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不幸な再会

 鳴沢は崩れかけた神殿の入り口に陣を移した。城壁はほとんど崩れ去っているが、ケデロンの谷を見下ろす高台はまだ維持されていたままだった。鳴沢はそこから谷全体に展開した帝国軍のアサシンたちの陣営、そして谷に散在する墓所の横穴群を見下ろした。


 杭州府から派遣された遠征軍は、多大な犠牲を払ってここまで来た。先鋒であった打撃戦艦群3500 飛翔機体母艦2000、そして通常部隊・・・・ことごとく撃破されたのは、教え子の秀明の企てに違いなかった。そして今、神殿の丘を占領した帝国軍だったが、神殿とその丘の静けさを感じるいま、また敵軍に出し抜かれた予感がした。


 分析と評価、その思考に没入しているところに、背後に人の気配がした。そこには壮年というにはまだ早い林康煕の姿があった。 

「師よ、神殿の中は無人です」

「神殿の中を徹底的に捜索しろ。特に礼拝所、至聖所の付近を徹底的にな」

 鳴沢の目から見ても、神殿にこもっていた旅団の渦動没滅師、工作員たちは忽然と姿を消していた。どこかに抜け道があり、それによって城外へ脱出したに違いなかった。

「神殿は一部が破壊されています」

「なぜ破壊されているのだ。砲撃か? 神殿を破壊するなと言っておいたではないか」

「確かに外からの力で、神殿の至聖所付近が破壊されています。しかし、別の何らかの力が壁の内部から働いたようにも見えます」

 鳴沢は、自ら神殿の至聖所を観察した。それは外部からの攻撃に合わせて壁の内部から破壊された後だった。

「誰かが、壁の中にあった何かを取り出した。そして、神殿の外に逃げ出したに違いない」

 鳴沢はそういうと、轟音のような怒りの声をケデロンの谷に響かせた。

「おのれ・・・・。またしても邪魔をする者がいる。すべての横穴を探せ」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 隠し通路を進んでいくと、通路の両側に安置された古代の死者たちの姿があった。墓所の横穴。つまり僕と絶姫は、隠し通路の終端に近づいたに違いなかった。周囲に気を配りながら明るくなっている横穴から顔を出すと、そこはケデロンの谷のはずれ、死海の谷へと下っていく街道脇の崖だった。

「どうやら逃げ出せそうだね」

「ジャラールたちも、ここを抜けたようだね。これは彼らの足跡だ」

「でも気を付けた方がいいわ。別の足跡がある。これは帝国のアサシンたち、それも国術院の師範たち三人のものだわ」

「国術院の師範たちが、ジャラールたちを追撃しているのか」

「彼らが危ない」

 絶姫はそういうと、足跡を追って駆けだした。僕もそれに合わせて駆け出す。もう、足跡を綿密に解析していく必要はなかった。ジャラールたちが脱出した時刻から計算して、彼らは負傷者を抱えてるとしても、すでに死海の谷を越えている。だが、そこに追手の師範たちが追いついては逃げきれない。

 そう考えながら坂を駆け下りていくと、前方に数人のアサシンたちの姿があった。そして、彼らも僕たちを振り返った。それは西姫と林正煕、そして林康煕の姿だった。

「おお、宇喜多秀明。お前を探していたんだぜ」

 康熙が抜け目なく僕を見つめながら、声をかけて来た。それに合わせるように、西姫と正熙も近づいてくる。

「林康熙か、僕もお前たちを探していたんだ。此処でお前たちはおしまいだ」

「そうかしら?」

 答えた女を見て、僕と絶姫は絶句した。その女は西姫、僕の妻であり、絶姫の母であった。

「西姫!」

「母上!」

「貴方達にそのように呼びかけられる覚えはないわ」

「え?」

 僕たちがためらっているところに、西姫が正熙とともに打ち込んできた。正熙の鋭い打ち込みを絶姫は受け流せたものの、僕は西姫に強かに打ち込まれてしまった。

 後ずさった僕は、受けた打撃以上に西姫が正煕とともに躊躇なく攻撃してくることに驚いていた。呆然とする僕を見て、絶姫は平手打ちにした。つつけざまに霊剣操の奇襲。西姫たちが暴走する武器に戸惑っている間に、絶姫は僕を引きずりながら逃げ出した。彼らから逃げきったところで、絶姫と僕は道から外れ、谷の奥へさらに下っていく。そこにも多くの墓所の横穴があった。そこへ逃げ込むのがやっとだった。

「じっとしていて。手当てをするから…」

 僕は目をつぶった。そこに不思議なリズムの声がかかる。聞きなれたはずの絶姫の声。それは僕に強い催眠をかける絶姫の声だった。


 目が覚めると、僕の前に”西姫”がいた。

「さっきはごめんね。ああでもしないとあなたを逃がすことができなかったのよ」

 "西姫"は僕を不思議な目つきで見つめている。その違和感の正体がわからず、そのまま"西姫"

に導かれながら横穴を出た。

「さあ、私たちはここから逃げ出しましょう。そのためにここで二人落ち合えたんだから・・・」

 そんなやり取りに僕は戸惑った。そのまま二人は南へと歩き始めた。


「お前たち、ここにいたか。おーい、見つけたぞ。工作員だ、それも秀明たち二人だぞ。こいつらが敵のしんがりに違いない。そして、神殿の破壊時刻と逃げだした時刻から見て、神殿から何かを持ち出したのもこいつらに違いない」

