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火精と魔法使い

「あたしは雪を見たことがないの。雪って白くて冷たいんですってね。


 冷たいってどういう事? 空から落ちてくるんだそうだけど、空は困らないかしら。なくしちゃったと悲しくない?


 雪をつかまえた人は、それを大事にとっておかないの? あたしならそうするわ。宝物にするのよ」



 小さな炎の娘がランプの灯から飛び出してくるなり、やつぎばやにそう言った。



「こんばんは、火精サラマンドラのお嬢さん」


「こんばんは、魔法使いさん。ごきげんいかが?」



 あいさつをするとにっこりして答える。娘が真っ赤な髪をぷるると振ると、火花が散った。


 炎の娘はわたしのひとさし指ほどの大きさで、すんなりと優美な姿をし、ぱちぱちはじけそうな好奇心いっぱいの顔をしていた。ランプシェードのふちに腰かける。



「シェードを溶かさないで下さいね」



 注意をすると肩をすくめた。わたしは手にしていた本を、読みかけだったページにしおりをはさんで閉じ、棚にもどした。


 魔法使いであるわたしの所にこの火精の娘が来るようになったのは、最近の事である。どうも、わたしを気に入っているらしい……いったいどこがお気に召したのかはさっぱりわからないのだが。ふだんは火の国に住む、まだ若い彼女は、人間の世界に興味が尽きない。来るたびに大さわぎをしてくれる。


 今日の話題は雪らしい。



「本ばっかり見てるのね、魔法使いって。それともあなただけ?」



 本を棚にもどしているわたしを見ていた炎の娘が、ちろちろと明るく燃え上がりながら言った。



「みんな、こんなものだと思いますよ」



 答えると首をかしげる。



「人間って変よね。紙や布や皮に文字で真理を閉じ込めようとするの。真理はどこにでもあるものよ。閉じ込められるものじゃないわ」


「これは記憶なんですよ」



 わたしは笑って答えた。



「人間は忘れっぽいですから、こうして記憶を残してゆく。あなたがたのように、生まれ落ちた時からことわりを呼吸し、それが自然なわけではない。だからこうして残してゆくほかないんですよ。……この詩人の言葉がわかるでしょう?」



 一冊の本を取り出し、開いて見せる。



「きれいじゃありませんか?」


「いろんな色が手を取り合ってきらきらしてるわ。この人がこの世界にいる間、空や花を、こんなふうな歌として聞いていたのね」



 文字を読んでいるわけではなく、文字から浮き上がる作者の感情、詩の内容を直接見ての言葉だ。何かを見る時には、そのものの本質をのみ見つめるというのが、彼女たちのものの見方なのだ。


 だから彼女たちは嘘をつかない。つけない。きわめて真理に近く存在するものたちだから。


 炎の娘はくるくると色の変わる、火炎オパールのような目をわたしに向けた。



「あたしたち、こんな思いは歌にするわ。そうして歌うの。歌って自分のものではなくしてしまうのよ。世界へのおくりものにしてしまうの。


 そしたらそれは、世界と一つになるわ……そしていつまでも輝いてひびいてゆくの。


 あなたたちは文字にするのね。世界がちがうと歌い方も変わるんだわ」


「土の衣(肉体)をまとう者にはいろいろと制約があるんです。記憶を後に残せないというのもその一つ。


 文字にしておかないと百年後や二百年後の人たちは歌に気づかなくなって……ある事さえ、わからなくなってしまう。たとえ、風に刻まれていたとしても。文字にするのはその為でしょうね」


「ふうん……たいへんね」



 炎の娘の目が丸くなる。



「歌はいつでもそこにあるのに」


「まあね。で、さっきは何の事を言ってたんですか、お嬢さん? 雪がどうのと……」


「ああ、そうよ。それなのよ!」



 きらきらした娘は手を打ち鳴らした。小さな火花がちっとはじけ、娘の周囲にこぼれた。



「雪よ。あたし、雪ってものがある事を知ったの!


 ねえ、それはどんなものなの? 冷たいんですってね。どういう事? 何だかすてきじゃない?


