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銀星香草

 星の物売りを知っているかい。


 会いたいと思う時には会えないけれど、忘れかけたころにひょっこり姿を見せる。いつでもどこにでもいて、でも見つけようとする努力をわすれた時にしか見つからない、そんなものたちを。


 彼らはみんな、物知りだ。その年初めて吹いた春風が、最初にキスした花がどれか知っていて、風が冷たくなって色を変えた木の葉のうち、最初に地面に落ちる一枚がどれか知っている。


 彼らはいつも、水が岸辺にふれる間にある土地や(なぜか伝統的に一エーカーなのだそうだ)、木の葉と葉ずれの音の間にある世界や、明日が今日に変わる瞬間に住んでいる。


 もし君が星の物売りの存在を信じていて、彼らに会いたいと思っているのなら。さがしてごらん。彼らはそのあたりにきっといる。


 見つけたら、あいさつをしてみたまえ。それから並べられた品物を見て、それを不思議だと思ったなら、何なのかたずねてみたまえ。星の物売りは品物の由来を話してくれるだろう。その品がたどってきた運命の物語を。


 悲しい話もあるし、楽しい話もある。美しい話もあるし、怖い話もある。君は、その時その時に応じて、何かひとつの物語を聞けるだろう。それはきっと、すてきな時間だ。


 けれど、気をつけなければならないことは。


 星の物売りの話がどんなに突拍子なかったとしても、その話をうそだと言ってはならないということだ。君がそんな事を言ったり考えたりしたとたん、星の物売りは姿を消してしまうだろう。


 彼らはうそをつかない。うそつきだと言う事は、彼らにとって一番の侮辱に当たる。


 彼らは君を失礼なやつだと考えるだろう。そうして君は、彼らの姿を目にして良い資格を取り戻すまで……彼らの事を忘れてしまうことになる。


 もっともこの世のなかでは、星の物売りたちの事などは、忘れてしまった方が幸せになれる、そう考えている人がとても多いんだけどね。




*  *  *




 虫の音がちりちりと、静寂をかざる。冷えた夜風が金木犀の香りを、どこからともなく運んでくる。


 夜は深まっていた。


 水銀灯のさびしげな光。誰もいなくなった路上に動く影は、一つだけ。ぼくのものだ。他には誰の影もない。静まりかえった町の中を、ぼくは一人で歩いていた。


 まだ秋とはいえ、夜中ちかいこんな時刻には、外は寒い。風が吹いたとたん、ぼくはくしゃみをした。ぶるっとふるえる。コートのえりを立ててみたけれど、あまり変わらない。


 空を見上げると、オリオン座が見えた。西の空には金色に光る点と赤く光る点。しんしんと光を放つ、木星と火星。二つの星はごく間近にとなりあっている。


 きれいだな、と見とれていると風が吹いて、ぼくはまたくしゃみをした。



「早く家へ帰ろう」



 ぼくはそう思った。熱いスープをのんで、さっさと眠ろう。






 ぼくの仕事は、よその国の人が書いたお話を、みんなが読めるよう、自分の国の言葉にすることだ。時々は自分でも、物語を書いている。


 その日ぼくは、二つとなりの町で人と会う約束をしていた。その人とは会えたのだがそれからいろいろあって、家に帰るのがずいぶん遅くなってしまったのだった。


 家族はみんな、寝ているだろう。起こさないように家に入って、自分でスープを温めないと。



 りりり……。



 虫の音が、あちこちからひびく。ぼくは足を早めた。とにかく寒くて、このままじゃ、かぜをひいてしまう。そう思って。ところがぼくの足は、すぐに止まってしまったのだった。



 り……。



 虫の声がとつぜん消えた。あれっと思ってぼくは、足をとめた。まわりじゅう、いっせいに声が消えてしまったのだ。それだけじゃない。ぼくのまわりだけ、水銀灯のあかりがみんな、消えてしまった。