 そう呼びかけたのは、僕たち二人の行く手を遮る三人のアサシンたちだった。

「なにさ。あんたたちに簡単にやられると思っているのかしら。たかが師範級が何を言っているのさ」

 僕の横から"西姫"が挑発した。祖の言葉に激高した正煕が彼女に襲い掛かった。それに怒りを覚えた僕は、正煕を一刀両断にした。

「正煕!。あなた…。おのれ。」

 正煕と同じアサシンと思しき女が僕に襲いかかった。凄腕の女。僕との間で激しい剣戟が始まった。

そこに鳴沢の姿が現れた。

「そうだ、西姫よ。今目の前の秀明をやってしまえ。」

 鳴沢は、その女を『西姫』と呼びかけた・・・・・僕は驚きと戸惑いを覚えた。

『この女が西姫だと? だが先ほど傷の手当てをしてくれたのが、西姫ではなかったか』

 僕は何かを感じつつも、攻撃してくる女に応戦しつづけた。だが、女の猛烈な剣さばきに僕は一撃を食らう。その時、肉を切らせつつ僕の一刀はその女を袈裟懸けに切っていた。

「母上!」

 "西姫"が声を上げた。その声に僕は催眠が解け、声の主が実は西姫ではなく絶姫だということに気づいた。そして、僕の方に倒れこむ女は、ほかの誰でもない、昔からその姿をよく知っている西姫だった。

 僕の腕の中に倒れ込んだ西姫は、小さく声を上げた。何かを思い出して驚いたように、断末魔の声を出した。

「あ、あなたは・・・・秀明。私はあなたを忘れて......あの正煕と結婚させられ…、息子を産み…そして、あなたを…襲ってしまった」

「何、どういうことか?」

 西姫の死に際の言葉が、もう聞こえない。僕自身も深手を負い、気が遠くなっているせいでもあった。そして、西姫は何かを言い続けていた。

「聖煕・・・・・。わが息子・・・・。秀明・・・ゆるして・・・・」

「西姫・・・・」

 霧散していく西姫の体。それを止めようと僕は空気をつかむように両腕を抱える。そして、僕は気を失った。さらに上空へ霧散していく西姫・・・・登っていく西姫の霧を、鳴沢が空中へ舞い上がり、追いすがるようにかき集めようとした。

「クヴィル、クヴィルよ…・」

 鳴沢の悲痛な声が空の上から響き渡った。鳴沢がなぜ西姫に対してそんな悲痛な呼びかけ方をするのか。


 絶姫は、空を見上げつつ、僕の体を支え続けていた。しばらくたってから、鳴沢はゆっくりと地上に降りてきた。その姿を見つけた時、絶姫は僕の体を地面に横たえ、鳴沢を睨みつけた。

「母上を…、父上を・・・。おのれ。鳴沢よ。この所業、許さぬ」

 それにこたえるように鳴沢が絶姫を睨みつけた。

「お前達こそ、俺の今までの様々な事業を破壊してきた。そして、西姫まで奪ってしまった。許さんぞ」

 絶姫は、霊刀操の構えを取った。このまま鳴沢を一刀両断にしようとする構えだった。そこに、横から 林康煕が怒りの形相で絶姫に襲い掛かった。

「息子、正煕の仇、嫁西姫の仇、逃がしはせぬ」

「やめるんだ。林康煕。お前にはかなわない相手だ。だが、今、この娘は俺が粉砕してやる。」

 鳴沢は自らを龍の姿に変えた。絶姫は驚いたものの、構えは崩さない。その時、僕の体の横に六星老人が現れた。

「絶姫、いまは貴女の父を抱えてここから立ち去れ」

 鳴沢は怒りを込めて、六星老人めがけて火を噴きかけた。しかし、六星老人の声とともに龍の前のすべてが吹きとばされた。

「下がれ、サタン。大魔アザゼルよ」

「またしても、・・・・ミカエル・・・・」

 龍の姿のまま鳴沢は立ち尽くした。そこにミカエルの言葉が告げられた。

「お前はここまで負けたのだ。九尾狐(クヴィル)が輪廻転生するとしても、もうあと一つの生しか残っていない。お前は魔女クァレーンとして生まれさせるしか、もう道はないのだろうが・・・・。しかし、お前は怒りに燃えてその先にまで走っていくであろう。表面的には勝利に見えるだろう。しかし、お前には私たちのはかりごとがまだ見えていない。そうだ、何かはあるだろう。だが、お前にとっては手遅れだ。お前は進むしかない。そしてそれがお前のこの時空における最後へと導いていくだろう。」

 鳴沢は怒りのあまり龍のまま呪いの声を上げた。

「そうかい。それならば、聖地はすべて終わりだ。そしてそれがお前たちの敗北となるのだ」

そういいつつも鳴沢は、立ち去るしかなかった。


 六星老人は絶姫に近くの洞穴を示した。

「秀明が首に下げた包みの中身、そのパピルスは、帝国を覆す者たちを参集する鍵の文書だ。同時にそれは大魔アザゼルの知らぬもの、そしてお前たちの本拠を知らしめてしまうものでもある。お前たち二人は、今は地獄のソドムから逃げるときだ。ここは死海の谷の東側、モアブの地。そこの洞穴にて父、秀明のけがを治療してやるがよい。この薬と、この言葉をもって洞窟で休め・・・・・。ただ、絶姫よ、父秀明におまえ自身を"西姫"と思わせたのは、よくない。そう思わせずとも彼は戦っただろう。これは後々お前たちにとって罠となるぞ」

 こう言って、六星老人は姿を消した。 

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