セリア編ーⅠ
・森精種
→総じて高身長で長命、耳が細くとがっている場合が多い。血統と伝統を重んじ、統治者側にいる人間もほとんどが森精種の中でも特に高齢な人物ばかりである。しかし他の世界や種族との交流の機会が増えるにつれ、段々と若い森精種の意識も変わりつつある。
高度な知性を持つ生物が寄り集まってひとつのコミュニティを形成し、そのコミュニティを長時間存続させようとするためには、コミュニティの中で制定すべきルールというものが必要になるだろう。ルールのない共存体が長続きしたためしはない。
しかし、時代の移ろいと共にそのコミュニティ、共存体を構成するメンバーというのもどんどんと更新されていくものだろう。それに応じて、ルールも刷新していくべきなのだ。そうでなくては、コミュニティの中にいる人間が狭苦しい思いをすることになる。
――あたしは、それを知らしめたいだけだった。
あたしの名はセリア・フルンウッド。第一世界、ベルリウムに住む妖精大種のひとつ『森精種』と、『人類種』の間に生まれたハーフ・エルフィア。そりゃ、血統を大事にする『森精種』の中にあって、異端児にもほどがあったと思うわ。でも、そうやって他の『森精種』とは違う生い立ちを持つあたしだからこそ見えた景色ってものが確かにあった。
『森精種』の里の最奥に存在した、『禁忌の祠』と呼ばれていた施設。特段何が封じられているかも知らされておらず、「とにかくダメなものはダメ」という一点張りだけで不用意に近付くことを禁じられていた場所があった。他の『森精種』の子供たちは、大人の言うことは絶対で、里の掟に逆らうことを何よりも恐れていたから、近付くこと自体信じられない愚行だったんだと思う。でも、あたしは他の子とは違った。傲慢って言われるかも知れないけど、あたしは半端ものだったからこそ、古臭い考えを持ったジジイどもの言いなりになる操り人形みたいな子供たちとは違うって言う、明確な特別意識があったの。
「……セリア、何やってるの。」
半端もののあたしにも友達はいたわ。半端ものだとか純血だとかっていう理由だけで差別をするような子じゃなかった。彼女の名は、フッフェンタリア・アシクステラ。彼女は誰にでも優しくて、正々堂々としてて、間違ったことが大嫌いだった。
「そこは禁忌の祠だよ。」
――あたしが禁忌の祠の中身を見たからと言って、フッフェンタリアは特段大人に言いつけるようなことはしなかったわ。いきなり眼窩にマグマでも流されたみたいな激痛に襲われて悶絶するあたしを心底心配して、手当てをしてくれた。
「大人の言いなりになってる子供たちに、反抗の自由を教えたかった……? セリア、貴方は……。」
そう。子供だった間は、フッフェンタリアは何もしなかったわ。大人に言いつけることも、友達をやめることもしなかった。優しい子だったわ。子供の間は。
「……セリア・フルンウッド。貴殿を、禁忌の祠に触れ、その力に支配された者と断定し、その罪を償ってもらう。貴殿に課せられる罰は――里からの追放だ!」
ここは日本国首都、東京。その中でも有数の大都会、新宿の大通りに面したカフェのテラス席に、二人の少女が向かい合って座っていた。一方の少女の背後には、その少女に瓜二つの外見の青年が姿勢を正して直立不動の体勢を保っている。
「ふぅん……。ま、嘘はついていないみたいね。」
「や、やっぱりそういう見方だったのね……。」
「ごめんなさいね。職業柄、どうしてもこの手の話でお涙頂戴誘ってくる卑劣漢とかしょっちゅういて。」
そう言って優雅にコーヒーを飲むのは、月のような金の右目と、血のような深紅の左目を持ち、紫がかった黒色のロングウェーブを持った細身の少女、第三百三十六代魔王クレイディアその人だった。その背後で先程からぴくりとも動かずに静止しているのは、その双子の片割れにして執事のクレイ。
「それで……。魔王様も気付いてるんでしょう、今回の戦争の真実。」
