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第5章ー9

「全くかなわないな。昨日の晩に眠れなかったのに」

 下士官の一人がぼやく声が聞こえる。

「気持ちは分かるが、ビンタで目を覚ましたいのか」

「いえ。遠慮します」

 右近徳太郎中尉の半ば恫喝の声に、その下士官は慌てて首を横に振り、兵を指揮して、ソ連軍の攻撃を迎撃しようと動き出した。


 無理もない。

 右近中尉は、顔は鬼のような表情を浮かべたままで、内心でそう想いを巡らせた。

 ソ連軍は、少しでも攻撃成功率を高めようとしたのだろう。

「夜の魔女」の空襲が、2回もあった。


 その度に、所属する部隊全体が騒ぎとなり、対空用の高射機関銃どころか、手元の重機関銃まで無理しての対空射撃を試みる等の大騒ぎとなったのだ。

 部隊員全員が、あくびを噛み殺しつつの戦闘行動となるのは、やむを得ない話だった。

 それでも。


「空を舞うのが基本的に味方というのは有難いな」

「全くです。我々は空を余り気にせずに済む。向こうにとっては堪らないですが」

「奇襲の気配はないか」

「航空偵察を信じる限り、迎撃に徹していれば、奇襲の罠は無さそうですね」

 右近中尉が、部下とそんなやり取りをしていた傍では、西住小次郎大尉は部下とそんな会話をしていた。

 西住大尉の搭乗する一式中戦車はハルダウンして、ソ連軍の攻撃を凌ごうとしている。

 相手が攻撃を仕掛けてくるのなら、それを迎撃して打ち破った後で、追撃に掛かるのが効果的だ。


 傍の歩兵の多くが、ソ連空軍の夜間空襲のために、自分達と同様に眠そうにしている。

 こんな状況では防御に徹するのが妥当だろう。

 それに南方から我々の攻撃に向かっているソ連軍は、外蒙古政府の寝返りにより、尻に火がついている。

 少々の無理をしてでも、攻撃を急ごうとするはずだ。

 そう西住大尉は考えており、それは日本軍上層部の考えとも合致していた。


 何とか夜間から砲兵陣地を設営していたのだろう。

 ソ連軍は夜明けから少し経つと砲撃を始めた。

「来たな」

 大急ぎで砲兵の陣地を設営しての砲撃のためだろう、微妙に砲撃の照準が甘いようだ。

 野戦陣地に籠りながら、右近中尉は考えを巡らせた。

 自らの後方から、こちらの野戦砲部隊の砲撃も始まった音が轟く。

 だが、味方の砲弾は敵の歩兵部隊に対して向けられているようだ。

「敵の砲兵を叩くには射程が足りないか」

 右近中尉は、渋い想いに駆られた。


 それでも、こちらの砲兵は予め準備を整えていたというアドバンテージが大きい。

 こちらの砲撃の方が、敵に痛打を浴びせているように、右近中尉には思えた。

 やがて。


「ウラー」

 大声を上げての強襲をソ連軍は掛けてきた。

 短機関銃を乱射しての接近を試みる兵がいれば、昔ながらの小銃を持った兵もいる。

 味方の一式中戦車が57ミリ砲を放ち、ソ連軍の攻撃阻止を図り、自分達もありったけの射撃を浴びせることで、ソ連軍の攻撃を阻止する。

 ソ連軍が諦めて退却してくれないか、と右近中尉が考えていると、ソ連軍の砲声が更に激しくなり。

「何」

 右近中尉は絶句した。


「何だ。ソ連軍の兵士の突撃が速くなっていないか」

 戦車の視察口からの視界は狭い。

 自らの主砲の砲声もあり、目と耳が半分塞がれていた西住大尉も異変に気付いた。

 西住大尉は危険を冒して戦車の砲塔から身を乗り出しての周辺警戒を実施することを決断した。

 そして、その直後に右近中尉と同様に絶句した。


 ソ連軍の追加の砲撃は味方の歩兵の後方に浴びせられていた。

 一部の軍隊では戦意不足とされた場合、その部隊に砲撃が浴びせられることがある、ということをスペイン内戦等で日本軍の将兵は既に見聞きしていたが、ソ連軍がそれを行うのを見るのは二人には初めてのことだった。

「味方撃ちまでするのか」

 二人は恐怖を覚えてならなかった。

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