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第5章ー2

 治安維持に必要と考えられる最低限の部隊を残して、日米を主力とする連合軍は大興安嶺周辺に集結しつつあった。

 もうすぐ冬が来るのだ。

 できる限り早く、チタからイルクーツクへと進撃し、昔で言うところの冬営の準備に入る必要があった。


 補充と再編制が、取りあえずではあったが、完結していた日本第1機甲師団は満州里からチタへ、更にイルクーツクを目指す部隊の先鋒を務めることになっていた。

 マッカーサー将軍の本音としては、米軍が先鋒を務めたかったようだが、時間を最優先にしてイルクーツク侵攻作戦を行う以上、満州に展開する中では、最精鋭を自他ともに認める日本機甲部隊が攻撃の先鋒、矛を務めるのはある意味、当然の話だった。

(このことをやっかんだためかどうか、マッカーサー将軍の回想録では、この時等に日本機甲部隊を率いていた山下奉文将軍に対する評価は低い。)

 この中には、当然、西住小次郎大尉や右近徳太郎中尉の姿もあった。


「満州里からチタへ、更にイルクーツクか」

 そう右近中尉は呟きながら、サッカーの主審を務めていた。

 慶応出身の予備士官上がりの娑婆の雰囲気が、歴戦の士官になったにも関わらず、どこか右近中尉には未だに遺っていた。

 これまでいた兵と補充兵との親睦を深めようと、分隊対抗のサッカー親睦試合を企画し、中隊長や大隊長の承認が得られたのは、そのためかもしれなかった。

 だが、右近中尉は。


「わしにもボールを蹴らせろ」

「ダメですよ。小隊長が入った分隊が必勝になりかねません」

 という部下の猛反対を受けて、審判役に徹する羽目になっていた。


 大興安嶺の近くの野営地に、まともなサッカーコートがある訳が無く、それこそ適当に線を引き、ゴールラインをボールが越えたら得点という簡易サッカーだが、小隊員の親睦は深まったようで、半日を潰した試合の後、夕食を小隊員全員で取った際には、階級差を越えた会話が少し交わされていた。

 その雰囲気に背を押されたのか、補充兵の一人が、右近中尉に意を決して尋ねて来た。


「小隊長、小隊長がベルリンオリンピックの際のサッカー代表の一員だったのは本当でありますか」

「うん。補欠だったがな。海兵隊ばかりの中で、補欠の大学生の一団の一人だった」

 右近中尉の答えに、おーっという密やかな声が広がった。

「小隊長の身のこなしとかから、どうにも気になりまして。分隊長に尋ねたら、小隊長はサッカー代表の一人だから、審判に徹してもらった、と言われて、本当なのか、と気になりまして。ありがとうございます」

 補充兵は得心したようだった。


 そのやり取りの後、右近中尉はふと想いを馳せた。

 そう言えば、あの時のベルリンオリンピックの代表の正選手達は、どうしているのだろうか。

 中国内戦介入から数年が経つ以上、何人か戦死していてもおかしくない。

 少しでも多くの選手が生き残っていてほしいものだ。


 海兵隊に入った川本泰三はどうしているだろうか。

 あいつは生きているだろうか。

 生きていたら、ベルリン攻防戦やワルシャワ攻防戦に参加したのではないだろうか。


 イルクーツクを占領した後、我々は欧州に赴くという密やかな噂が流れている。

 ソ連軍と実地に戦い、勝利を収めた機甲部隊として、英仏伊等から日本機甲部隊は来援を待ち望まれているらしい。

 勿論、そこまで生き延びねばならないが、欧州に赴いて川本と再会できるものなら、再会したいものだ。


 右近中尉は、部下と会話を交わしながら、そんな取り留めのないことを想った。

 気が付けば、秋風が妙に身に染みる気がする。

 この風が完全に骨身に染み入る寒さになる前に、イルクーツクを占領せねば。

 そして、部下を生き延びさせねば。

 右近中尉はそう決意を固めた。

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