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第七世界大戦物語  作者: 和泉キョーカ
序章
3/5

ボルケンガム編-1

・空人種

→ゼルレウムで独自の進化を遂げた人類種。総じてバランス感覚に優れ、高所での移動を苦としない。さらに視力も高く、数百メートルの距離ならば裸眼で目視可能。瞳が多重の輪が重なったような模様になっている。

 第五世界ゼルレウムは、大空の世界だ。海はない。大陸はある。海がなければ何故大陸があるのか。簡単である。空に大陸が浮かんでいるのだ。天空に果ては見えない。低空に果ては見えない。どこまでもどこまでも下へ下へ、空の下には何があるのかを確かめに行った冒険家の顔をその後見た者は、誰一人いない。だから、誰もが下に関しては考えることをやめた。「そういうものだ」と思考を放棄した。

 そんなゼルレウムにも、『海の大陸』と呼ばれる大陸は存在する。この世界で『海』と言えば、雲海かこの大陸の海のことを指す。そんな海の大陸の、海岸沿いの小さな村に、ひとりの少年がいた。名を、ボルケンガム・デューアラッハ。岸辺で棒を拾っては振り回す、やんちゃな性格の少年だった。

 ボルケンガムには、ひとりの親友がいた。淡い藤色の髪をした、容姿端麗な少年だった。フィルオサリッチ・アブシュールというその少年は、表情をあまり表に出さない、ボルケンガムとは対照的な性格だった。棒を振るよりも的当てが得意だったし、正々堂々とした手法よりも、やや卑怯と言われても仕方のないやり方を好む子供だった。


 その日、ボルケンガムとフィルオサリッチは、ある物・・・を見るために、村外れにある、村を一望できる崖の上へと登攀していた。

「フィル! はやく! もうすぐ来ちまうよ!」

「待ってよ……ボク君みたいに崖登り得意じゃないんだからさ……。」

「しっかたねぇーなぁー! ほら、手ェ掴め、フィル!」

「……ありがと、ボルク。」

 先に崖の上に這い上がったボルケンガムは、岩壁にしがみつくのに精一杯のフィルオサリッチに手を伸ばす。フィルオサリッチがその手を掴んで、ボルケンガムに引き上げてもらった時だった。

「あっ!」

 突如、崖の上の芝生が突風に揺らぎ、ボルケンガムは眩しく燃える太陽の方を、手で光を遮りながら見上げた。フィルオサリッチも崖の上に辿り着き、ボルケンガムが見つめる方を見やった。

「あ……。」

 そこには、崖の下方から浮上してくる、一隻の細い翼が生えた船――飛空船があった。この世界では、船主を龍の頭の形にすることで、旅路の安全を祈願する風習があり、そうやって船主が龍の形になった飛空船のことを、『飛龍船』と呼ぶ。

「すげぇ! でけぇーっ!」

 初めて見る飛龍船に、目を輝かせてはしゃぐボルケンガム。フィルオサリッチも、珍しく呆けた顔で、飛龍船を見上げていた。

「フィル! すげぇな! かっけぇな! な、フィル!」

「うん……すごい。立派な船だ……。」

「なぁ、なぁフィル!」

 興奮しきった声で、ボルケンガムは、フィルオサリッチの肩に腕を回した。

「おれたちもいつか、飛龍船乗りになろうぜ! それで、二人で一緒にこの世界を飛び回ろうぜ!」

「……いやだよ。」

 しかし、フィルオサリッチはピシャリと断ってしまった。

「ボクは、そんな悠長に空を旅している暇はないんだ。ボクにはやることがある。だから、君とは行けない。」

「……そっか!」

 そう言われても、ボルケンガムは一瞬ぽかんとするだけで、すぐに満面の笑顔を浮かべた。

「やること、早く終わらせてくれよ! おれ、ずっと待ってるぜ! お前と空が飛べる日をさ!」

「……君は本当にバカな奴だよな……。」

「かもな!」

 からからと笑って、ボルケンガムは、村の方へと去っていった飛龍船を、手を振って見送っていた。そんな彼を見てフィルオサリッチは、無表情ながらも、やや俯き、ボルケンガムには見つからないように、小さく飛龍船に手を振った。


