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雑学百夜

雑学百話 新人の呼び方「新米」はお米とは無関係

作者: taka

新人を指す「新米」の由来は、お米ではなく商人の言葉が語源。

かつて商家では新しい奉公人が入ると、制服である新しい前掛けを支給していた。この前掛けを「新前掛け」と呼んでおりそれがやがて「しんまえ」→「しんまい」と呼ばれるようになった。


「新米さん」

 後藤くんはにっこりと笑みを浮かべながらそう言った。

「違うでしょ? 後藤くん、前も言ったけど新米じゃなくて私は前川です。そろそろ覚えて欲しいなぁ~」

 私がそう応えると後藤くんは嬉しそうに笑いながらピューっとどこかに駆けて行ってしまった。

 その背中を見送りながら、私は溜息を一つ漏らす。

 やっぱり、私にはこういうの向いてないなぁ。



 この春からなんとなく大学生になった私は、なんとなく席が近かった子と友人になり、なんとなくその子とサークルに入った。

 そのサークルはボランティアサークル。週に一度、知的障がい児童施設に行き、子ども達と一緒に日中の余暇時間を一緒に遊んだりしながら過ごすというのが主な活動内容だった。

 思ったよりガチのサークルで、子ども達に少しでも楽しい時間を過ごしてもらえるように、週一のほんの数時間の為にサークル員皆で何度も打ち合わせを重ねるようなサークルだった。

 可愛い女の先輩に釣られ入ってきた同期の男の子は殆ど辞めていった。もっと言えば一緒に入った私の友達もいつの間にか幽霊部員になっていた。噂では男の先輩に振られたからサークルに居辛くなり辞めたらしいが、真相は知らない。入学当初は仲良くしていその子だったが、いつの間にかその子とは疎遠になってしまったので私には知る由もなかった。

 20年間の人生で、私が唯一分かったことなのだが、結局なんとなくから始まったことなんてなんとなく終わっていくのだ。

 というわけでなんとなく入ったこのサークル、まぁ私もいつかは辞める。

 今は、サークルの部長に「面倒臭くなってきたので」と辞める相談をするのも面倒臭いってだけ。

 福祉になんてこれっぽっちも興味は無いし、子どももそんなに好きじゃない。

 きっかけさえあればすぐにでも辞めようと思っていた。



 いい加減にこのダラダラとしたサークル生活にけりをつけようと考えていた私にとって、後藤くんとの出会いはある意味運が良かったのかもしれない。


 活動にある程度慣れてきたと先輩に判断されるとそれぞれ担当の子どもが割り振られる。活動中、サークル員は担当の子に一日付き、その様子を施設の職員さんに報告するようになる。

 入部して半年、私は後藤くんの担当にさせられた。

『後藤くん。12歳。好きなものは無し。嫌いなものはお野菜。入園歴5年』

 担当になって直ぐ、私が作った後藤くんのプロフィールカードだ。

 そのカードを見たサークルの先輩には「随分寂しいなぁ。前川さんはちゃんと後藤くんとコミュニケーション取ってる?」と少し怒られた。

 仕方ないじゃん。

 私は胸の中で呟いた。

 後藤くんは喋らないのだ。ちっとも自分の事を話そうとしない。いつも窓から外を見上げニコニコと笑っている。

 また別の先輩には「前川さん、いつも後藤くんに『新米さん』って呼ばれてるけどさ、あれ止めさせないと。ちゃんと人のことを名前で呼ぶように教えてあげないと、後藤くんが社会に出た時に困るじゃん」とそんなことも分からない? というように叱られた。

 うるせぇ。

 名前くらい好きに呼ばせてやりゃいいじゃん。困ったときに覚えればいいじゃん。

 きっと後藤くんは私のことを『新米さん』って呼びたいんだよ。

 心の中で愚痴ばかり呟く、まるでやる気のない未熟な私を『新米さん』って呼びたいんだよ。

 もう好きに呼べばいいじゃん。

 もう本当、福祉って面倒くさい。


 ある日の活動終わり、1日の後藤くんの様子について職員さんに報告しながら私はふと『新米さん』と呼ばれることを話してみた。

「『新米さん』ていうのはきっと僕たちが職員同士で言い合っていたのを覚えたんだろうね。気にしなくても後藤くんにそんな悪気はないと思うよ」

 職員の遠藤さんは可笑しそうに笑う。

「そうですか? 本当に全然私の名前覚えてくれないですけど」

「いやいや、後藤くんは君の事気に入っていると思うけど」

「さぁ、どうでしょうか」

 私が不服そうに言い返すと遠藤さんは真面目な顔に戻り言った。

「……後藤くんはね、覚えてくれないじゃなくて、覚えないようにしているんだよ」

「えっ?」

「君たちボランティアの大学生はしょっちゅう人が変わるだろ? バイトやテストで忙しいのは当然だから別にいいんだけどさ。後藤くんにはストレスなんだよ。いついなくなるかも分からない、君たちの名前をいちいち覚えるのなんて」

 そう言った後、遠藤さんは少し遠い目をしながら続けて言った。

「あの子にこれ以上、お別れを経験させたくないし、悪いけど君はこれからも『新米さん』でいて欲しいのが職員としての本音かな」



 先週の遠藤さんの話を受けて私は1つの結論に達した。

 今日で後藤くんとはお別れをしよう。

 私みたいに中途半端な気持ちの人間が、関わるのはやっぱりだめだ。

 サークルの先輩にも職員さんにも、そして何より後藤くんにとって良くない。

 私は極めていつも通り過ごすように心掛けた。私とのお別れが後藤くんにとって何の意味もないまま終わるように。私が『新米さん』のままで終わるように。


 活動終了のチャイムが鳴った。

 私はいつもとまるで変わらぬ調子のまま笑顔で言う。

「後藤くん。じゃあ、さよなら!」

 私がそのままフロアを出ようとしたとき、後藤くんが突然走って追いかけてきた。

 後藤くんは後ろから私の腰にしがみつくと「しっ……」と言ってきた。

「し?」

「しっ……しんま……しんま……さん……」

「後藤くん……」

 私は振り返り後藤くんの顔を見た。

 私の声色や表情で勘付いたのだろうか。後藤くんは目を潤ませながら聞いてきた。

「……さよなら? しんまえさん」


雑学を種に百篇の話を投稿します。

3つだけルールがあります。

①質より量。絶対に毎日執筆

②5分から10分以内で読める程度の短編

③差別を助長するような話は書かない


雑学百話シリーズURL

https://ncode.syosetu.com/s5776f/

なおこのシリーズで扱う雑学の信憑性は一切保証しておりません。ごめんなさい。

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