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第5章ー23

 そんなふうに複雑な想いをしながら、北へ向かう者がいれば、南に向かう者もおり、更に西へと向かう者がいる。


 共産中国軍の反攻の隙を作らないように、これまで対ソ戦に投入されていた米軍の主力が基本的に陸路で南下する一方、それによって中国本土警備の任務を解かれた日本軍の治安維持部隊(これまでの中国派遣総軍の主力)が北上して、シベリア派遣総軍の指揮下に入る。

 また、米本土や日本本土から、増援や補充で中国本土に駆けつける部隊もある。


 一番、大変な想いをしたのは、対ソ戦の主力となっていた日本軍部隊だった。

 機甲師団に至っては、遥々と地球を半周して欧州にまで基本的に赴くことになり、歩兵師団も陸路と海路を組み合わせて、仏印や香港に展開した。


 そして、仏印や香港に到着した一部の部隊は、到着して早々に中国本土への半ば威力偵察を兼ねた小規模な侵攻作戦を発動した。

 これは、大規模な部隊を展開するためには、ある程度の後背地を確保する必要があると判断されたためであり、また、できることなら共産中国軍を少しでも誘引できないか、と考えられたためだった。

 このために1942年の春に本格的な共産中国侵攻作戦が発動する以前に、広州等は日本軍の手に確保されることになった。

 このような部隊の移動、作戦が展開される一方で。


「まさか、急に実家に帰ってくるとはな」

「何しろ欧州に赴くことになったので。きちんと話をした上で、欧州に向かいたいと思っていたら、上官も配慮してくれて、交替で休暇を取らせてくれました」

「そういうことか」

 西住小次郎大尉は、実家に帰省し、兄の小太郎と会話を交わしていた。


「そういえば」

 小太郎は、少し顔色をあらためて言った。

「欧州に赴くということは、海兵隊と共闘するということか」

「そうなるかもしれませんね」

 西住大尉は、深く考えずに答えた。

 小太郎は、少し想いを巡らせた。


「西南戦争の際に、御船であったことを覚えておるか」

「覚えていますよ。私が忘れる訳がありません。祖父が武士道精神を海兵隊が発揮した、と父に何度も語ったと。それを父が私達に何度も語って伝えたではないですか」

「そうか。忘れる訳が無いか」

 小太郎と西住大尉はやり取りをした。


 御船であったこととは何か。

 西南戦争の際、西郷軍の三番大隊長だった永山弥一郎は、敗北の責任を取って自刃した。

 その際に海兵隊の指揮官、滝川充太郎が、敵味方の間柄にもかかわらず、永山の最期の頼みを受け入れ、自ら介錯したのだ。

 西南戦争の佳話の一つとして、西郷軍の一員だった祖父から父へ、父から兄弟へと語り伝えられていた。


「あれが日本の最後の内戦だったな。それから60年余りが経ち、西郷軍の一員の孫が、海兵隊と共闘して欧州で戦うとはな。祖父が、あの世で知ったら、目を回しそうだな」

 小太郎はしみじみと言った。


 その言葉を聞いた西住大尉も想いを巡らせた。

 自分は戦車に搭乗して戦っている。

 だが、祖父が戦った際には、戦車等、未来の兵器として誰も想像していなかった筈だ。

 それから60年余りが経った今、当時の西郷軍の兵士が今の戦場を見たら、どんな思いがするだろうか。

 きっと目を回すのではないだろうか。


 二人の間に暫く沈黙の時が流れた。

 沈黙を破ったのは兄だった。

「生きて、日本に還って来いよ。白木の箱に入って、還ってくるな」

「分かっていますよ。自分は、軍神になって還るつもりはありません。祖父や父と同様に生きて還ってきます。欧州の戦場から」

 西住大尉は、力強く答えた。


「サムライの約束だ。違えるな」

「違えません」

 兄弟は会話を交わした。

 欧州は余りにも遠い、そうしたこともあり、いつか兄弟のお互いの頬に涙が伝うようになっていた。

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