「子供の頃マグマぶっかけられる痛みの経験があっただけのことはあるね。それに気付いてるのはぼくとクレイだけだと思ってたのだけど。」
「あの禁忌の祠に封じられていたのは、先々代の魔王の魔力の残滓だったのよ。そのおかげで、あなたほどじゃないけど、あたしも世界の真実やそういう高次元的なことが直感的にわかるようになったわ。」
右眼の端から赤黒い閃光をバチバチと迸らせる、癖毛の金髪と闇夜のような瞳を持ったその少女――セリア・フルンウッドのその言葉に、クレイディアは乱暴にテーブルにティーカップを叩き置くと、勢いよく身を乗り出してセリアに問いかけた。
「それ、ホント!? キミも読者諸君の存在が認知できるのかい!?」
「えっ!? え、えぇ……まぁ明確にはわからないけれど、そういう世界に住むそういう人たちがいるのはなんとなくわかるわ。」
「いやぁ嬉しいよ! うちのクレイなんかぼくが読者諸君について話す時に、まるでぼくのことを頭のいかれた痴呆老人みたいに扱ってきてさぁ!」
「そ、それは御愁傷様だったわね……。」
苦い顔で自分の主人を見下ろすクレイの表情を見ながら、クレイディアに手を握られ激しく上下されるセリア。
それで、と話をセリアがこうして魔王と直に会っているその理由へと切り替える。
「あたしは今回の戦争が、仕組まれたものだって知ってるわ。それはあなたもわかっているんでしょう、魔王様。あたしは確かに愚かで、敬意とかそういうものも持ち合わせちゃいない半端ものだけど、これだけはしっかりわかるわ。
この七つの世界に失われていい世界なんてひとつもありはしない。全ての世界に生きとし生きる人間と、生きとし生きる魂があるのよ。それを滅ぼすための戦争なんて間違ってるわ。……あなたになら、この意味、わかるでしょう。」
「うん、大当たりだよセリア。ぼくらもそのためにわざわざ第七世界に来たんだ。オーケー、これからは君もぼくらの仲間だ。言っておくけど、ぼくの仲間になるってことは、毎日が刺激的にも程がある地獄になるってことだからね?」
「――上等よ!」
「よくぞ言った!」
そうして二人が立ち上がった時だった。何かに気付いたクレイが咄嗟に自らの手首をナイフで突き刺し、そこから飛び散った血液を凝固させてバリアを作り出していなければ、クレイディアとセリアは膨大な熱エネルギーによって跡形もなく消し飛んでいただろう。
そこにいたのは、右腕が巨大な砲身となった、小柄な少女の姿をした『機人種』だった。
『――目標、第三百三十六代魔王。戦闘を開始する。』
その言葉の直後、少女は頭部に装着していたバイザーを目元に下ろし、三人に向かって突進し始めた。
時はやや遡り、第一世界、ベルリウム。この世界は、妖精大種と呼ばれる妖精の種族たちが住む、自然豊かな世界である。そんな妖精大種各氏族の代表者が、『森精種』の里で最も高い物見櫓の最上階に集結していた。
様々な特徴を持つ妖精たちが、円卓を囲んで着席している様は、まるで騎士物語に登場する英雄たちの会合のようであった。
「――これより、妖精大種緊急招集会議を始める。」
口火を切ったのは、物々しい鎧を身に纏った金髪の『森精種』代表、フッフェンタリア・アシクステラという少女だった。
「あんま時間かけないでくれヨ。こっちとしてもさっさと第七世界に繰り出してぇっつーバカがいすぎてそろそろ制御効かねぇんダ。」
髪の端々が燃え盛っている細いながらも屈強な肉体を持った『火精種』の男、シェギドゥ・クワウフレアの言葉を受け、フッフェンタリアは「では」と前置きを省略し、本題に入った。
「今回貴殿らを呼び出したのは他でもない。我々ベルリウムが今度の戦争で勝利を収めた場合、誰が魔王になるのかという、極めて重要な議決を取るためだ。」
「フン、そんなものは簡単じゃわい、前回のベルリウム出身の魔王はこの『土精種』から輩出された。今回も同じ措置を取れば良かろう。」
