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仲間たちのチグハグな心

連続投稿です。

いやしかしHJ大賞の〆切日にあと2万字書こうとかっていう考えが安直だったな……

キツイっす……

鳥のさえずりが窓の外から聞こえて、好太郎は目を覚ました。

もう随分と夏の色が濃くなった熱い日差しがカーテンの隙間から好太郎の部屋に差し込む。

カーテンを開くと雲一つない澄んだ青空が見えた。朝である。

好太郎はいつもなら起き渋るところを、今日はベッドからすぐに上体を起こして腰掛ける体勢になった。

しかし、それは決して目覚めが良かったわけではない。むしろ逆。

好太郎の目の下は濃いクマで縁取られて頬は心なしかやつれたようになっており、肌もカサカサとしている。

そう、その顔はその顔全体で完全に寝不足であることを表現していた。

大きな欠伸をした後、好太郎はカッジェに一時的に割り当てられている部屋の方向にある壁へと視線を向ける。


「昨日は色々とあり過ぎた……」


ボソリとそう呟き、好太郎はしばらくの間下を向いて目を瞑ってジッとしていた。




「兄ちゃん、はよー。っていうかおそよー。遅刻しちゃうぞー」

「ああ、おはよー。もうご飯以外の支度は済んでるから大丈夫」


起きてからたっぷり30分間、部屋で時間を潰した好太郎がリビングに降りた時に出迎えたのは妹のくるみだった。

というよりリビングにはくるみ以外の姿がない。


「あれ? 父さんと母さんは?」


父親は早くに仕事へ向かうこともあるのでいないことも珍しくないのだが、いつもなら朝ごはんの支度をしてくれているハズの母親もいない。

くるみはそんな質問をした好太郎に対してジトっとした目を向ける。


「兄ちゃんも昨日一緒に聞いてたでしょー! 昨日の夜からママたちはアトリエー!」

「ああ、そうだった……。個展、近いんだっけ」


好太郎の両親は共に芸術家であり、父親は彫刻を、母親は油絵を生業としている。

自身の周りの友人たちと比べて自分の境遇はかなり珍しいのだと知ってはいたが、好太郎にしてみればそれは日常の一部であるためあまり実感も湧かない。

2人はそこそこ名が売れているようでたまに取材を受けただの雑誌に載っているだのという両親の活躍が耳に入ってくるが妹のくるみを含めて2人は全く芸術に関心がないため、両親が普段どういう活動をしているのか、個展はどういった内容なのかなど詳しいことは何も知らなかった。


「兄ちゃんどうしたの? 昨日からなんかちょっと様子が変だけど」


しかし流石に普段は2人の生活に影響のあるような両親のスケジュールくらい押さえておくものだったが、くるみに言われた通り昨日の自分はやはり抜けていたと好太郎は思う。


「いや、なんでもないよ。ちょっとボーっとしていただけ」

「……本当に?」

「……本当に」


訝しむくるみの言葉に、好太郎は心配を掛けたくないと嘘ではあったがそう答える。


「ところでくるみ。カツジはまだ部屋か……?」


実のところ朝起きてから好太郎が一番気になっていたのはそのことだ。

リビングに降りる時間をわざわざ調整したのもこのためだった。


「カツジさん? カツジさんなら朝の早いうちに外に出たみたいだよ? 私も今日は直接あったわけじゃないけど玄関から靴が無くなってたし」

「……そうか」


その言葉に好太郎は胸を撫で下ろし、食卓につく。

どうしても昨日のゲームセンターでの1件以来カツジとの会話がギクシャクしてしまっていたから、今日も顔を合わせたところでどうやって話していいものか分からなくなっていた。

別にケンカをしたわけでもないし昨日の1件を好太郎が気にしているわけでもなかったが、カッジェ自身がコンプレックスに思っていることなのだろうから気軽に触れることもできない。

カッジェも事実を知られて落ち込んでいるのか、はたまたそれを隠していたことに負い目を感じているのか、ゲームセンターからの帰りは口数も少なく好太郎もそして夏希もどのように接していいのか分からなかった。


