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自称『魔法使いマリル』と知り合う事になってしまった事の発端を、今から簡潔……
いや、思うままに話そうと思う。
やつに知り合ったのは、俺と勇者の出身国であるコロレアの首都付近だ。
丁度、国王の勅命を受けてマユーセという国を通り抜けて、クレストリアという大陸のクレストルアという大国に行く途中だった。
恐らくこの街で一番人目につかないんじゃなかろうかという程静かでひっそりした路地裏に、真っ黒なフードを不自然なほど目深に被り、背格好も腰を曲げている老人のような風体の、恐らく女性であろうこいつは露天販売をしていた。
その羽織の”黒”はよくよく見ないと景色とうまい具合に混ざり、溶け合って、勇者じゃないと気付く事はなかったんじゃないかと俺は今でも思っている。
勇者が行ってしまうので、そいつに近寄ってしまうと、奇妙なほど柔らかな花の香りがした。
もう、香りだけだというのに見た目とのギャップが凄すぎてドン引きレベルの、それはそれでかなり不気味としか思えない違和感ありありの、
正直出来れば関わり合いになりたくない、というのが第一印象だった。
そいつは一体何者なのか、見た事も無い薬剤や希少過ぎる程希少なクロノスという魔力を貯めたり溜めておく石を、これでもかという程売っていた。
その数や大きさに、最初はこいつ贋物を売り飛ばそうとしてる詐欺師じゃないのか?と疑ったほどだ。
それでも、その頃はまだそこそこ居た優秀な別の仲間が確かに魔力石だという事を確認すると、本当に驚いた訳だが。
しかもその値段の安さにも驚いた。
どちらの国も近い上に貿易港もある”裏庭”の異名を持つこの街は、裏大規模貿易街を売りにするだけあって、希少な代物すらも露店販売で破格で売り買いするものなのか?と別段特に何も思わず妙に感心したものだ。
ただ、知識ある今はっきりしている事は、無論そんな訳はない。
しかし、当時は魔力石全般に少ない知識しかなく俺も勇者も俺の仲間も特に疑問に思う事すらしなかった。
いや、多少は疑問に思ったのかもしれない。
思ったのかもしれないが、当時勇者率いる俺たちパーティーには喉から手が出る程必要なものばかりだったから、その品の数々を見て真贋の分かる仲間がはっきり本物だと言い切り、そしてそれが破格で販売されている。
この状況に心が浮き立ち、正確な判断力が損なわれていたのかもしれないのも否定できない。
しかも街の別名も説明した通り”裏”とつくしな。
そうじゃなくても怪しいものが結構売っていて、知る人ぞ知るという空気が凄かったのもひとつの大きな理由だった。
当時は戦闘中の不注意で一人の仲間に、しかも女性に大けがを負わせて一生を台無しにしてしまう様な事件のお陰で、道中仲間同士が結構緊迫してる部分も大きかったし、この街の存在は”表”では大っぴらにされてはいなかったし……。
無論その大けがをした仲間はひとつ前の街で説得して療養させてきた訳だが。
今まで大したケガもなく、自分たちより強い敵と戦って来られたのも一重にチームワークと、勇者の幸運と強さよる功績が大きいだけだった事を皆失念してしまっていた結果の怪我だったので仲間内でもちょっと色々あったりした。
……あまりにも勇者の持つ幸運や祝福のスキルが強く、桁外れに強く、そして万能だった所為で、誰もが自分は大丈夫と思い過ぎていたのはただの傲慢で……。
多少の苦戦があったとしても、いざとなれば強い勇者がなんとかしてくれる。
勇者に限界が存在するなどと、一緒にいた仲間は誰も思わなかったんだ。
そして良いと思っていたチームワークはその過信による自信の元に強気にやってきた結果なだけだともいえた。
小さいころからずっと一緒だった俺ですらも幼馴染を万能だと思い過ぎてたのだ。
とかくこれだけの魔力石、そして薬剤があれば、勇者だけに負担を掛ける事なくもう少し道中が穏やかになる。
そして置いてきた仲間の傷も、跡形もなく…寧ろ以前より綺麗に治してやれる。
皆が魔力石を見た時はそんな想いだった。
だから迷ったのだ。
本物、じゃなかったとしても果たしてすがるだけの価値があるのだろうか。
使って大丈夫なのだろうか。
裏があるのは間違いないとしてもこんな破格で手に入れたものが本当に……。と疑問に思う前に買うか、買わないかだけを。
そいつは、俺たちの心の隙間に囁き掛ける様に、
"こんなものいくらでも手に入るから欲しいのなら是非とも気にせず買うと良い。"
としゃがれた声でやけに魔力石を薦めてきた。
本当に怪しい事この上ない。
なぜ疑問を持たない!と過ぎ去った過去の自分たちに問い詰めたい程だ。
説明させてもらうが、そもそも魔力石は、そんじょそこらで簡単に手に入るものではない。
と最初に話したと思うのだが、なんというか実のところ簡単どころの騒ぎじゃない。
魔力石と一口に言っても用途や作り方によって石の名前は変わってくる。
