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ジブチの廃墟 2

 次の日、イドリースは僕たちの休んでいる船着き場へ訪ねてきた。彼は、ジブチの廃墟へ行った時の様子を話し、道案内を言い出してくれた。


 彼の話に基づけば、渦動結界は要塞跡の周囲に限られるという。ただ、一旦廃墟に入り込むと、迷わす声と迷路ゆえに出て来るのに数日から十数日を要するという。それは、渦動結界を担う神邇(ジニ)たちによる魔術のように思えた。廃墟の周囲には力の強い神邇(ジニ)が結界を稼働させているに違いなかった。


「あ、あそこに、あの声の主が・・・・・」

 イドリースが恐怖に震えて指さす先に、弱い冬日のためか廃墟最奥の薄暗い空間があった。ジブチ要塞の最奥、司令所だったところ、そこにその怪物が居座っていた。

「そうだ、そいつが言うように、私がここの主だ。この辺りの死体は、私が皆殺しにしてやった旅団の頭目と工作員たちだ」

 その声を聞いたとたん、タエは気が狂ったようにその怪物に襲い掛かった。

「皆殺し・・・・、よくもそんなことを・・・・、ハルマン・・・・渦動結界ごと没滅してやる」

 渦動結界の濃密な中で、怪物は大きな剣を二本振り回してタエを振りほどいた。タエは、濃密な渦動結界の中でも特に濃密な所を探し出し、そこで刀を構えて霊剣操を操した。途端に怪物が振り回していた大剣は、次の瞬間にタエの手元に納まっている。驚いた怪物は、槍を持ち出してタエに襲い掛かる。しかし、怪物がつかんでいる槍でさえタエの前で振動して怪物から逃げ出そうとする。

 だが、怪物は通常の神邇(ジニ)ではなかった。驚きながらもタエのそれが霊剣操であることを見極めたらしい。途端に渦動結界を変形させ、タエの周囲の結界だけを消していた。それがタエの霊剣操を無効にし、逆に怪物側の霊剣操のみを有効にしていた。

 タエは、構えを変えた。六星老人から直伝の霊刀操の構え・・・・。こうして両者は睨みあった。


 怪物の横から、腰にウルミを巻き付けたアサシンが出てきた。彼は腕に金剛腕盾(バックラー)を付けて渦動結界を強めている。怪物側の霊剣操は彼によるものらしい。それを見た僕も、タエの横に立った。

「あんた、やり手ね。そう、あなたと会ったことがあるわ、西姫。でも、死んだはずなのに・・・・。いや、あんたは本当は誰なの?」

 ハルマンはタエを観察しながら、そういった。それに応ずるようにタエもハルマンを見つめ、答えた。

「あんた、ハルマンよね。そして、ウルミの持ち主はアサシン、チャンドラー・ボース………。」

「それは、俺の祖父の名だ。おれはオム・ボースだ」

 ハルマンの横の壮年のアサシン。おそらく師範級なのだろう。

「え?」

 タエは驚いて声を上げた。目の前のアサシンがチャンドラーの孫と言うことは、60年もたっていることから見て、当然のことだった。

「お前たち、どうしてハルマンの名をどうして知っているのか? お前たち・・・・帝国のアサシンか? 国術院の出身なのか?」

 オムと言うアサシンも驚いている様子だった。その隙をついてタエは霊刀操によってオムのウルミを粉砕し、返す刀で金剛腕盾(バックラー)を付けているオムの左手を切り落としていた。

「あんたはそれを知ることはないわ。今できることはただ逃げることだけよ」

 ハルマンとオムは一瞬にして逃げ出し、渦動結界は徐々に解け去っていった。

「あんた達、何者なんだ?」

 イドリースは、畏怖と恐怖のために渇いた口を舐めながら、目を丸くしていた。


 ジブチの廃墟は一面薄く砂に覆われていた。少し掘り返せば、様々な跡が見て取れる。要塞の周囲に巡らせていたはずの障壁も、礼拝堂も、工作員たちの集合地も、ジャクラン司令が指示を出し、テキパキと対応していた司令室も・・・。ぼんやり考えながら、廃墟を歩き回る。そこには、打撃艦による爆撃、防御壁の断裂、防御陣地の崩壊、そして、散乱した武器とその担い手たちがそのまま残されていた。

 廃墟から海を見下ろす場所に、僕たちは立った。確か、僕がジャクランに報告をしたことのある場所…その建物は破壊され尽くされ、吹き抜ける初冬の風だけが僕たちの肩を震わせている。いや、肩を震わせているのは、僕たちが泣いているせいだった。


