[第一部]三つの正義 第6話:太一の正義②
とりあえず、支店長命令だから新規融資の申請書を早めに作らないとなと思い、実川も作業に取りかかったが、決算書に附属明細書と呼ばれる各科目の内訳資料が一部入っていなかった。仕方が無い、急いでいるし、外回りついでに取りに行くかと思い、王立興業に電話をかけた。
「はい、王立グループです。」
「石岡信用金庫の実川と申します。柳経理部長ご在宅でしょうか。」
「少々お待ちください。」
女性の従業員が柳に取り次いでくれた。
「はい、柳です。」
「石岡信用金庫の実川です。支店長経由で新規融資の手続きをしているのですが、前期分の附属明細書が添付されていなかったので、今から取りに伺ってもよろしいでしょうか。」
「もちろんです。本日は会社にいますので、都合の良い時間に来てください。」
「それでは、昼過ぎに伺いますので、よろしくお願いします。」
実川は2件ほど、得意先を回り、雑談をし終わったところであった。単純に仕事の話しだけでなく、色々は話しを聞きながら、会社のことをよく知ることが大事だと、新人の頃の教育係が教えてくれたが、まさにその通りだと思う。実際、雑談の中で、他の顧客の話が出てきたり、設備投資を計画しているなどの話しをもらえる。そういう合理的でないところで勝負しないと他の金融機関には勝てないと実川は思っている。そうこう考えているうちに、王立興業の前まで来た。1階は、王立運輸のトラックと思える大型車両が2台止まっている。この時間稼働していないという事は、受注は少ないというのは本当らしい。事務所は2階なので、階段を上がり、ドアをノックする。
「石岡信用金庫の実川です。柳部長とお約束しております。」
中から50代ぐらいの女性従業員が出てきて、会議室に通してくれた。会議室は非常に清掃が行き届いており、絵が飾られている。実川は絵に関心は無いが、安くはなさそうだと思った。先代の進社長は、バブル期に美術品を買っていたと噂で聞いたがそのひとつかもしれないと思っていた。
「お待たせしました。こちらがご依頼の附属明細書ですね。」
柳はそういうと王立グループとかかれた封筒を手渡した。
「ありがとうございます。ところで、下にトラックが2台止まっていましたが、やはり受注状況は芳しくないのでしょうか。」
「いえいえ、一台は故障で、もう一台は今戻ってきたばかりです。今のところ、フル稼働ですね。」
実川は、受注状況は来期まで芳しくないと支店長から聞いていたが、年度末が近づいてきているため、この間は潤っているのかなと思った。
「受注状況が芳しくないと支店長から伺っていましたが、状況は上向いてきているのですね。」
「トラック自体はフル稼働なのですが、帰り荷がないケースが多くなりました。通常、行きの運賃しか頂けないのですが、片道だと薄利になる為、我々としては帰り荷も欲しいのですが、今はあまりないですね。ただ、赤字になるようなことはありません。今はトラックの稼働率が大事なので、早めに新しいトラックが欲しいところです。」
実川は他の運送業も担当していたため、ある程度知識はあった。軽油の高騰と人件費高騰で、運送業は逼迫しており、荷主の値上げが必須であったが、日伸制作所は国内で生産を続けるためにはコスト削減が必須であった為、値上げを渋っていた。そのため、帰り荷がないと非常に経営が厳しい状況だとその運送会社の社長が言っていたことを思い出した。
「新規融資の手続きは進めておりますので、少々お待ちください。ところで、つかぬところをお伺い致しますが、グループ全体の状況はいかがでしょうか。」
「年度末工事で、王立商事は状況は良いです。グループで王立興業は赤字の可能性はありますが、グループ全体で考えれば、昨年並みでしょう。」
概ね実川の予想通りの回答であった。ただ、年度末工事は今期少ないと担当している建設会社から聞いていたことは引っかかったが、調査は必要ないと支店長に言われているため、これ以上深入りはしないでおこうと実川は思った。
「そうですか。厳しい時期だと思いますが、こちらも最大限の支援をさせて頂きたいと思いますので、今後とも宜しくお願いします。」
そう言うと、席を立ち、自分の車へと向かおうとした。その時、長身の年配の人が声をかけてきた。
「実川さん、いらっしゃっていたのですか?」
「これは社長。ご無沙汰しております。融資に必要な書類を頂きに来ておりました。」
「そうですか。運送も稼ぎ時なので、早めに融資お願い致します。支店長にもよろしくお伝えください。」
王立社長は深々と頭を下げた。実川は改めて、先代とは全くタイプが違う社長だなと感じた。王立社長は、商工会や地元の集まりなどでは、リーダーシップを発揮して、取り組まれていることもあって、評判は良い社長であった。実川も経営手腕はともかく信頼できる人物だと思っていた。
「それでは、お邪魔致しました。」
実川は、王立グループの入口をでて、階段を降り、自分の車に乗り込んだ。ふと、昼ご飯を食べていないことを思い出した。近くのそば屋によってから支店に戻るかと思い、エンジンをかけた。
支店に戻り、新規融資の処理を終わらせ、支店長のところに持っていった。
「支店長。書類作成終わりましたので、ご確認お願い致します。」
「実川くん、ありがとう。」
そういうと、見ていたファイルをしまい、王立運輸の申請書類に目を通し、支店長印を押した。あまりにも早い対応だと実川は思ったが、支店長が優先する顧客は良くあることなので、特に気にはしなかった。
「では、融資実行の手続きに移ってください。」
決済の終わった書類を受け取り、一礼して、自席に戻った。決済は終わったが、実川は王立商事が好調だと言った柳の話しが気になった。本当に王立グループは大丈夫なのだろうかと思いながらも、勝手に調査して支店長に目をつけられると出世に影響すると考えた。自分が気にすることではないと割り切り、部下に融資実行の指示を行った。