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第七世界大戦物語  作者: 和泉キョーカ
序章
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イル編-1

・火龍人種

→男性は暖色の体色をしており、龍のような頭部と尾を持つ。女性は頭部に龍の角を持つこと以外は、普遍的な人類種と大した差異はない。総じて火の妖術、法術に秀でており、怪力を持つことが多いとされる。上下関係にルーズであり、目上の人間に敬語を使う者も割と珍しい。

 第二世界、『ガンジウム』は、『鬼人種オグ・ヒューマニア』や『龍人大種ドラグ・ヒューマニア』の人々が住む、特異な文化体系を持った世界である。我々の言い方をすれば、『中華風』、または『和風』であろうか。雲を貫くほどに天高くそびえる鋭鋒の数々の、その中でもひときわ鋭く、頂点は霞んで見えない程に天へと伸びる霊峰に設けられた、『火龍神国』の王宮の西三宮の一室で、ひとりの幼い少女が、赤色のトカゲのような頭と尾を持った人間に、教えを受けていた。

 少女の頭部には、龍のそれのような角が、ぴょんぴょんと跳ね返った肩まで伸びる紅色の髪から飛び出している。控えめに言って美少女、であった。

「……昨日は、どこまで話しましたっけ。」

 年若い男性の声で、赤色のトカゲ頭の人間――『火龍人種エン・ドラゴニア』の青年は、少女に問いかけた。

「先生は、いっつも忘れん坊なのね! 昨日は七つの世界について教わったわ!」

 無邪気に笑いながら、少女――火龍神国皇帝の嫡子、火龍人種エン・ドラゴニアの姫君であるイル・サァリン・シェアリンは、青年に昨日学んだことを暗唱し始めた。

「この世界は七つの世界によって成り立っており、それぞれの世界に住む多種多様な種族の人々は、全ての世界の総合統治者、『魔王』を選定するため、数百年から数千年に一度、どこかの世界を舞台に、それぞれの世界の代表者や軍隊を用いて争いをしている、でしょう?」

「お見事。復習は完璧ですね、姫様。」

「あっ! また私を嵌めたわね、先生!」

「はっはっはっはっは、ご無礼の程、お許しください。」

 もぉ、と不機嫌な顔でむくれるイル・サァリン・シェアリンに、年若き火龍人種エン・ドラゴニアの識者は、苦笑いをしながら、膝元に置いていた巻物を手に取る。

「では、昨日の続きと参りましょうか、姫様?」

「……はぁい。」

 イル・サァリン・シェアリンはまだ不満げな表情でいたが、識者との問答となると、すぐに瞳をまっすぐ識者へと向けるようになった。

「第一の世界は?」

 識者の問いに、イル・サァリン・シェアリンは、すらすらと知識を披露する。

妖精大種フェアリアー達の世界、『ベルリウム』ね。世界の七割近くが広大な森でできた、自然豊かな世界。『森精種エルフィア』や『泉精種ウンディーナ』達の世界よ。」

「正解。では第二世界は?」

「『ガンジウム』。私達の世界だわ。」

「第三世界。」

「『フェンシウム』よ。第四世界の『ブロンディウム』と隣接しているが故に、人間界に侵攻してくる魔物を討ち払うことを生業とする、『冒険者』達の世界だわ。人類大種ヒューマニアの大半がこの世界に住んでいる、だったわね。」

「素晴らしい回答です、姫様。」

「でしょう? 一生懸命勉強したんだから!」

 そう言って、ふふんと得意げに胸を張るイル・サァリン・シェアリン。識者は続けて他四つの世界についても尋ねた。イル・サァリン・シェアリンは、その全てに、ひとつの間違いもなく答えて見せた。

「第四世界はさっきも言った通り、魔物たちが棲む闇の世界、『ブロンディウム』だわ。代々の魔王はこの世界にある魔王城で生活しているわ。

 第五世界は『ゼルレウム』、海のない空と陸だけの世界。強力な魔力の結晶である『魔石』の原石が核となって、いくつかの大陸が、空に浮いている。人々は魔法と風の力で動く飛空艇で大陸間を移動しているのよね。どうして空しかないのか、果てしない空の底辺にはいったい何があるのか、未だに謎の多い世界だわ。

 第六世界は、科学の世界『ティエシャウム』。電気の力で動く『機人種エクスマキナ』達の世界だわ。あの技術は『世界の均衡力』によって、特定の世界以外では製造不可能になっていて、それがティエシャウム以外の世界に技術革命が起きない理由。不思議な物ね。」