 十数年の時が経ち、ボルケンガムは、初めて飛龍船を見上げた崖にやってきていた。今にも降り出しそうな雨雲の如きくすんだ灰色の髪を澄み切った晴天の下に揺らし、サファイアのような瞳は、ここではないどこかを見つめていた。その左右の腰には、分厚い刃の中型の剣が提げられている。

「……。」

 今から思えば、幼少期に息を荒げて登った崖も、そこまで険しい岩肌でもなかった。そんな崖から一望できる故郷というのも、自分が思っている以上に小さな村だったということなのだろうか。

 そんなことをボルケンガムが思っていると、背後から、ひとりの人間が歩み寄ってきた。深緑色のフードを目深にかぶり、口元以外が陰ってこちらからは視認できないその人間は、低い声でボルケンガムに呼び掛けた。

「――ボルク。」

「ん? あぁ、フィルか。」

「用って、何?」

「いや、元気してるかなってさ。」

「君、一応ボクの敵なんだけど。」

「……今ここにいるのは、『ルーアルク王国竜騎士戦隊副長』と『大空賊『ブラック・アムニッション』第六飛龍船戦闘隊長』じゃない。ボルケンガムとフィルオサリッチっつー、二人の男だぜ。」

「……。」

 腰に二挺の拳銃を提げたフィルオサリッチは、唇をへの字に結んだまま、ボルケンガムの隣までやってくる。

「……ボルク。久しぶりだね。」

「あぁ、久しぶり、フィル。」

 性格も所属も一般社会からの見られ方も、この瞬間の表情に至るまで全く真逆の二人は、そう言い合い、握手をした。

「……ほんと、面白いくらい別々の道に行ったよなぁ、俺たち。」

「……うん。」

「最近どうだ? 空賊人生も楽じゃねぇだろ。」

「そうでもないよ。君たち組織の傀儡に比べれば、万倍楽な物さ。」

「言ってくれるぜ。」

 からからと笑うボルケンガムに対し、フィルオサリッチは面白くなさそうに鼻息を吹くと、瞬きよりも疾い速度で右腰の拳銃を抜き、対面するボルケンガムの額に銃口を押し付けた。

「……『ここにいるのはボルケンガムとフィルオサリッチ』……。確かにそうかもね。でもねボルク。君は甘いよ。どんなに個人間の会話であっても、自分の立場って言うのは揺るがないんだ。

 こうやって二人で会って喋っているところを、お互いの部下や上司に見られたらどうするの? 今すぐにでも、ボクは君を殺すことができる、ボルク。君はボクらの敵であって、目の前にその敵の組織の副長がいる。……ほら、いつでも引き金は引けるよ、ボルク。」

 そう言って、拳銃を握る手に力を籠めるフィルオサリッチ。微風にふわりとなびいたフードの中にちらりと見えた黄緑色の瞳は、ほんの少しの怒りに揺れていた。

「――ボルク!」

 語気を荒げ、穏やかな微笑を浮かべたまま、見透かしたような視線をフィルオサリッチに向けるボルケンガムに、彼は一歩詰め寄った。

「甘い! 甘いんだよ! ボクらはもう大人なんだ! 何も知らなかった子供のままじゃ、この世界では生きていけないんだよ!!」

「――お前は撃たない。」

 ぽつりと、だがハッキリと、ボルケンガムはフィルオサリッチに向けてそう言った。フィルオサリッチは、歯を食い縛って、引き金にかけた指に力を入れたが、ややもして、とうとう拳銃を下ろしてしまった。

「……ボクの負けだよ。確かにボクには君が撃てない。まだまだ未熟だな……ボクは。いつかは君とも戦わなくちゃいけないってのに……こんなんじゃだめだな。」

「それでいいだろ。」

 フィルオサリッチは、驚いた表情を口元に浮かべ、俯いていた顔をボルケンガムの方へ戻した。

「別に俺、空賊行為がいけないなんて思ってねぇもん。むしろ羨ましいと思うぜ。自分の好きなことして毎日生きていけるってのは、最高に羨ましいぜ。」

 悪意なんて微塵もない口調で、ボルケンガムはそう笑った。

「……つまり、君にはボクらを捕縛する理由がないって言うの? ボクらは当然のように法を破っているんだよ?」

「あぁ。確かに法を破って悪事を働くのは良くないな。でも、お前たちが一身に『悪』を掲げていてくれるおかげで、俺たち騎士団が『善』として認識され、結果として国家の統治は潤滑にサイクルしているんだ。お礼がしたいぐらいだぜ。」