 とつぜんの暗がりに、ぼくはあっけにとられた。けれど、暗がりの中にぼんやりとした光が見えた時には、怖いとは思わなかった。


 金いろにも、銀いろにも見える、ふしぎな光。近づいてみると、光を出しているものは、うず巻きもようがあちこちについた、古風なランプだとわかる。ランプはゆらゆらと影をおこしながら、路上に置いてあった。ごく、むぞうさに。


 なんだってこんなところにランプがあるんだ。ぼくがそう思ったって、ふしぎじゃないだろう? ぼくはゆっくり、ランプのそばまで歩いていった。それからあることに気がついて、ぎくりとなって立ち止まった。


 ランプのそばに、人がいた。


 いつの間にあらわれたのか、あつぼったい灰いろの布を頭からかぶった人が、ランプのそば、路上にじかにすわっていた。その人の前には大きな布が広げてあって、その上には、いったいこれは何だろうと首をかしげたくなるような、ふしぎな物がたくさんならべてあった。


 ぼうっと光る銀いろの草のたば。ちりちりと鳴る白い花をびんにつめたもの。赤や青、ピンクや黄色と、くるくるといろを変える草。魚のようにひれをつけた青い花。竜のしっぽみたいなとげを持つ草。


 わけてもふしぎな物は、その人の手前に置いてある天球儀てんきゅうぎだった。いくつもの緑のすじがあって、その緑のすじは丸みにそってからまりあいながら、金、銀、赤、青、黄、白、そのほかありとあらゆるいろでかざられ、きらきらと光っている。


 丸く編んだ緑のかごに、いろいろな宝石をはめこんだように見えた。宝石は美しくかがやきながら、星の位置をあらわして、ゆっくりと動いている。どんなしかけで動いているのかは、見ていてもさっぱりわからなかった。ずいぶん美しくてふしぎなものだとぼくは思った。


 そう思いながらぼくは、その人のそばに近づいていた。たくさんの品物をのせた布の前まで来ていたのだ。


 ぼくがその人の前で立ち止まると、灰いろの布につつまれたその人が、顔を上げた。ごく若い、少女だった。


 ずっとむかしの彫刻家たちがほった女の子の像の顔ににていた。若い顔をしているのに、きまじめな表情にはなぞがあって、世の中を見つくしてきた老人のようなふんいきがあった。


 髪は黒かったが、灰いろのようにも見えた。目は明るい青をしていたが、真っ暗な夜空のようにも見えた。



「何をおもとめですか、お若いかた」



 高く澄んだ声で少女が言った。



「あなたは誰です。この品々はいったい何なのですか?」



 ぼくがたずねると、少女が答えた。



「わたくしは星の物売り。薬草売りです。星と星が出会う時や、ふさわしい偶然ぐうぜんの時に、おもとめになるかたがたに花を売るのが役目の者」


「薬草?」



 ぼくは目の前にならべられたものを見つめた。たしかにみんな、植物だ。見たことも聞いたこともない物ばかりだったが。



「変わった物を売っていますね」


「みなさま、そうおっしゃいます。わたくしの店に来られるかたは、特に」



 少女は答えた。手前に置いてある青と黒のつるくさが、鳥のようにくわあと鳴いた。



「先程までぼくは、あなたの姿も、この品々も見かけませんでしたが。どこから来たのですか? 一体いつの間に、これだけの物を広げたのです」



 ぼくの問いに少女は答えた。



「わたくしはどこからでも来られるし、いつにでも参れるのです。それともどこにでもいる、と言いかえましょうか。


 見つけられぬのは、あなたさまがたの方なのです。良く気をつけて探すのなら、いつでもわたくしや、わたくしの同僚の姿を見る事ができましょうに。


 ここに店を広げるようになってから何年にもなりますが、わたくしの店に立ち寄って下さったのは、あなたさまが初めてです」


「ぼくはここを今までに何度も通っている。けれど、あなたの姿を見た事はありません」


「それはあなたさまがわたくしを、探そうとしなかったからでしょう」



 少女の右手に置いてある花の一群れが、いろを変え、光をはじいた。



「この店は探す者にしか見出せませぬ。お客さまがわたくしを見つけるのです。『偶然』の好意を勝ち取った者のみが、この店とわたくしを見、この店をあやしく思わない魂の持ち主だけが、わたくしの前に立つ事ができます。