低身長ながらその場にいる人物の中で最も筋骨隆々の身体を持った白髭の『土精種』代表、モーラム・セグランドはそう鼻息荒く言い放った。
「おいおい爺さん、そいつァ横暴ってモンじゃァないかァ? ここはひとつ実力主義ッつゥことでこの円卓のメンツでバトルロワイアルでもしようぜェ!!」
テーブルにどっかりと足を乗せ、小枝を口にくわえた『雷精種』の少女、シェラム・セイリンライトの意見に、その場にいたほとんどの人間が首肯した。
「まったく嘆かわしいわい! 伝統というもんが何もわかっとらん! 以前そうあったあらば今回もそうあるべき! それがなぜわからん!」
「ジジイは黙ってロ!」
「つ~かそもそもぉ~。バトロワなんてしなくてもぉ~結局妖精大種で一番強いのはぁ~俺ら『月精種』だと思うんでぇ~意味ないと思いまぁ~す。」
「あら、どんな手を使ってもいいって言うのなら、私たち『夢精種』にも勝率があると思うんだけど、いかがかしら?」
「僕ら『水精種』のことも忘れないでもらいたいな。」
「水がなけりゃ何もできねェ能無しが何か言ってやがるぜェ!!」
「引きこもりはぁ~精々水底でガタガタ震えながらぁ~戦争終結を待てば良いと思いまぁ~す。」
「あ、あのっ! ボクら『死精種』としては……あまりその……物騒なやり方は……!」
突如、ガンッという金属音が室内に鳴り響き、その場にいた全員が口を閉じた。音の発生源はフッフェンタリアであり、手にした中型の弓で床を思いきり叩いたのであった。その鬼のような形相を一同に向けながら、ぞっとするほど低い声音で告げる。
「――静粛に。」
全員が渋々といった様子で姿勢を正すと、フッフェンタリアは横に座っていた小柄な少女に意見を求めた。
「クルルはどう思う。」
「……そうだね……。」
クルル・メーデアスノウというその『氷精種』の少女は、冷静な口調で答える。
「……今回の戦争……。皆気付いてるとは……思うけど。あんまり……『普通』じゃ……ないんだよね。だから……今回私たちベルリウムは……ベルリウムとして参戦するんじゃなくて……。」
ゆっくりと、かつ緩慢に話すクルルが次に発した言葉は、その場にいた全ての代表者たちの心をつかんだ。
「それぞれの種族が……それぞれの種族として……参戦すればいいんじゃないかな……。自分たちが一番強いと思うのなら……代表者じゃなくて……率いる仲間ごと最強を名乗ってみなよ……。それくらい……難はないでしょ……最強の種族なら。」
フッフェンタリアがその意見に賛同の意を示すべく頭上に手を挙げると、他の代表者たち、主に腕に自信のある妖精たちも次々に手を挙げていった。最後に不満だらけの顔で『土精種』のモーラムが手を挙げると、満場一致でその意見が採用されることとなった。
各代表者がまだ口論をしながら物見櫓を去っていく中、フッフェンタリアはクルルを呼び止めた。
「クルル、恩に着る。」
「大丈夫だよ……私があそこで意見を言えたのも……リアちゃんのおかげだし。……ねぇ、リアちゃん。」
「なんだ?」
「……今回の戦争、私の独断だけど、『氷精種』としては『森精種』と同盟を組みたいのだけど……。同盟軍が勝った場合の魔王は……ジャンケンで。」
「ふふ、私はジャンケン強いぞ?」
そう冗談を言って、クルルに同意する意味で握手をするフッフェンタリア。そこへ、翼が霜で覆われた梟が窓から飛び込んできて、クルルの肩に留まった。その瞳を覗き込んだクルルは、目を見開き、フッフェンタリアにとある報告をした。
「リアちゃん……!」
「どうした?」
「魔王が動き始めたらしいんだけど……。その隣に、セリアちゃんがいたって……!」
「なにっ? セリアって、あのセリア・フルンウッドか……!!?」
二人は、遥か西方の空にぽっかりと空いた巨大な空間の歪みを眺めながら、追放されて以来音信不通となった古い友人の思惑について、何とは言えぬ漠然とした不安感を抱くのであった。