[第一部]三つの正義 第4話:晴の正義④
晴は、席を立ち、会議室を出て、事務机が並んでいる部屋を抜けた先にあるベランダに向かった。会社への違和感が勘違いであれば良いのになと思いながら、タバコを吸っていたが、やはり難点も腑に落ちない点があった。河上には伝えていないが、まず、昨年の王立運輸の売上高が、その前の年と比べて、増収になっていた。だが、受注状況から考えてあり得ないことであった。営業の責任者でもあるため、売上高は受注ベースで管理しているが、1億円程乖離があった。柳に聞いても、それは決算調整ですよとはっきり理由は言われていない。自分の不勉強であれば良いなと思い、30分ほどたったため、会議室に戻った。
「王立さん。ちょうど見終わったところですよ。」
河上は、めがねを外しながら、そういった。部屋のホワイトボードにはびっしり絵と数字が書き込まれており、30分でここまでやったのかと感心していた。
「結論から言いますと、ちょっと手が加えられている匂いがしますね。」
「まず、現預金はあまり増減していませんが、借入金が増えています。つまり、1年間で会社は事業では金儲けできなかったから、銀行から借りて補塡しているという事になります。ただ、経常利益は4社合計で3期とも5,000万円を超えています。現預金と利益がイコールではないのですが、在庫が増えているんですよね。王立商事の仕入って増やしていますか?」
「いいえ、王立商事は建材問屋ですが、主に王立建設の材料仕入を行っています。他社とも取引がありますが、王立建材が約3割程度でしょうか。他社も含めて、景気が良くないので、仕入も控えています。」
「そうですか、決算書上ですと、在庫が約1.5倍になっており、そのため、利益がでているように見えています。売上から原価を引いたものが、粗利といわれる利益ですが、決算書上では、原価から在庫増加分はまだうっていないから、控除します。そうすると、在庫増加分は利益を水増しできます。詳しく調査しないとはっきりとしたことは言えませんが、在庫を不正に水増ししている可能性はありますよ。」
不安は的中してしまった。この事実をどうすれば良いのだろうか。そういえば、この事実がバレた場合、会社は潰れてしまうのだろうか。
「本当ですか?それがバレるとどうなりますか?告訴されたりしますか?」
「告訴はありません。国税は過少な利益については文句を言いますが、過大な利益は多くの税金を払ってもらっているので何も言いません。また、上場会社ではないので、金融取引法違反にもなりません。ただ、金融機関には嘘をついているため、詐欺といわれる可能性はあります。ただ、これは不思議なのですが、在庫の水増しは、古典的な粉飾方法です。金融機関が見抜けないとは思えないのですが。」
「そうなんですか。もしかして、メインバンクの石岡信用金庫の担当がバカだったりしますかね?」
「なんとも言いがたいですね。信金と言えども、チェック機能はあると思うのですが、実際、在庫の水増しをしている会社は多いと思いますので、それを差し置いても大丈夫という判断かもしれませんね。」
石岡信用金庫は、日伸市の信用金庫で、中小企業をターゲットとした金融機関である。大手には利率などで勝てないところもあるため、担当者がこまめに足を運んでくれる金融機関で、良く王立グループにも顔を出すため、担当者も知っている。確かに頭がキレそうには見えないが、地元の信用金庫が河上が30分で見抜けるようなことを知らないとも思えなかった。
「そうすると、少し会社の業績は悪いが、今後の立て直しは可能と河上さんは見ていますか?」
「正直に申し上げると、厳しいと思っています。今後次第で改善は十分に可能ですが、この決算書を見ると、目先の状況をごまかして何も経営改善をされていないようにも思えます。在庫だけでなく、他にも不正があった場合は、非常に厳しい状況でしょうし、この決算数字を指示したのが社長だとすれば、社長自身が変わらない限り難しいと思っています。」
「そんなにひどいですか?でも、すぐに潰れる数字ではないんですよね?」
「在庫以外の数字が本当だとしたらです。すぐに潰れなくても、他力本願で何も手を打っていないとすると、非常に厳しい状況には変わりありません。王立さん。社長と腹を割って話して、経営改善に着手しないと手遅れになるかもしれませんよ。」
非常にショックだった。在庫の不正と聞いても、良くある不正で、大丈夫と思い込もうとしていたが、河上から厳しい言葉を言われ、また、その内容があっているように思えた。今の社長が本気を出して動くだろうか?子供の頃から、頭も良く、順調に人生を歩んできたように晴は思える。そんな人物が会社の危機を乗り越えられるのだろうか?
「どうするかは王立さん次第ですよ。よく考えて行動してください。」
「分かりました。ありがとうございました。」
そういうと、リバーフル社を出て、車へ乗り込んだ。
「何とかしなければ、王立は潰れるかもしれない。」