 この度は、星と星の位置があなたさまに味方いたしました」



 ぼくは首をかしげた。



「あなたはさっき、いつにでも、どこにでもいると言いませんでしたか? ではどうして『偶然』や星の位置でしか見つけられないと言うのですか」



 少女は答えた。



「お客さま、『偶然』とは人間が思っているほど、気まぐれなものではありません。あれも天の摂理せつりにしたがう者。時に話などいたしますが、気むずかしい所のあるわりに、涙もろい面も持ち合わせ、受けた事は返すといった律儀りちぎな面を持つ者でもあります。


 それに人間は、生き方しだいで、あれを味方につけることができます。そのように『偶然』を味方につける事ができるだけの人間、そうした人間にのみ、わたくしの姿が見えるのです。


 近年はあれも無視をされ続けで、肩入れしても誰も見向きもしないとぼやき続けておりますが。わたくしどもの店へ来るお客も、とんと減ってしまいました。


 昔はわたくしどもの店も、にぎわっていたものです。ひっきりなしに入れ代わり立ち代わり、お客さまがおいででした。


 詩人や彫刻家や哲学者、名もない農夫や陽気なおかみさん、運試しをしようとする青年や若い娘。妖精たちともお喋りが楽しめたものでした。


 あのころには彼らもとても数が多くて、気軽に人前に姿を見せていましたから……ああ。今来るのは小さな子どもたちぐらいなものです。その数も少なくなってきています。


 星は鉄や石のかたまりで、『偶然』は何の力も持たない、のっぺらぼうの機械のようなものだと考える子どもが増えたのは、悲しい事です。そんな子たちには妖精の音楽すら聞こえないのですよ。星々の祈りも」



 ぼくの前にあった青い魚のひれをつけた花が悲しげに鳴いた。とぅわるるる、とぅわるるる、とぅわるるる……。


 少女は花になだめるように声をかけると、言葉を続けた。



「星と星の位置はわたくしどもからお客さまがたへのサービスです。『偶然』を味方につけても、わたくしどもを探すには世界は広い、そう思われる方は多いので。


 星の位置は店を見つける目印なのです。


 わたくしどもとしましては、どこにでもいるのですから、そのようなものは必要ではないのですが。けれど遠方より来られるお客さまには、目印がなければ迷うお方もおられますので」


「ここでは何が手に入るんです?」



 好奇心にかられたぼくは尋ねた。



「求める物が。あなたさま次第です」



 少女の答にぼくは奇妙な思いに捕らわれた。求める物。ぼくの求める物。どんなものでも出してみせると言うのだろうか、この少女は?


 その時ぐるぐる、と声を上げて、とぐろを巻く灰いろのつたが頭をもたげた。見ている方が気分が悪くなるほどびっしりととげをつけ、しおしおとした花をつけている。その花の一部がざわざわと動いたかと思うと、中から人に似た顔があらわれた。



「その女の言葉に耳をかたむけるは、身の破滅はめつだぞ!」



 顔は、きいきい声でさけんだ。



「わしを見ろ! 若いの。身の破滅だぞ! わしは人間だった、なのに今はこの通りだ!


 ああ、体はこんなに長いし、とげはちくちくして、動くたびに痛くて、苦しくてたまらん!  聞いてはならんぞ若いの! 聞いては!」



 ぼくがあっけにとられていると、少女が手をのばした。軽く指先でふれると、灰いろのつたはぶるっとふるえ、くたくたとくずおれた。とげも力を失ってしゅんとなる。



「これは……?」


「とある人物が育てた花です」



 少女がためいきをついた。



「あわれなものです。この花の元の持ち主は、人の世では、ひとかどの人物として敬われておりましたが。その実は心の奥に、びくびくおびえる小鬼を住まわせておりました。


 誰に対しても身がまえる。何に対しても尊敬の心を持たない。いつでも不安で、それでいて、いつでも自分が一番でなければ気がすまない……そんな人間でした。


 おかげでこの花は、こんなにとげだらけで、長い体をとぐろのように巻いて、自分を傷つける草となってしまいました。ずいぶん前からわたくしの元におりますが、なかなかとげが抜けません」