 あたしが感じたことのないような気分が雪にはあるのね。それって不思議で面白いわ。人間は雪に喜ぶけど、とっても多いと怒ったり悲しんだりもするって、なぜ? 同じものにどうして喜んだり怒ったり悲しんだりするの?」


「だれに聞いてきたんです?」


「だれでもないわ、あたし、散歩していたら火の河のよどみの中にその歌があったのよ。変わった色に光ってたから目を引いたの。ねえ、本当に雪って冷たいの?」


「冷たいですよ」


「冷たいって、ぴりぴりする事なんでしょう、手の中で火花がはじけた時みたいに?」


「まあ……似てるかもしれませんね」


「それで、火傷と同じように凍傷ってのもあるんですってね? 火が土を焦がすみたいに雪も土を焦がすのね。ああ、あたし冷たいを体験してみたいわ!」


「それは……むずかしいと思いますが」



 炎の娘はわたしを見上げた。



「だめかしら」


「あなたが消えてしまうか、雪が溶けてしまうか……この世界の雪だと、だめでしょうね。


 あなたが炎でなくなるのなら、話は別ですが。まだ、存在を変わりたくはないでしょう? それとも水か空気になりたい?」


「ううん。あたし、まだ炎でいたいわ。あたしまだ、うんと若いのよ? 生まれてから百年と千年しかたってないもの」



 娘は肩をすくめた。



「でも見てみたいの。気をつけてちょっとさわるだけなら大丈夫なんじゃない? あたしこのシェード、焦がしてないわよ」


「雪の元になるものは、水なんですよ。水ってわかります?」


「わかるわ。しゅうって言って空気になっちゃうの。


 水精ウンディーネとはあたしたち、あんまり仲が良くないわ。あたしたちが熱すぎるんですって。


 変よね。熱いって事は力があるって事よ。あのひとたちだって少しは熱さを持っているのに」


「あんまり熱を持ちすぎたら、かろやかになりすぎてしまうのでしょう。たぶん、あなたの言う水精たちは、適度に重い気分でいるのが好きなんじゃないかな。本質はどうあっても変わらないのでしょうが……」



 炎の娘は首をかしげた。



「雪も重い気分の方が好き?」


「雪は水でできているんです。この世界ではね。水が熱をどんどんなくして、かたまったら氷になる。雪は、小さな氷が集まってできるんですよ。だからたぶん」



 炎の娘は顔をしかめた。



「それって、すごく意地悪なんじゃない?」


「冷たいというのは、熱さを持ってゆかれた感じの事を言うんです。とりあえず、人間の世界では」



 娘はしばらくむーっとした顔を続けていた。



「冷たいは体験しない方がいいでしょう?」



 ややしてからたずねると、うなずく。



「あたしが冷たいを体験したら、別のあたしになっちゃって、きっと今のあたしとけんかをしちゃうわね。あんまり楽しい経験じゃなさそうだわ。どうして人間はそんなものを喜んだりできるの?」


「この世界は、あなたがたの国とはずいぶん違うでしょう?」


「そうねえ。あたし、こっちでは山が土でできてる上に、河が水でできているのを知って、びっくりだったわ」


「火の国では何でできてるんですか」


「炎よ。熱くてはげしい歌でできているの。河の流れは大きなうねり。ごうごう言って火花を散らしているし、山は透き通った赤や金や青のかたまりで、いつもゆれ動いているの。ここの山は土だし、動かないのね」


「人間の体は土の衣だし、その中には水の命が流れているし。大気を呼吸しているし、熱も帯びています。だからでしょうね。わたしたちには、あなたがたの熱さも、風のかろやかさも、水や雪の冷たさも、土の固さも、少しずつ必要なんですよ」



 炎の娘はしばらく考え込んでいた。



「……ねえ、でもあたし、一度でいいから雪を感じてみたいわ」



 やがてぽつんと言った。何かにひどくあこがれる、そんなひびきが言葉にあった。



「見せてあげたいのはやまやまですが。わたしは雪を降らせるなんて大技はできないし、あなたは雪の近くにいったらどうなるか」



 娘のしょげようは、見ていて気の毒になるほどだった。



「幻影じゃ、駄目ですか?」



 提案すると顔を上げる。



「わたしの記憶から、見せてあげる事ぐらいならできると思いますが」



 炎の娘がぱっと笑った。





 わたしは雪のまぼろしを見せてあげる事を約束し、一度彼女に帰ってもらった。それから考える。どうしたら、美しい雪を見せてあげられるだろう。


 あくる夜現れた火精の娘の前にわたしは、雪について歌ったありとあらゆる詩の本を広げてみせた。それらを朗読する。いろんな雪があった。


 ちらちらとふる雪。ごうごうとふる雪。クリスマスの雪。恋人と見る雪。家族と歩く雪。友人と遊ぶ雪。晴れた日の雪。曇った日の雪。うれしい時の雪。悲しい時の雪。そりで滑る雪。スケートをする時の雪。柔らかい雪。固い雪。