「兄ちゃん、早く食べないと冷めちゃうよ?」


くるみの声がかかって、好太郎は自分がいつの間にか昨日の1件を考えこんでいたことに気付く。


「ごめんごめん、ボーっとしてた」


好太郎は不審そうなくるみの目から逃れるために、テーブルにすでに用意してある朝ごはんに目を向ける。

いつもの自分の席には焼き立てのトーストと結露したグラスに牛乳が入っており、食卓の真ん中にはマーガリンとイチゴジャムが置いてある。


「俺の分も用意してくれたのか。サンキューな」

「うん、くるみちゃんに感謝しなさい」


トースターに入れるトーストを1枚から2枚に増やし、食卓に置くグラスを1つから2つに増やすだけの簡単な作業ではあるが、くるみは胸を張ってそう答える。

そんな自分の妹に「はいはい。感謝感謝」と苦笑いで応じつつ、好太郎はトーストを齧り始めた。


くるみと一緒に家を出てすぐ別れる。くるみは小学校へと、好太郎は反対方面にある駅へと向かった。

そして満員電車に揺られて学校へと着く。

教室に入るとすでに夏希は来ており女子の友達と喋っているところだった。

今日好太郎を起こしに来てくれなかったのは部活の朝練があったからだ。

取り留めも内容な話で笑っている夏希に、好太郎は「おはよう」と声を掛けて自席に着こうとするが、しかしカバンを置くなり夏希は好太郎の二の腕辺りをがっしりと掴み、「ちょっと来て」と教室から連れ出す。


「ど、どうしたんだよ夏希?」


廊下の隅まで連れてこられた好太郎が動揺しながらもそう訊いた。


「決まってるでしょ! カジェちゃんのこと! ……昨日あれからどうだった?」

「どうもこうも、一緒に帰ってた時から全然変わらなかったよ。今朝も俺が起きるより先に家を出てたみたいだからさ」

「そっか……。心配だな……あのクラシカとかいう何だかカジェちゃんを目の敵にしてるような男もいるし」

夏希はそう言って目を伏せる。

昨日の帰りも夏希がカッジェを案じて何か言おうとしては口を開き、何と声を掛けていいのか分からずに口を閉じるという作業をひたすら繰り返していたことを好太郎は知っていた。

2人の間にもこれからどうするべきかと重い沈黙が落ちていたが、急にそれを切り裂くようなポップな着信音が夏希のスカートに縫い付けられたポケットから響いた。


「ごめん、誰だろう……ってゲヘナさんだっ!! ちょっと出るねっ!」

「お、おう!」

「もしもし夏希です――」


昨日のゲームセンターでクラシカとのやり取りが終わってから、ゲヘナはすぐに目を覚ました。

しかし最音に操られて1日中太鼓の鉄人をプレイさせられていたことと、マンガー・オーブを相手に無茶な立ち回りをしたことから疲労が溜まっていたのだろう、立つのが精一杯といった風だった。

最音が責任を感じて自身の負担でタクシーを呼び、好太郎、夏希、カッジェが同乗してゲヘナを家まで送り届けたのだ。


「――うん、わかった。ゲヘナさんは午前中くらいはゆっくりしておかないとダメだよ? うん、じゃあね――」


用件だけのやり取りだったのだろう、それほど時間もかからずに夏希の通話は終わった。


「ゲヘナちゃん、どうだった? 体調とか、怪我とか……」


好太郎は心配そうに夏希に尋ねたが、夏希は嬉しそうに首を振った。


「全然大丈夫だって! 1日ぐっすりと眠って元気になったみたい。怪我も本当に無かったみたいだし、その点はあのクラシカとかいった人に感謝だね」

「そっか……よかった」


好太郎は安堵のため息を吐く。


「うん。それでね、ゲヘナちゃんが放課後会って昨日のことを聞きたいんだって。好太郎の家に集まりたいって言っていたから私勝手に『わかった』って返事しちゃったけど大丈夫?」