「人間だったと言っています……けど。その顔のようなものは、これも花、ですか?」



 ふと恐れを感じる。人間に似た、しゃべる花の存在は、人に恐れをいだかせるのに十分なものだった。少女は悲しい表情を見せた。



「これは花とは違います。この部分だけが人の魂です」


「たましい……」


「そうです」



 ぼくの心に冷たいものが忍び寄ったとしても仕方ないだろう。それをかくすため、ぼくは強い口調で少女に言った。



「なぜ、そんなものを手元に置いているのですか。あなたは、人の魂をしばりつけられるほど、えらいとでも言うのですか?」


「それは違います、お客さま」



 少女は静かに答えた。



「わたくしは……いえ。この宇宙にあるだれであろうと。だれかの魂を所有し、しばりつける、そのような事の許される者はおりません」


「ではなぜ……」


「この方は、望んで自分をこうしてしまったのです」



少女の顔は悲しげだった。



「この花を、持ち主が手放す時。あまりに利己的に生きてきたもので、つかんだまま放せなかったのです。


 自分から他の者へ、少しでも何かを与えたい、与えてあげようという気持ちを持たない方でした。


 何かを与える時には必ず、見返りを望む。それが悪いというわけではありませんが……この方には、つかんだ物は決してはなさないという、執着しゅうちゃくがありすぎました。


 それも一つの物だけにではなく、目にしたもの、耳にしたもの、手にしたもの全てに対してです。そうして魂の中からは、外へとおくりだされるものがない……。


ご存じでしょうか。世界にかえされる事のない執着は、強ければ強いほど人の魂をしばり、小さくちぢめてしまうものなのです」



 少女はためいきをついた。



「ぎゅうぎゅうにちぢこまっていた魂は、いつまでも花にしがみついていました。肉体がちりに帰る時が来た時にもそのままで。


 わたくしどもの仲間が花を回収しました時にも、花の中に魂がくっついたまま、はなれようとしませんでした。それでそのものは仕方なく、魂を混ぜ込んだままの花を持ちかえり、わたくしにたくしたのです。


 それ以来、わたくしがこの花の世話をしております。


 それでもこの方はわたくしが悪いのだと思っています。それでこんな事を言うのです」


「あなたを? なぜ」


「最初にこの花を渡したのが、わたくしだからです。この方はわたくしが、この方の欲しがる花を渡さなかったと思っているのです」



 少女は首をかしげた。



「もっと立派で、堂々とした花をなぜくれなかったかと、わたくしをせめました。それでも花を放したくないのです。手放す決意をすればとげも抜けましょうに」



 とげが抜けると聞いたぼくはほっとした。何とはなし、この花が痛そうにしているのがわかったからだ。



「そう話してあげればいいのに。きっとすぐに花を手放しますよ」


「何度もそうしておりますが、聞こうとしないのですよ。信じられないのです」



 少女は灰いろのつたを優しい手でなで、天球儀てんきゅうぎの明かりの側に置いた。灰いろのつたは、しばしぐったりしていたが、しゃんとなって天球儀の光をあび始めた。


 長くとぐろを巻くつたのはしの方が、あわい銀いろに光り、消えてゆく。消えてゆく部分はなぜか、幸せそうな声を上げていた。


 しかしつたは、そんな事には気づかなかったらしい。光をあびて元気になると、自分で元いた場所に、はいもどってきた。その間も、ぶつぶつと文句を言い続けていた。長い体がずるずる動き、とげはあちこちの草たちを、さした。



「受け取った時にはこの二倍の長さがありました」



 少女は言った。



「時をかけて少しずつ、花の部分を分けてやっています。最後に魂だけになった時、解放してやる事ができるでしょう」



 灰いろのつたをなで、天球儀の光にとぐろのはしが消えた時、彼女の顔には内からのかがやきがあった。やさしいと、一言で言うには美しすぎるかがやきが。目を取られ、ぼくはしばらく少女を見つめていた。