「いやはや、姫様。私感服いたしました……よもやそこまで暗記なさっていたとは!」

「何度も言ってるでしょう? 一生懸命勉強したの。私だって、未来の火龍神国の女帝を担うからには、たっくさんお勉強しなくちゃいけませんもの! そうでしょう、先生?」

 識者はただただ無言で頷き、では、と先程と同じ、意地悪気な笑顔を浮かべた。

「姫様、そこまでお勉強なさっていますのならば、これも即答できうることでしょう。第七世界は?」

 イル・サァリン・シェアリンは、うぐ、と言葉に詰まり、どこかにヒントとなるものはないかと、部屋中をキョロキョロ見回した。しかし、王家の嫡子として相応しい造りの、豪奢なイル・サァリン・シェアリンの自室に、そんなものなどあるはずもなく、イル・サァリン・シェアリンは、落胆した表情で溜息をついた。

「……わかりませぇん……。」

「まぁ、これは仕方のないことですね。第七世界……『テラウィウム』と呼ばれる彼の地の情報は、我々専門家とて知らぬことの方が多いくらいです。姫様がご存知なくとも、何も問題はございません。

 テラウィウム……第一から第六までの世界と多重に張り巡らされた結界で隔絶された、牢獄の世界。第一から第六までの世界で大罪を犯した者が死ぬと、その償いのために第七世界に転生し、また一生を過ごすことになる、と伝えられております。」

「ふぅん……テラウィウムで大罪を犯した人は、どこへ行くの?」

「さぁ……。とかく謎多き世界にございますれば、如何にガンジウム随一と謳われる歴史家の我が師匠であっても、日夜頭を抱えてしまうような場所でありますから。」

「……文化も文明も、私たちの世界とは全く違う……世界の往来もできないのなら、きっとテラウィウムっていうその名前も、私たちが勝手につけた呼称……テラウィウムに住む人々は、自分たちの世界のことをなんて呼んでいるのかしら?」

「あぁ、それでしたら判明しております。」

「本当? 教えて、先生!」

 火龍人種エン・ドラゴニアの年若き識者は、その七つ目の世界――テラウィウムに住む人々が、自分たちが呼び慕う、自分たちの住む世界の名を、短く告げた。

「――『地球』、と。」


 それから、どれほどの年月が経ったであろうか。寿命が気の遠くなるほど長い龍人大種ドラグ・ヒューマニアの幼き女児が、見目麗しい快活な少女に育つ程には歳月も経過した。

 王宮の門番兵達が、麓の都から王宮の正門に続く長階段の頂上で、王都の桜並木を肴に、茶を飲んで休憩しているところへ、貴族用の上着と袴の上から軽装の鎧を装着し、指で摘まむことができるくらいの大きさの極小の灯篭を括り付けた長大な薙刀を肩に担いだイル・サァリン・シェアリンがやってきた。

「さっ、サァリン様っ!?」

 ひとりの門番兵がイル・サァリン・シェアリンに気付き、茶を石畳に置き、バネのように立ち上がって最敬礼をした。それにやや遅れて、他の門番兵達もイル・サァリン・シェアリンを視認し、敬礼する。

「あー、いいよいいよ、楽にしてて。休憩中でしょ? 杯まだある? 私にもちょうだいよ!」

「は、ただいま!」

 一番最初に立ち上がった門番兵が、粗雑な作りの壺を手に取り、空いていた杯に、湯気の立つ茶を注ぐ。

「我々下等庶民の飲む茶ですので、姫様のお口に合うか……。」

「ん、ありがと。……お、これギンロクの花?」

 茶の香りの元を言い当てると、一息で杯を呷る。流石に熱さに耐えられなかったのか、舌を出して手で扇ぐイル・サァリン・シェアリン。

「はは、実は祖母の住む田舎はこの時期ギンロクがよく採れるもので、手紙も送ってこない祖母が、毎年この時期になると、大量に送ってよこしてくるのです。ですので処理に困っていて……。」

 おかわりとばかりにイル・サァリン・シェアリンが差し出した杯に茶を注ぎながら、そう笑って石畳に胡坐をかく門番兵。他の面々も、イル・サァリン・シェアリンが座り込むのを確認してから、地面に座り込んだ。