全ては魔石の一種な訳だが、魔導石 魔術石 魔力石の三種類の分けられ、その中でもそのまま字を当てられた(魔力石の場合だとクロノス)石というのは純度に関係なく国に献上するか国が買い取ってしまうのが当たり前で。
それこそ、魔導士組合の中でも師範代になる程度に偉大な魔術師、魔導師、魔道技師達が、それこそ数年単位で魔力を結晶化させ、さらに数年単位で濃度を濃くし、そして徐々に硬化させ、さらに世界にも数百人程度しかいないと言われる薬剤技師師範代クラスしか作る事の出来ない特製の特殊な薬剤の液に漬け、満月の光を何度もしっかり浴びさせた後、妖精の粉と呼ばれるものを振りかけて誰の魔力にでも馴染む様に作らなくてはならない代物で、滅多やたらと出回るどころでなく、やたら滅多らとお目に出来る代物ではないのだ。
師範代しか作れない、というだけの話ならばまだいいが、魔導師連合組合と薬剤技師連合組合の仲の悪さは折り紙つきなので、国に強制されない限り手を組んでまで魔力石を作ったりは滅多にしないという辺りも流通しない理由の一端ではある。
ぶっちゃけよく考えなくても本来一般では一切出回らない代物である事はお分かり頂けるだろう。
俺が魔力石について希少という以外露店販売でも気にしなかったのは、パーティーで組んだ歴代の名の知れた凄腕だった仲間たちの所為だ。
そもそも、勇者と俺以外、全員王国付きの所属部隊の実力者ばかりだったのだ。
金銭感覚も違えば、市井に身を落とした親族もいない者ばかりで、裕福な彼らからすれば極上品の中にも国が入手できなかった品や粗悪品、粗悪品でなくとも規制はしていないからなんとか作成する者もいるだろうし、きっと見落としもあるんだろうという感覚だったのかもしれない。
一応国に破格で報告、国は買取を鉄則と謳ってるものの、規制がなく、王国側がお願いしている体にはなっていて、ただでさえ流通しないものを更に流通させ辛くする為というか、他国に一つたりとも渡さない為にそう言ってるだけというか、一般的には知られていないが、ざっくりそんな感じになっている事も原因だったように思う。
どちらの国も近い、名前も裏貿易街と名の付くこの街は、大規模貿易を売りにするだけあって、こういった希少な代物すらも店販売するものなのかも?と言った仲間もいたような気がするのがいかんせん。
それ以上疑問に思わせない程度には、俺たちは釘付けだったし、そいつの全てが不気味すぎて生活に困るご老人に見え過ぎていた。
今でも定期的に、何でも無い事の様にこの石を平気で勇者に献上するこいつが、何故これを手に入れられ、売る事や今ではプレゼントしようとする事が出来るのかわからないが、当時は至極自然な薦め方に胡散臭い気持ちはあるものの、勇者が買うと言うので止めるの事を辞めてしまったのだ。
当時のそんな時である。
突然野蛮そうな男たちがかなり定型文な物言いでこちらにやって来たのは。
『ようよう、そこのばーさん。
誰に断ってここで商売してるんだ?』
今時ここまで定型文で脅しをかけながら話しかけてくる輩も珍しいが、その格好も例に漏れず典型的すぎるのも珍しい限りだった。
大剣もった大男が雑魚三人連れてばーさんに因縁つけるとかどんだけシュールなんだよ……。
しかも揃いも揃って肩のショルダーにトゲが生えてるのは一体どんな流行りのファッションなんだ。
顔もここまで悪人面ともなると突っ込みどころ満載である。
真ん中のにーちゃんの頬の傷はある意味ファッションなんだろうか。
否、世紀末覇者に憧れてるのかもしれない。
『誰に……って誰にも許可なんてとっておらんねぇ。』
抑揚のないしゃがれた声でのんびり、そして面倒臭そうに喋ると、動いたのは何故か勇者だった。
何を思ったのか勇者は怪しい老婆の格好をしたやつを抱きかかえると素早く結解で安全を確保し、 優しくやつに微笑みかけた。
そして、やつと何を話しているのか少し頷くと大男と雑魚どもに向かって歩き出したのだ。
後にも先にも勇者がやつにあんなに優しく微笑みかけたのは最初で最後だと思う。
『出来れば、見逃してくれないか?』
勇者は笑っていない瞳で彼らに言った。
『ああ?舐めてんのか?』
『誰の縄張りだと思ってやがるんだ。』
雑魚どもが口々に雑魚らしい言葉を口にした。
『出来れば街中で喧嘩などしたくもない。これでなんとかならないだろうか。』
勇者が大男に何かを手渡すと、大男は多少目を見開いて
『……お、……おお……おぅ……、お前ら……寿命の短い老婆なんぞ、せびった処でたかが知れてる。と……とりあえず、こいつについては放置でいい。逃げ……いや、いくぞ!』
と、とにかくどもりながら去っていった。
瞬間結解を解くと、抱きかかえたままのヤツを、そっとそっと地面に降ろした。
降ろした時近くにいた俺は、
はふぅん……
と奇妙な声を耳にして、思わずヤツをガン見してしまった事はいうまでもない。
気持ちわりぃ!!!!!
くっそ鳥肌立ったわ……。
無理すぎる瞬間だった。
そこから何かというと”老婆”であるそいつに会い、しまいには俺の幼馴染と必ず一緒にいるという奇怪な体験をするようになったのは、きっと言うまでもないだろう。