「その……花と魂。一度に分けてやれないのですか」



 ようやく少女から目をはなし、つたの方を見てたずねると、少女は首をふった。



「しがみついていると言いませんでしたか? 無理に引きはがせば、魂がやぶれてしまいます。


 それに、このような物は本人が望んで手放さない限り、いつまでも魂に種を残します。


 分けても分けても次々と芽吹き、とげだらけのつたを生やし続けるでしょう。時をかけて少しずつ、ゆっくりと分けてやる他はないのですよ」


「こんな姿を見ていると気の毒になる」



 ぼくは言った。



「彼の言い分ももっともだ。なぜもっと、良い花を渡してやれなかったのですか」


「選んだのはこの方です」



少し悲しげに少女が言った。



「育てたのも。わたくしの店にあるものは、その筋でも最高のものばかり。


 これは正しい方法で育てるなら、それは美しい花を咲かせるものでした。この方は、みずからそれを選んだのです。


 けれど育て方を間違えました。それでわたくしをせめられても、筋ちがいというものでございましょう。


 この方は今でも、良く言うのです。もっと大きい、もっと美しい花こそが、自分に似つかわしいのに、それをわたくしが渡さなかったと。そうした花を本当に、本人が求めているかどうかは疑問ですが」


「どういう事ですか」


「人は求めるものを、往々(おうおう)にして知らないものです、お客さま。時を戻して花を選び直させたとしても、この方は同じ花を選ぶでしょう」



 ぼくは不思議そうに少女を見つめた。



「長い時を生きて、物事を見てきたようにしゃべりますね、あなたは」



 ぼくは少女を見つめてつぶやいた。



「ぼくの半分にも満たない年に見えるのに」



 少女はほほえんだ。



「わたくしは、あなたの倍以上の時を生きております、お若い方」


「それで人にこういった草を売るのですか? 薬草……と言いましたね。けれどこれでは、人に破滅をもたらす草にしか見えない」



 少女は答えた。



「いいえ、これは祝福なのです。星と星との間に生まれた草たちですから。『偶然』の手によって運ばれ、芽吹くものにございます。正しい方法で育てれば、それは美しい花を咲かせるのです」


「ぼくも受け取るのかな」


「それはあなたさま次第。お求めにならずにこのまま、わたくしの事を忘れても良いのです」



 少女は言い、静かに続けた。



「ですが『時』にふさわしくなっているのなら、選ぶ事になりましょう」



ぼくは少女を見つめた。



「あなたは何なのです。星の物売りと言いましたが。人を破滅へと追い落とす魔女ですか? 災いの種子を配って歩いているのですか」


「わたくしは、ただの薬草売り。売るのはわたくしですが、草を使われるのはお求めになった方々です。せんにも申しましたように、あなたさま次第なのですよ」



 少女は言い、微笑した。



「お早くお心をお決め下さい。求めるものに手をおのばし下さい。


 星のごうの時は短い。わたくしは時が移れば、あなたさまの目には捕らえられなくなりましょう。


 あなたさまの言葉からすれば、ちがう姿となって、ちがう場所へ行く事になるのです。こことはちがう時、ちがう生き物の住む所へ」


「ぼくが求めるものはないかもしれない」 

 