 今度は少しずつ茶をすすりながら、イル・サァリン・シェアリンは、門番兵のひとりに尋ねた。

「君は? 確かお母さん喉が悪いって言ってたよね。」

 そう言われた火龍人種エン・ドラゴニアの青年は、びっくりした表情で、聞き返した。

「お、俺のこと、知ってるんですか!?」

「知ってるよ。この王宮で、お父様に忠義を尽くしてくれる人は、みんな知ってる。ひとつの王国の軍預かってるんだもん、それくらいできなくちゃ総督失格でしょう?」

「……すげぇや、俺たち、とんでもない王女様にお仕えしてるもんだぜ……。」

 別の門番兵の無意識にこぼれたその言葉が、その時の兵士たちの総意だった。


 イル・サァリン・シェアリンが、一日の仕事を終え、自室に戻り、しばらくした頃だった。御簾の向こうに、天井に頭がぶつかりそうなほどに巨大な威容を持った、火龍人種エン・ドラゴニアの男性のシルエットが見えた。

「……シェアリン。私だ。入っても良いか?」

 低く、厳かな声。その聞き馴染みの深い声音に、イル・サァリン・シェアリンは、座っていた寝台から跳ね起き、その影の正体に驚いた。

「お父様!? あっ、どうぞ! お入りください……。」

 御簾をくぐり、天井に角が当たるほどの長身と、長く蓄えられた顎と鼻の髭をを持ったその男――火龍神国現皇帝は、両袖に手を入れ、イル・サァリン・シェアリンを見下ろした。その鋭い視線に一瞬ごくりと唾を飲んでしまうイル・サァリン・シェアリン。

「い、いかがなさいましたか……?」

「何、普段から精を出す愛娘を労ってやろうとな。護衛を撒いて来てしまったわ!」

 ふわっはっは、と大笑いするも、自分の声の大きさに瞬時に吻を両手で覆う皇帝。周囲から物音がしないのを確認すると、もう一度愛娘を見下ろす。

(……まぁ、本当は護衛には先に帰ってもらったのだがな……気を使わせてもいかんだろう。)

 皇帝はまた袖に手を突っ込み、イル・サァリン・シェアリンに話しかけた。

「お前も立派になったものだな、シェアリン。」

「は、ありがたきお言葉にございます。」

「いやもうほんと立派になってくれたわ……昔は勉強はできるものの本当に色々と乱暴でなぁ、もうそこら中の壺は割るわ几帳は壊すはで……。」

「お、お父様……昔話はそれくらいで……。」

 しみじみとする皇帝と、恥ずかしさのあまり赤面して俯いてしまうイル・サァリン・シェアリン。皇帝は、そんなイル・サァリン・シェアリンの所々跳ね返った紅色の長髪を撫で、心の底から安心した声で続けた。

「そんなおてんば娘が、今や火龍神国の国軍総合指揮官と来たものだ……それも、ここに来るまでに私絡みの贔屓が一切無かったのだから、もう……ふははは、笑うしかないな!」

 呆れるやら嬉しいやらで複雑な笑顔を浮かべる皇帝。しかし、その表情は一変し、非常に深刻な面持ちとなる。

「……シェアリン、お前の耳にも入っているであろう……北極星が、赤く輝いたのだ。」

「えぇ……すなわち、魔王選定の戦の始まりが近い、ということなのでしょうね……。」

「……シェアリン。其方には一国の未来が約束されている。此度の戦、参加せずとも良いのだが……其方は如何とする?」

 イル・サァリン・シェアリンは、少し口をつぐみ、しばらくの後、毅然とした表情で、父王に告げた。

「できうるならば、私は魔王になります。それは権力のためではありません。私は、誰しもが……下等上等の区別なく、笑って生きることのできる世界が欲しいのです。そう、あの兵士たちの笑顔のような……。

 ですからお父様。私は、魔王になります。」

「……そうか。」

 皇帝は、それを肯定するでもなく、否定するでもなく、ただ、深く頷き、戦場となる世界の名を告げた。だが、その名は、イル・サァリン・シェアリンにとっても、印象深いものであった。

「そ、それは……。」

 イル・サァリン・シェアリンは、その戦場の名を聞いた時、生来の直感で勘付いていた。自分が参加するこの戦は、足を踏み入れてはいけない、異質かつ危険なものであるということに。

 だが、その時のイル・サァリン・シェアリンの脳に、その無意識の危険信号を言語化し、状況として判断するだけのプロセスは生まれなかった。ただただ、悪寒が背筋を奔るだけであった。

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