 イドリースは、ジブチの廃墟で力なく海を見ていた僕たちに話しかけてきた。

「埋葬は終わったよ。もう、ここの廃墟には絶望以外何もない」

「そう、ここをこんな廃墟にしちまったのは、僕たちだ」

 僕は、ぽつりぽつりとそう言った。

「ジャクランもいなかったわ」

 そう言って、タエは黙りこむ。

「あんたたちが? ここを破壊したのか? あんたたちは帝国軍なのか? アサシンなのか? あの爺ははそうはいっていなかったが・・・・」

 イドリースは不思議そうにそう言いながら、僕たちの顔を見つめた。

「私たち・・・・帝国軍から彼らを守れなかった。私たちは彼らに絶望を与えただけだったんだわ。そして、今も彼らを絶望の中に放り込んでいる…・」

 タエはそう言って海を見続けている。それを見たイドリースは続ける。

「戦争だったからな。それでもここへ来てくれたあんたたちは啓典の民の残りにとっては希望だよ。ここの彼らが負けたとしたら守護天使と指導者の責任だ。それに60年も前のことをそう考えるのかい。俺たちが生き残ったのは守護してくださる方がいたからだし……。だから、普通はあんたたちのように考えるべきではないぜ。つまり、あんたたちの責任じゃあないさ」

「僕たちは君たちにとって責任を取るべき者ではなくても、僕たちは君たちにとっての希望でもない」

「いや、あんたたちは希望だ」

「ジベタの人たちもそう言っているけどね。しかし、僕たちは自分たちを守るだけで手いっぱいだった。そして今も無力だ。この廃墟が証拠さ。僕たちは何もできていないし、できる力を持っていないんだ。だから、僕たちが彼らを死なせてしまったんだ」

「まだこだわっているのか? それならこう言ってやるよ。死も人生の一部さ。帝国の奴らとは違い、俺たちの人生は一回だけ。その一回を一生懸命に生きて、それぞれの人生の最後に啓典の主が再臨してくださるのさ」

「そんなこと・・・・・」

「あんたたちは、あの輪廻転生を繰り返す帝国人なのか?」

「僕たちはもちろん帝国軍人や帝国のアサシンたちのように、何回も生きることはない。僕たちは帝国はおろかこの世と切り離されて生きていたんだ。いわば、帝国と言う蝋燭の前にいきなり出てきてもがいている虫にすぎない・・・・・」

 僕が僕たち自身をそう言い続けるのを見て、イドリースはあきれたように口を閉ざした。その重苦しい空気を切り替えるように、タエが僕に問いかけた。

「アキー、これからどうするの?」

「ジブチは旅団の本拠地だった」

「聖杯城は?」

「聖杯城・・・・・」

「そこにいけば、なにかわかるかもしれないわ」

「だが、旅団は全滅した、と彼らがいっていたではないか」

「そう、でも私たちがここまで導かれたのは、何のためよ?」

「希望があるから、希望が残っているからか?」

「だから、前に進むしかないのかしら」

「そうだな。そう、まえにすすむんだな」

「しかし・・・・」

「しかし?」

「うん、悩んでいる。わからないんだ。僕たちは単なる駒になり下がっているのだろうか」

「その通りだと思うわ。でも、単純なコマではないわ。私たちは、考えた末に旅団と啓典の民を求めてここまで来ているのよ。それは、私たちが今までしてきたことの延長よ。私たちが始めたことだから、今の私たちは過去の私たちが決意したことをやり続けているのよ」

「そうか、そうだったな。そうだ、艱難は練達を、練達は希望をもたらすんだったな」

「じゃあ、行きましょう」


「俺もようやくここへ入れた・・・・」

 いつの間にか廃墟へと昇って来ていた老人が、そう声をかけてきた。

「あんたもここに入れなかったのか?」

「そうだった。ここには俺の元恋人が居たんだよ」

「恋人が?」

 この老人は、60年も前に死んだ恋人を忘れずにいたのだろうか。老人とはいっても60歳そこそこに見えるのだが…・その老人のいう60年前のとは…・…よほど幼ないときの恋人を忘れずにいたのか・・・

 ぼくもタエも不思議そうに老人の顔を見つめた。それにこたえるように、老人はタエを見つめている。

「俺の元恋人は・・・・あんたらがここの結界を壊して追い出したハルマンだよ。今までオム・ボースの霊剣操には勝てなかったから、なかなかここへ入れなかったんだよ」

「え?」

「絶姫、俺は60年前にこのジブチ近くであんたに警告したはずだよな。このままでは『旅団は完全に滅びる』とね」

「え?」

「あんた、きれいになったんだあ。それに年を取ってないな」

「あんた、オンゼナ・・・・」

 タエは絶句していた。オンゼナが老人の姿に身をやつして、僕とタエの前に表れていたとは・・・・

「俺は、オモロ族の中にいてこの時を待っていたんだよ」

「オモロ族の中に?」

「俺は、さまよっているときに別の『神邇(ジニ)』と知り合ってね。『神邇(ジニ)』ではないな、彼は『神爾(ジニ)』つまり啓典の主にまつろう側の奴だ。そいつのとりなしで啓典の民であるオモロ族に紛れ込ませてもらったのさ。彼らの守護としてね」

「守護天使・・・・」

 僕はそうつぶやいた。

「いや、彼は確かに守護天使と名乗ったが、俺はその地位を得ていない。俺は彼らを守るだけの存在だ」

「そうだったのね」

 タエは、驚き怪しみつつそう感慨深く答えた。

「聖杯城に行くのか? それなら安心しろ」

 オンゼナはタエの視線を受け止めて苦笑いをしつつ、そう声をかけてきた。

「ここも帝国領にはなっているが、メケレから西の山間地帯は帝国が入り込めない地方だ。そこへ行け」

 オンゼナのふんする老人はそう言って口を閉じた。

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