「ございます。ここにあなたさまが来られたのが、そのあかし」


「それをあなたは見つける事ができるのですか。見つけてそうだと、なぜわかるのです」



 少女はふたたび、ほほえんだ。



「お若い方、あなたさまが求めるものは、あなたさまにしかわからぬ事。見つけるのも、あなたさまの仕事です。わたくしの仕事ではありません。


 わたくしはただ、あなたさまにお売りするだけにございます」


「それで本当に正しい品が売れるのですか」


「この仕事を始めてから今まで、間違いの起きた事はございません」



ぼくはしばしの沈黙の後にたずねた。



「代金として、何をはらえば良いのです?」



 少女は答えた。



「わたくしがあなたから、ふさわしいと思ったものをいただきます」



 不思議な答えだった。好奇心と疑心がかわるがわるに頭の中を横切る。だがやがてうなずいた。良いだろう、たまにはこんな事があっても。



「では、何か一ついただきましょう」



 少女は会釈えしゃくした。広げられた品を指し示す。



「お選び下さい。ただし、一つだけ。それ以上はいけません……」


「二つはだめですか?」


「たまにそういうお方もおられますが。ですが得た物には、代償だいしょうがつきものです。一品には一品を、引きかえといたします。二品には二品。


 ですが、引きかえにして良いものが一つ以上ある方、そういうめぐり合わせにある方というのは、まれです。


 多くの人は、何と引きかえにしても良いと口では言いながら、何も失いたくはないものなのですよ。わたくしどもといたしましても、欲しいと思うものを持つ者はさほどおりません。実入りの良い商売ではありません、これは」


「ぼくがあなたの望むような物を、持っていればいいのですが」



 苦笑してぼくは言った。そして布の上に広げられた不思議な植物たちに手を伸ばした。


 ふ、とランプの明かりが弱まった。少女の手元にあった天球儀が光を発した。目がくらむ。きらきらとかがやく天球儀は多くの幻を見せて回り、ぼくの意識を白くした。





 夢を見た。今までに生きてきた半生の夢だったような気がする。


 怒りにわれを忘れ、人をねたんだ時。くやしい思いを抱きつつ、前へ進むのだと自分をしかった時。わがままに意地を張りつつ、成長しようとあがく自分の姿。


 夢を見ている間、ぼくは恥ずかしさと悲しみを覚えていた。誰でも自分の生きてきた姿を、とつぜん目の前に突きつけられて、平静でいられる者はいない。今でこそぼくは、落ちついた人間のようにふるまっている。だがもっと幼いころには、ねたみ深く、がんこで、ごうまんな子どもだったのだ。


 夢の中のぼくはひどくおろかで、わがままな者に見えた。自分が何か、ひとかどの人物のように思い、その時々にうちょうてんになってふるまう、まわりが何も見えてない、ごうまんな心の持ち主だった。


 成功した時、自分一人の力でやったような思いに捕らわれる幼さを、ぼくはまざまざと自覚した。手助けしてくれた者は常に自分の事を主張しない。だがその手助けがなければぼくは何も出来ぬままであったろうに。


 夢は次第に現在の年齢にぼくを押し上げ、ぼくは今のぼくに近づいていった。それでも……それでも。何度となくおろかに、ごうまんに、みにくく、ぶざまにふるまう自分をぼくは、見つづけなくてはならなかった。


 これがぼく。


 これがぼくという人間。


 他人の事など考えない。自分が良ければそれでいい。他人の能力も幸運も、ねたましくて仕方がない。どうにかして引きずり下ろしてやりたいと願う……これがぼくの本性!


 目をそらしたくなった。しかしそらせなかった。ぼくは自分を見つめながら祈るように思った。


 ぼくに……もっと。心の深さがあれば。


 人の心がわかるだけの、人の幸運をねたまずにいられるだけの、心の深さとかしこさがあれば良いのに……!






 気づいた時、天球儀の光は元通りになっていた。ぼくは手に、一たばの薬草をつかんでいた。銀いろに光る、甘い香りのする草だった。つかんだ覚えも、選んだ覚えもないというのに。しかしその草はしっくりと手になじみ、香りは心に力をささやいた。



「お取りになりましたか」



 静かに少女が言った。ぼくはまだ半分ぼんやりしながら尋ねた。


「これは……何ですか」


「銀星香草にございます」



 少女は答えた。



「純粋なものとは違い、わずかに金いろが入ってございましょう。これは月の夢に育てられ、水星と木星のしずくによって染められた香りを持つものでございます」


「とても……美しい」


「そうでございましょう?」



 少女のほほえみがまぶしい。



「これがぼくに、ふさわしいもの……ですか?」



 あまりに少女が美しく、またあまりに香草が汚れなく見え、ぼくは不安げにつぶやいた。少女は答えた。



「あなたさまの物であるからこそ、あなたさまはそれを手に取られたのです」



 ぼくの物であるからこそ……?