「ああ、大丈夫。確かにゲヘナちゃんにも話しておいた方がよさそうだもんな」

夏希はコクリと頷く。

「私もそう思う。それじゃあ今日は放課後一緒にすぐ帰ろう」

「そうだな」

2人の今日の予定が大まかに決まったところで、予鈴の音が鳴る。

足早に教室に戻って自席に着くとまもなくHRが始まった。




教室ではヒソヒソと、好太郎や夏希に聞こえない所で言葉が交わされていた。


「――夏希ちゃんが急に腕を掴んで教室から出ていったよね……」

「――好太郎くん、驚いてたけどちょっと嬉しそうだったよね……」

「――最近、前にもまして2人の仲良くないか……?」

「――もしかしてこのままゴールイン……?」


2人のほのぼのとした純粋な恋愛指数の高い関係性を見ているのが学校生活での癒しだとする生徒たちによって、今日も今日とて2人は観察されていた。

一途で純粋な好太郎と鈍感でハツラツとした明るい性格の夏希は全校生徒ほとんどの公認のカップルであり、その動向を生温かい目で見守られている。

今日は夏希が好太郎の腕を掴んで教室を出ていったことにより、2人の関係性に何か進展があったのではないかと生徒たちは気が気でないのだ。

もちろん好太郎たちは、まさか自分たちのその行動1つ1つで周りの生徒たちがヤキモキしていることなど知る由もない。







放課後、2人が急いで好太郎の家へと帰るとすでにゲヘナが相変わらずのガスマスクにメイド姿で玄関前で待っていた。


「ゲヘナちゃんっ!!」

「ヨシタロウ、夏希。学校お疲れさまでシュコ!」


昨日まで大変な目に遭っていたとは思えない、明るく元気な声で好太郎と夏希は少しホッとする。

まだくるみも帰ってきていないようだった家の鍵を開けて、好太郎は夏希とゲヘナを部屋に上げる。

好太郎はその後でリビングに降り、3人分の氷入りのグラスと2ℓペットボトルのお茶を用意して部屋へと戻った。


「お茶ありがとうでシュコ」


好太郎が2人にグラスを配ってお茶を注ぐとと夏希は早速口をつけ、ゴクゴクと飲み干す。

今日もうだるほどに暑かったから、いくら夏服とはいえども外を歩けば喉が渇く。

そんな気候なのにガスマスクにメイド服で出歩くゲヘナは暑くないのだろうかと好太郎が見ると、ゲヘナはお茶には口をつけずに何やらゴソゴソと自分のカバンを漁っていた。

そのタイミングで好太郎の目に理解の色が灯る。


「そっか、ストローも用意しないとゲヘナちゃんは飲めなかったのか! ごめんごめん、ガスマスクを失念してた」


考えてみればゲヘナは飲み物を飲むときにいつもストローをガスマスクの吸収缶の装着部分に差し込んでいた。

リビングにストローを取りに行こうと好太郎が腰を上げかけるが、ゲヘナはそれを制止する。


「大丈夫シュコ。いついかなるときでもガスマスクを装着したまま物事をこなせるように、大抵の必要なアイテムは持ち歩くようにしているシュコ」


そう言って、カバンの中から取り出したのは普通よりも少し長めのストローだった。

そうしてストローをガスマスクとお茶の入ったグラスに突き刺して、チューチュー吸い始める。


「ゲヘナさん、部屋なんだし別に脱いでもいいんじゃ……」


そう夏希が控えめに提案するも、


「真のアイドルたるもの、いついかなるときでもキャラクターを崩してはいけないのでシュコ」


ゲヘナのこだわりは強く脱ぐ気配はなかった。




3人の腰が落ち着いたところでゲヘナが話を切り出し始めた。


「昨日のこと……みんなには謝らなくてはならないシュコ」


先ほどまでとは打って変わって落ち着いた、そして少し沈んだような声だった。


「あんなに1人ではダメだと念を押されていたのにも関わらず、勝手に行動してしまって……。どうしても放っておけなかったんでシュコ。また私のような経験をする人が出てしまうのを防ぎたくてつい……頑張って見つけて説得しようとしたんでシュコが……」


ガスマスク越しなので表情はまったく見えないのだが、本当に反省しているような声色だった。

好太郎と夏希はその言葉を聞き目を合わせ、考えていることが一緒だと悟ると好太郎がゲヘナの謝罪に応えた。


「いや、俺たちの方こそごめん。ちゃんとゲヘナちゃんの気持ちに気付けてあげられなかった。ゲヘナちゃんが一度マンガー・オーブのせいで危ない目に遭っていて、これ以上の被害者を出さないようにするために行動したいって知っていたハズなのに。多数決みたいな形でマンガー・オーブを持っている人間の捜索を打ち切ったのが良くなかったんだ。もっともっと腰を据えて話し合うべきだったんだと思う」

