[第一部]三つの正義 第3話:晴の正義③
河上の会社は、隣の県にあり、車で1時間程度の場所にあった。ただ、ちょうど雪が降ってきたこともあり、スピードを落としていたため、1時間半かかり到着した。事務所は、最寄り駅から徒歩5分のお世辞にもおしゃれとは言いがたいオフィスビルの5階にあった。1Fは居酒屋、2Fは歯医者、3Fには美容室、4Fには税理士事務所が入っている雑居ビルといった感じだ。
「こんにちは、河上さんいらっしゃいますか?」
晴は、株式会社リバーフルとかかれているガラス扉を開き、声をかけた。
「はい。お待ちしておりました。王立様ですね。こちらへどうぞ。」
中から、20代後半ぐらいの女性が出てきて、会議室に通してくれた。以前は従業員いないと言っていたが、拡大したのだろうかと思い、会議室の椅子に腰掛けた。しばらく、ぼーっと窓の外を眺めていたら、会議室のドアがコンコンと叩く音がした。
「お待たせしました、王立さん。今日は寒いですね。」
「これは河上さん。お久しぶりです。先ほどから雪が降ってきましたよ。1時間ぐらいと思っていましたが、1時間半かかりましたよ。少し早めに出てきて良かったです。」
少し雑談していると先ほどの女性がお茶を出しに会議室に入ってきた。お茶を置くと、一礼して、また出て行った。
「河上さん、従業員雇われたのですか?」
「彼女は水上さんといって、前の会社の部下だったのですが、色々あって面倒見ることになりました。ただ、優秀なので助かっています。」
「そうですか。繁盛されて会社が拡大しているのかと思いましたよ。」
「前もお話ししましたが、私の専門は企業再生なので、ぶっちゃけ儲かる商売ではないです。新規事業開発など通常のコンサルもやりながら、何とか続けていますよ。」
少し間を空けてから、晴は、今回の相談内容を切り出した。
「河上さん。今回、こちらに来たのは、王立グループの件です。」
「確か、お兄さんが社長をやられている会社で、地元ではかなり優良企業とお伺いしましたよ。少し調べさせて頂きましたが、不況にもかかわらず、赤字にはなっておらず、横ばいな感じですね」
「来る前に調査されていたのですね。さすがですね。仰るとおりなのですが、私は数字と実態があっていない気がしているのです。経営管理で会社の数字の大事さを教えてもらいましたが、勘がおかしいと言ってるんですよ。」
「なるほど。勘は大切ですよ。長年ビジネスをやっている人の勘は捨てたもんじゃありません。ただ、KDDだとダメですけどね。」
「なんですか?KDDとは?経営用語ですか?」
「いやいや、KDDは勘・度胸・ドンブリ勘定の頭文字です。」
そういうと顔を見合わせ笑いましたが、晴はすぐに真面目な顔に戻り、話を続けた。
「冗談ではなく、本当に心配しているのですよ。」
「申し訳ありません、王立さん。冗談ではなく、勘は大切です。数字に違和感があるという事ですよね?もしよろしければ決算書を見せて頂けますか?」
それを聞くと、晴は鞄から封筒を出し渡した。河上から言われると思い、出発前に柳から決算書参期分のコピーをもらい、それを王立興業とかかれた封筒に入れて持ってきたのだった。
「こちらになります。」
「拝見します。少しお時間を頂きたいのですが、30分ぐらいよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ。お邪魔になるといけないので、少し外でタバコでも吸ってきます。」
「喫煙所はベランダです。昔は事務所で吸っていたのですが、水上くんが来てからは、ベランダにしています。」
「今は当然の気配りですよね。うちの会社も外の隅っこに移動になりましたよ。それでは。」
決算書を受け取ると河上は、一心不乱に三期分の損益計算書、貸借対照表を4社それぞれ見始めました。