づいてきた。

「ここであれば、僕たちはみな一緒にはしゃぐことができるんです。ここでは大人たちも何も言ってこないんですよ」

「へえ、そうなんだ」

 僕は、目の前の少年の意図が分からずに、とりあえず返事をした。

「だから、ここへご案内したんです。首から下げているその包みは、とても珍しい羊皮紙ですよね」

「これに気づいていたのかい?」

「ええ、ここにいるほかのみんなも気づいています。アサシンと名乗っているあの女性もあなたも、帝国軍の方々ではないですよね」

 僕はどうこたえるべきかを考えた。この少年を含む使用人の男女たちは、60年前の聖杯城壊滅の際の逃げ遅れ組なのだろう。そうであれば、一言いえば済むことだった。

「ジャクラン司令・・・・」

 その言葉を発したとたん、この少年が僕の口をふさいだ。

「それ以上、語らないでください。今夜、この夜の闇にまぎれて、僕たちについてきてくれませんか?」


「ジャクラン指令が生きているって?」

タエはそう言って言葉を失い、涙を流した。だが、彼女は涙を流したはずなのに半信半疑の反応を示した。

「それ、本当なの。どういうことなの?」

彼女を目立たぬように先ほどの少年に引き合わすと、彼は、僕とタエとを、彼らの宿舎となっている内郭城壁の縁の小屋に導きいれた。

「ここから奥へと進むことはできないんです。僕たちはあの力場と断層の前では無力で・・・・」

 目の前に視界をゆがませるほどの揺らぎが見える。確かに力場と結界断層が形成されている。この先に旅団の仲間たちがいるのだろうか。どのようにして接触を図るべきだろうか…・。結界断層の揺らぎを見つめながら、僕とタエは互いの困惑の顔を見つめた。


 次の日、検問所で騒ぎが起こった。アサシンと神邇(ジニ)の連れだと言い張る者たちが検問所の警備兵と言い争っているという。

「お前達、私が林聖煕であることを忘れたか? 前回も来たはずではないか?」

 アサシンは林聖煕らしい。だが、警備兵一人として彼の言う言葉に聞く耳を持たない。

「此処から立ち去れ、それとも吹き飛ばされたいか?」


 その言葉に、聖煕とハルマンは一旦立ち去ることにした。聖煕は何かを考えながら歩みを進めている。彼の後ろで蠢いている怪物はハルマンだった。

「此処にあの女の匂い、気配を感じたぞ。そうだ、師範の西姫に似ている。だが、コレは処女の匂い?」

「ハルマン、この城跡に誰かが入り込んでいるのか?」

「そうらしい。だが誰なのだろうか?」

 聖煕の問いかけにハルマンは首を傾げている。

「可能性としては、ジブチの廃墟で私とオム・ボースを襲った奴らか?」

「その可能性はあるな。相当のやり手だろう」

「そうだ、ここの女の匂い、気配は、ジブチでの女と同じだ。西姫か? しかし、西姫は秀明と言う男と戦い、鳴沢様の前で粉砕されてしまったはずだわ…・」

「それなら、ハルマン。ここに入り込んでいる怪しいやつらが誰かを調べる必要がある。それをトランシルバニアの鳴沢総督にお知らせせねばなるまい」

 聖煕はそう言って、検問所の背後に立つ城跡の城壁を見つめた。

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