 少女は笑みを深くした。慈悲じひ真理しんりの輝きが、彼女のほおにともっている。



「星の物売りの言葉を奇異きいに取りなさるな。われらは、あなたさまとはちがう摂理せつり論理ろんりの元に動くのです。それは、まちがいなくあなたさまのもの」


「ぼくは、何を支払えば?」


「もういただきました」



 少女は答えて天球儀に手をやった。ちらちらとまたたく光の中から、ひとかかえはありそうな、赤と黒、そして金いろのすじの入った植物を取り出す。


 根に近づくほど荒々しく、みにくくねじれていたが、花はうすく、繊細せんさいな花びらが重なる、見事なものだった。全体としてはつりあいがうまく取れていない不安定な感じだが、不思議な事に、美しい。



「それは……?」


「良い品をいただきました」



 少女は軽く頭を下げた。



「あなたさまの中で育ったものです。火星と金星、それに土星の力を受けて根を下ろしたものです。


 あなたさまはそれを今まで、見事に育ててこられました。多くの者が強すぎる怒りに茎をねじらせ、憎しみに黒く染めると言うのに。


 所々まっすぐとは言いかねる部分もありますが、こう見事に咲いた花は珍しい。正しい仕方で育て、愛した者でなければ、ここまで増やす事はできぬのです」


「育てた覚えはないけど……」


「人は誰も、そのように申すもの」



 少女が笑った。



「これはあなたさまの内部にあったもの。あなたさまが育て上げたものにございます。


 怒りと激情げきじょうがこの花の根。いろをそえるものは憎しみ。……ですが最終的に正しく制御せいぎょされた力があると、このように美しい花が咲くのです。


 怒りも憎しみも激情も、人には必要なものにございますれば。それがなければ前に進む力も失せましょう。


 制御を失えば、ただのみにくい茂みとなりますがね」


「ぼくは今より若い頃には、ひどく怒りっぽかった」



 先ほどの夢を思い出し、ぼくはぽつりと言った。



「妬み心も深かった。自分より優れた者を見ると、腹が立って仕方がなかった。今はそうした気持ちをより深く、より広く物事を知ろうとする原動力に変える事ができるけれど。


 妬むという事は結局、うらやむという事です。羨むという事はつまり、欲しているという事です。欲しているのなら、その人物の持つ資質が自分の内にも宿るよう、後は努力するしかなかった。ごく自然にそう思えるようになるまでには何年もかかりましたが」


「そのお心が、この花を開かせました」



 少女は言うと花を打ち振った。花は姿をくずし、種となって手の上に落ちた。



「元々の姿です。あなたさまの内に最初にあった物はこういう姿でした」


「ぼくの中に、この花はなくなったのですか」


「いいえ、わたくしがいただいたのは刈り取っても良い、次にどこぞへ飛んで芽を出すだろう種だけです。言わば影のようなもの。


 本体は、あなたさまの中にあります。


 ですがあなたさまにはもはや、その花を育てるのに苦しみを負う事はありますまい……時には、多少の苦しみはありましょうが。


銀星香草は、伝令の星と慈悲の王の星の元に生まれた花です。これからのあなたにふさわしい品となりましょう。あつかい方をあやまると、強すぎる薬にもなりますが」


「害はなさそうに見える……けれど」


「この世にあるもので、毒のない薬草はありません」



 少女は答えた。



「全てに毒はふくまれていて、だからあつかう者次第なのです。手を出さずにいれば、それにこした事はないのでしょうが、それでは進歩もない。持てあまして害とするか、制御して薬とするか。本人次第なのです」


「どう使えば? どう育てればいいんですか」


「お心のままに。咲いた花と実った実で、判断する事ができるでしょう。花は次々に咲き、実は次々になります。良く育て、良くお使いになって下さい。わたくしたちの売る品は、使えば使うほど増えるものですから」


「それではわからない。どういう事ですか?」



少女がほほえんだ。



「慈悲をもって世に接すれば、世界も慈悲をもって報いるという事です、お客さま」



 りんりん、と少女の手前にある、透き通った羽のような水いろの花が鳴いた。少女はランプを取り上げ、天球儀に手を伸ばした。天球儀から不思議な光が放たれ、周囲を明るく彩った。並べられた植物たちがいっせいに声を上げる。



