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アカバのジベタの民

「おめえら二人、何者だ?」

「僕たちは、アーティカに会いに来たんだ」

「アーティカ、だと?」

 レジデンスの広がるアカバ市街から東の黒い岩山に沿った旧市街、いや廃墟区域と呼ばれる路地裏に入り込むと、とたんに僕たちを囲む男女たちの姿があった。タエは黒いヒジャブ、僕はアマーマを被ったトーブ姿なのだが、彼らは異郷の人間たちに敏感らしい。

「おめえら、何者だ?、顔を見せろ」

 屈強な男たちが僕のアマーマを奪い取り、僕は顔がむき出しになった。

「お前、帝国人だな」

 それを聞いたタエも自らのヒジャブを拭い去り、顔をむき出しにした。

「そうよ、帝国人と言われても無理はないわね」


・・・・・・・・・・・・・・


 夏ゆえに、灼熱の昼になると街から人影が消える。ペトラの直射日光は容赦なく体力を奪うからだ。喫茶店から出た僕たちは、その灼熱の石面を歩き、街の外に出る。人に見られることのない時間帯に隠れ家となっている岩陰に戻るためだった。

「あの給仕の男『いつか、必ず』と言っていた・・・・。まるで救世主を待ち続けるかのような言葉・・・・」

「彼らは何かを知っているわね」

「だが、このままでは彼らに会えない…・」

「僕は東瀛人だし、お前は東瀛と漢民族の混血にすぎない。このリゾートの服は、帝国人のものだしな。」

「このままでは、あのジベタの民に接触できないわね」

「でも、ヒジャブとトーブでレジデンス街や中心部を下手に歩くと、衛兵たちに検挙されるだろうよ」

 夜になってから、僕たちは元のヒジャブとトーブを被って街へ出た。目指すは廃墟区域だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 警戒していたジベタの若者に捕まって、僕たちはどうしたら良いか、途方に暮れていた。

「アーティカのお父上に会わせてくれ」

 懇願しても埒があかない。アーティカの名前を聞いたためか、かえって若者たちは激昂し始めた。

「帝国人たちが何をしに来た? コイツらスパイに来たぞ」

 そこに、聞き覚えのある男の声が響いた。

「何騒いでんだ?」

「ああ、親父さん」

「騒ぐでねえ。スパイなら見ればわかる。あれ。あ、あんだだち、やっぱり昨夜のおぎゃくさま・・・」

「ええ」

 タエが答える。

「おらをたすけようなんて、むぼうなおぎゃくさまだったなあ」

「僕たちは、此処まで、やっとの思いでたどり着いたのです」

 僕は、彼等に今までのことを話した。彼等には、帝国の総督の要塞を横切ってこの街に至ったことに驚いたが、死海周辺からここまで徒歩で来たことには目を剥いた。それほど息を呑むほどの話だったらしい。その反応を見ながら僕は続けた。

「僕たちは、ここに来るように導かれたのかもしれない。タエは、・・・・この娘は正確に発音すると『トゥアエ』と名付けられたのだが・・・・、勝気で短気な娘でね。そして、僕はアキー。聖戦士アキーと名付けられた。」

「名づけられた?。誰に?」

「言葉となった光がそのように僕たちを呼んだんだ。」

「『言葉となった光』・・・それは啓典の主の別名・・・。おらの、いやおらたちが待っていた方が来たんだか? だから危ない地域をここまで来ても帝国軍に捕まらなかったのか?」

 今まで僕たちを遠巻きに囲み、警戒の目でにらんでいた男女たちが目の色を変えた。

「おらたちが待っていた方々か? そうなのか」

 

 彼らの様子を観察しながら、僕はほぼ確信していた。たぶん彼等なら僕たちの目的地への道を知っている。タエの顔を見ると、僕に向かって頷いている。同じことを考えている様子だった。

「私たち、ジブチへ帰ろうと思ってここまで来ました」

「ジブチへ・・・・」

 しばらく、重い沈黙が僕たち、そして彼ら全体を覆った。

 彼らの列の背後から、老人が声をかけてきた。

「ジブチは滅びたのじゃ」

「カリーマ様」

 彼らは老人が声をかけてきたことに驚いたらしい。

「どういうことです?」

 滅びたという言葉に驚いたのは僕たちだった。

「あんたたちはなぜ今頃ジブチを・・・とうに滅びた町へと帰ろうとするのかい?」

「滅びたってどういうことですか。旅団は…どうしたのですか。啓典の民はどうしたのですか」

「啓典の民・・・・。それはたとえば俺たちじゃ」

「えっ」

「啓典の民とともに戦った旅団は壊滅したんじゃ。そして、啓典の民は征服されたんじゃ。…俺たちばかりではない。欧州もアフリカも・・・・」

 絶句して僕は言葉が続かなかった。

「初めはペルシャの民たちが征服された。そう、ちょうど60年前のことじゃよ。彼らは俺たちのところへ逃げて来た。そして、俺たちとともにジベタの民として戦った。旅団と呼ばれた彼らも総力を挙げて俺たちのために戦ってくれた。だが、次々に防衛線が突破され、ジブチは粉砕され、エチオピア高原の奥にあるという伝説の聖杯城までが帝国の知るところとなった。彼らは粉砕され、俺たちも…あるものは滅ぼされ、ある者は逃げ、ここの俺たちは帝国の力の前に屈服するしかながった。」

「そんなことが・・・・帝国に完全に敗北していたなんて」

「だから、いまジブチに行っても・・・・・」

「旅団はどうなったんですか? 聖杯城はどうなったんですか?」

「俺たちにもわからねえ。ただ、いまは時が来るのを待っているだけだべ。・・・・だが、いまはあんたたちが来た・・・。言葉となった光があんたがたをここに送ってくれた。そんなら、あんたがたに希望を託すしか我々には道がないんじゃ」

「僕たちが希望だって? 僕たちはやっとのことでここまで来ただけの無力な存在なのに…・」

 ぼくもタエもそう言って二の句を告げなかった。


「ジブチにはいくことにします」

僕はそう告げた。

「滅ぼされたジブチへ行くのか?」

「そうです。僕たちに希望を託す…・そう言われている存在なら、僕たちの思いではなく、ここまで導いてくれた「言葉となった光」の指し示す方向へ進んでみたいと思うのです」

「そうじゃの」


 こうして僕たちは、十分な準備を整え切った晩秋の時期に、ジベタの民たちのたどる隠された道へと進み始めた。

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