 語っているうちに、わたしの前にも詩人たちの見た雪が見えてきた。彼らが詩にとどめた風景とその思いが、文字を声に出して空気にひびかせることで、わたしの中にいきいきとよみがえった。詩を書いた作者がすぐとなりにいて、わたしといっしょに話しているような気分だった。わたしは彼らの思いを美しいまぼろしとして語った。


 最後の本を閉じた時、小さな炎の娘はわたしの方へ飛んで来て、宙にとどまったまま、わたしの頬にさっとキスをした。



「あたし、いっぱい見たわ! あれが雪ね? 人間の雪なのね?」



 うれしさを隠しきれない様子で彼女は言った。



「ありがとう魔法使いさん。こんなにうれしいことってないわ。人間の世界の雪の事をこれだけ知っている炎は、あたしの他にいないわよ」



 それから彼女はわたしのまわりをくるくると輪を描いて舞い、ほこらしげに言った。



「あなたのために、あたしも雪をふらすわ!」



 そうして小さな炎の娘は歌いだした。人間ではとても出せないだろう、透きとおる声は焚き火のぱちぱちいう音に似て、けれどずっと優しく、はげしく、なめらかで、温かかった。


 歌とともに次々と、火花のまぼろしがあらわれる。高く喜びに共鳴し、かがやく。


 やがて部屋中に飛び散った火精の歌は、そのきれぎれがことごとく、五枚の花びらを持つ小さな花になった。


 火花でできた星型のかがやきは、つぎからつぎへと部屋の中に降り、ちっ、ちっと音を立て、床につもってゆく。赤や青や白や黄色、金や銀。色彩は河の流れのようにゆらめいて、部屋中をいろどった。


 わたしはただ、ながめていた。その美しい歌を。かがやきを。こんな美しいながめはかつてなく、そしてこれからもないだろう。




 火花散る炎の雪景色。この人の世では、おそらく。





*  *  *







『寒い夜にホットワイン』


材料


ワイン(安いもので)マグカップに半分

湯 マグカップに半分

はちみつ ひとさじ

しょうが ひとかけを下ろして

シナモン他スパイス 小さじ1


作り方


1.材料を全部混ぜ合わせ、鍋で温める。

2.アルコールが苦手な方は、鍋で少し煮立てた後、リンゴジュースを加えて薄めて下さい。

3.最後にレモンやオレンジのスライスを飾ると楽しい。



『ぱちぱちヒリヒリ黒コショウのクッキー』


材料


小麦粉 200グラム

チェダーチーズ 75グラム(おろしたもの)

オートミール 50グラム

バター 100グラム

卵 1個

水 大さじ4ぐらい

塩 少々

黒コショウ 景気よく(できれば粒のものを、スパイスひきでひいて香りをたたせて)

セージ 生の葉みじん切り 大さじ3ぐらい

ローズマリー 生の葉みじん切り 大さじ3ぐらい


作り方


1.ボウルに小麦粉、オートミール、バターを入れて混ぜる。

2.チーズ、卵、水、塩、黒コショウを加えてさらに混ぜる。

3.半分にして、片方にセージを、片方にローズマリーを加える。

4.めん棒でのばして、型で抜く。型がない人は、適当に切り分けましょう。

5.温めておいたオーブンで焼く! 220度ぐらい?


ハーブ(セージ、ローズマリー)が手に入らない人は、省略するか、じゃぱにーずなハーブで工夫しても面白いかと。ちなみにショウガを入れたら甘くなってしまいました。刺激的な味にはなったんですがね。




※参考にしたのが、家族の多い人のレシピなので、このまま作ると大量のクッキーができてしまいます。少しで良い方は、材料の分量を減らして作ってみて下さい。


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