「――……。」

「それによ。」

 ぽん、とフィルオサリッチの肩を叩き、崖の端に立つボルケンガム。

「――お前、自分が法を破っている、つまり自分が悪事をしているってことがわかってるんだろ? タチが悪いのは、無自覚の悪人だぜ。そうじゃないだけ、お前は何千倍も『良い人』だよ。俺は『良い人』を引っ捕まえるつもりはねぇさ。」

 そう言い残すと、フィルオサリッチに満面の笑みを見せて、背中から崖の向こうへと身を投げ出すボルケンガム。しばらくして、崖の下からボルケンガムを背に乗せた臙脂色の『原龍種グラン・ドラゴニア』が、一陣の風の如き速さで、村の上空を通過して山の向こうへと消えていった。

 それを見送り、フィルオサリッチは足元に転がっていた小枝を勢いよく踏み折り、崖の反対側にある森の中へと去っていった。


 フィルオサリッチがやってきたのは、『海の大陸』の飛空艇用港町のひとつ、『エントポート』だった。現在は、ゼルレウム全域で悪名を轟かせる大空賊団『ブラック・アムニッション』第二船団によって支配されているこの街で一番大きな酒場に入ると、そこには第二船団五隻の空賊船の乗組員たちが酒を飲み交わしていた。

「お、フィルの兄貴! どこ行ってたんスか?」

「野暮用だよ。この近くに住んでる友達に会いに行ってた。」

 フィルオサリッチに話しかけてきたのは、種族の人間は誰も彼もが十代前半のように見える『穴鬼人族ドン・オーガニア』の青年、イロクだった。

「兄貴って友達いたんスね!」

「殺すよお前。」

 慌てて謝罪するイロクを無視して、フィルオサリッチは酒場の二階へと向かう。二階の個室のひとつにノックもなく入ると、そこには長い白髪と顎鬚、欲深く爛々と光り輝く金色の瞳を持った老爺が、ウイスキー瓶を片手に、地図を覗き込んでいた。明らかにこの世界の地図ではないことは、フィルオサリッチにも瞬時に理解できた。

「ただいま。」

「オウ、フィルか。今忙しンだ。あンま話しかけンじゃねェゾ。」

 しゃがれた声でそう話すその老爺は、『ブラック・アムニッション』第二船団長にして、『ブラック・アムニッション』空賊団長、ドルファン。第一船団は主に斥候や哨戒のために動くため、ドルファンは第二船団に所属している。

「空賊団長にしては、あんまりそれっぽくないね、ドルファン。」

「あァ~? じゃァなんだテメェ、オイラがいつでも女小脇に抱えて金ジャンジャラ言わせて高笑いしてろッつ~のかァ!?」

「う~ん……それもうっとおしいか。」

「ゴチャゴチャ言ってネェで、さっさと出発準備しな!」

「そう言えば、それどこの地図? ゼルレウムのじゃないでしょ。」

「ご名答だぜ坊主。こいつァテラウィウムの地図サ!」

「テラウィウム? あの第七世界? 何で?」

「昨日ウチの天体観測班が北極星が紅く光ッたのを確認したンでなァ! 向こうにある珍しいモン掻き集めてコッチで売ッちまおうと思ってなァ! その途中で他の世界の奴らに出くわしたら、一発ゴアイサツ・・・・・しようじゃねェか!」

 フィルオサリッチはその時、『海の大陸』を統治する『ルーアルク王国』直属の竜騎士戦隊副隊長のことを思っていた。

(……ゼルレウム世界議会で参戦が決定すれば、ルーアルクだってテラウィウムに行くだろう。……そうなれば、だってあっちへ赴く。その時もしも彼がボクの敵になるようなら……。)

 ギリッ、と歯を鳴らし、決意に満ちた声音で吐き捨てるフィルオサリッチ。その視線は、テラウィウム――地球の世界地図を注視していた。


「その時は、絶対に、お前を殺して見せる……ボルケンガム!」

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