「そろそろ刻限です。わたくしは別の時、別の場所へ、新たな姿で行かねばなりません」



 天球儀が光を増し、少女の姿を包んだ。



「ですが幸運を祈らずにはおれませぬな、お若い方。これほど良い取り引きができたのは久方ぶりのこと。またお会いしたいものです」



 少女の姿が銀いろに光る。


 待ってくれと言おうとした時、光が消えた。





*  *  *





 気がつくと、ぼくは路上に一人でたたずんでいた。手にしていた銀いろの草は消えていた。ほの甘い香りだけが手の中に残っていた。


 西の空を見ると金いろの点と赤い点が、距離を取ってはなれていた。木星と火星の合の時は終わったのだ。



「夢だったのかな」



 首をひねる。さっきまで草をにぎっていた手を見つめる。少女の言葉を振り返ってみる。



「一品に一品を引換えに……」



ぼくはつぶやいた。では、ぼくが引きかえにした物は何だろうと思いつつ。種。種を刈り取ったとあの少女は言った。……何の?


 しばらく考えた後、ぼくは頭を振った。夢だと思おう。星と星が出会う一瞬に見た、たわいもない夢なのだと。だが気分が妙に高揚しているのは確かだった。出会った者には誰かれを問わず、ほほえみかけたい気分になっていた。





 オリオンの辺りから星が流れた。ぼくはしばらく夜空を見上げていたが、再び歩きだした。





*  *  *





『ハニー・ミント・ミルク』


材料


ミントのティーバッグ 一袋

牛乳 マグカップ二杯分ぐらい

はちみつ 大さじ3ぐらい


1.鍋に牛乳を入れる。

2.ミントのティーバッグの袋を破り、粉状態のミントを入れる。

3.弱火から中火で温める。牛乳が盛り上がったら火を止める。

4.茶こしでこして、ハチミツを加える。


流れ星が入っているような不思議な味。粉のミントがぱちぱちします。以前作って中学生に出した所、「牛乳苦手だったのに飲めた!」と叫ばれました。なお、茶こしには牛乳の脂肪分がくっついてしまいますので、良く洗って下さい。



『りんごのクランブル』


材料


りんご 1〜2個ぐらい

レモン汁 適当

レーズン 適当

メープルシロップ(あれば)


クランブル材料

砂糖  40グラム

小麦粉 80グラム

バター 50グラム

シナモン 少々


1.クランブルを作る。小麦粉、砂糖、シナモンをまぜ、バターを合わせる。ボロボロとした感じになるまで手でまぜる。

2.りんごを薄く切って、バットにしきつめ、レモン汁、レーズン、メープルシロップなどをふりかける。

3.作っておいたクランブルをふわっとりんごの上に。押しつけないように。

4.180度に熱しておいたオーブンで焼く。30〜40分ぐらい? カリッとなったら出来上がり。


生クリームかアイスクリームを、熱々に添えて出したらおいしいです。りんごの他に、季節の果物、(何かベリー類)で作っても。元々のレシピでは、りんごとブラックベリーを使っていました。


なお、忙しくてこれも面倒! な時のレシピ、『ブラウン・ベティ』を追記しておきます。



『ブラウン・ベティ』(←すごく適当な作り方)


材料


食パン 2枚ぐらい?

バター 適当

りんご 半分ぐらいか?

シナモン 砂糖 適当に

ハチミツ 好きな場合はどうぞ


1.りんごを薄く切って、バター、砂糖、シナモンを加え、フライパンで軽く火を通しておく。

2.バットかグラタン皿にバターを塗って、食パンを適当に切って乗せ、りんごを重ね、ハチミツをかける。更に食パンを上に重ねる。

3.オーブンかオーブントースターで適当に焼く。焦げないように気をつけて!


ホントに面倒な時ゆずはらは、りんごを思い切り薄くスライスしておいて、じかに食パンの上に置きます。……と言うか、本来はそっちが正しいらしい。日本のりんごは水分が多いので、下ごしらえが必要になってくるらしくて。


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