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第5章ー14

 このような山下奉文中将や一木清直大佐の想いは、決して二人だけのものではなかった。

 かつて、欧州に赴いた陸軍の軍人の多くが共有する想いだった。


「今度は陸軍の軍服を着せて行かせることができるな」

「ええ。言ってはならないことかもしれませんが、こんな日が来るとは本当に夢のようです。日本海軍の桜に錨のマークではなく、日本陸軍の五芒星のマークを付けた戦車が欧州で戦うことになるとは。しかも純国産の戦車がです。それを日本陸軍の軍人が運用するとは」

 梅津美治郎陸相と永田鉄山参謀総長は、お互いに涙を浮かべながら、感無量の会話を交わしていた。


 若き日の梅津陸相(当時は尉官クラスだったが)を中心として、先の世界大戦の際に欧州に派遣された日本陸軍の若手士官達の多くは、欧州で世界大戦の実相に文字通り、肌で触れて衝撃を受けた。

 多くの陸軍士官仲間を欧州で失うという痛手を被ることで、このままでは日本はダメだということを骨身に知らされて彼らは帰国することになり、日本陸軍、更には日本全体の改革を考えるようになった。

 それによって結成されたのが、「ブリュッセル会」であり、梅津大尉(当時)を頭にして、永田鉄山、小畑敏四郎、岡村寧次、前田利為等々の錚々たる面々が顔をそろえ、欧州に派遣されて日本陸軍の質等の大改革の必要を痛感した秋山好古陸軍参謀総長の有形無形の支持、後援により、日本陸軍の改革が行われたのだ。


 二度と日本陸軍が欧州に赴くことがあってはならない、だが、あった場合には、日本陸軍は世界の一流陸軍であると内外に知らしめて見せる。

 その想いで、20年余りに渡って孜々営々と行った努力により、ここにまで至ったのである。

 梅津陸相と永田参謀総長が万感の思いに浸るのも半ば当然だった。


 そんな風に陸軍の最上層部が想いを交わし、また、欧州での戦場を実見した面々も感慨を覚えていたが、先の世界大戦の実戦経験のない佐官クラス以下の面々にしてみれば、それは実感に乏しい話だった。

 むしろ、自分達が欧州に赴くことに率直に驚きを覚えている面々の方が圧倒的だった。


 西住小次郎大尉は、正直に言って驚いていた。

 自らの所属する第1機甲師団の欧州派遣が決まり、自らもその一員となったのだ。

 欧州戦線に展開している海兵隊等との情報交換により、日本の戦車が決して諸外国の戦車に引けを取るものではなく、世界でも一流の戦車であることは自覚している。

 だから、欧州に赴くことだけなら、そう不安は覚えなかった。

 だが。


「かつてのナポレオン1世でさえもロシアへの遠征には失敗したし、自分達もイルクーツクからの西進を断念する有様だ。それなのにソ連を打倒することが出来るのだろうか」

 西住大尉は、そう懸念せざるを得なかった。

 また、右近徳太郎中尉も。


「右近中尉。我々は本当に欧州に赴くのでありますか」

「そうだ。しっかりと心づもりをしておけ」

 部下からの問いかけに、内心の不安を覚られないようにしつつ、右近中尉はそう表面上は力強く答えた。

 しかし、その一方で。


「かつて、ベルリンオリンピックの選手団の一員として、ベルリンに赴く際にシベリア鉄道で赴いたが、本当に朝から晩まで景色が変わったようには思えない広大なソ連の大地には驚嘆したものだった。そんなところに攻め込むのか」

 右近中尉は気の遠くなる想いがしてならなかった。

 また、内心の片隅では。


「海兵隊に入っている旧知の川本泰三と、できたら会いたいものだな」

 そんな想いもしていた。

「あの時のベルリンオリンピックのサッカー日本代表選手達の現状を教えてもらえるかもな」

 不謹慎かもと思いつつ、そんな想いも右近中尉の内心からは浮かび上がってきてならなかった。 

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