「そんなこと……ないシュコ。私が本心を前に押し出せていなかったのが悪いんでシュコ。ヨシタロウたちが謝る必要なんてないでシュコ。それに……私には打ち明けるチャンスがあったのに」


ゲヘナはそう言って夏希の方を見やる。


「夏希は私がやろうとしていることに薄っすらと気付いて、それで1人での行動を止めようとしてくれたシュコ。その時に私が『やっぱり手遅れになる前に探し出して説得したい』と話せていれば……」


その言葉を聞いて夏希も俯いてしまう。


「ゲヘナさん……でもそれを言うなら私だって悪かったんだよ。私、どこかでゲヘナさんは1人でも探しに行ってしまうに違いないって思ってたんだもん。でも、それ以上追求するのも疑っているみたいに思われちゃって嫌だなって……自分が傷つくのが嫌だったからあれ以上止めることができなかったんだよ。私、自分のことばかり考えちゃってたんだって……ゲヘナさんがいなくなっちゃってからすごく後悔したの」

「夏希……夏希は悪くないシュコ。だから顔を上げるシュコ。勝手に動いて勝手に迷惑をかけたのは私なんでシュコから――」


ふいにパンパンッと手を叩く音が聞こえて、夏希とゲヘナはその発生源へと目を向ける。

そこには好太郎が自分の手のひらを重ね合わせた状態で微笑みながら座っていた。


「もうやめにしよう。俺たち謝ってばっかじゃんか。今回はお互いに悪いところがあったんだ。だから次同じことが起こらないように気をつける、それでいいんじゃないか?」


夏希とゲヘナは2人で顔を合わせて(1人はガスマスクを着用しているが)、今までの自分たちの会話を振り返り、笑った。


「確かに、私たち謝ってばっかだったね」

「本当でシュコね。もう、止めるシュコ――そうだ、お詫びにっていうことでお菓子を持っていたんでシュコ。みんなで食べるシュコよ!」


そう言ってゲヘナはまたカバンを漁って箱に入ってデザインのお洒落な、少し高価そうなクッキーを取り出す。

封を切って蓋を開けると上品なバターの香りが漂った。


「うわぁ、ゲヘナさんっ!! これすっごい美味しそうだよっ!?」

「実際美味しいクッキーなんでシュコ。今日はバイトも非番をもらっていたから、昼頃から池袋まで出て西武の地下街で美味しそうなお菓子を吟味してたんでシュコよ」

「じゃあ、本当にお高いやつなんじゃ……!?」

「そんなでもないシュコ。まぁ普通のクッキーよりかは全然高かったでシュコが、手の出ない範囲ではないシュコ」


ゲヘナはちょっと得意げにそう言うと夏希は目を輝かせる。


「ゲヘナさん……大人……!!」


好太郎は夏希の大人判定の基準がいまいち掴めずに、憧憬の眼差しをゲヘナに向けるその横顔に首を傾げた。


そうして3人でクッキーに舌鼓を打っていると、今気付いたとゲヘナが声を上げる。


「あっ、そうでシュコ。全部食べないでカッジェの分も取って置いて欲しいでシュコ。ヨシタロウ、今日はカッジェはどうしたんでシュコか」

「ああ、えっとそれが……」


その問いに好太郎は気まずそうな声を上げ、夏希もクッキーを頬張っていた時の顔が嘘のように曇ってしまう。


「……昨日、疲れていてよくは覚えていないシュコが、何だか雰囲気が微妙だなとは思っていたシュコ」


ゲヘナはそう言って顔を俯けている2人を見る。


「あと何か最音以外にも知らない男がいたようないなかったような気もしたでシュコ。きっとその男が原因シュコね? 私が気絶している間にいったい何があったのか、2人に教えて欲しいでシュコよ」


ゲヘナの真剣な声に押される形で、好太郎と夏希は昨日のことを振り返りトツトツと語り始めた。

次回、ゲームセンターでのやり取りの回想から始まります。

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