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第4章ー10

 そういった苦悩を日本政府最上層部がしていることを、土方千恵子は細かく知る由も無かった。

 新聞報道や義祖父の土方勇志伯爵の口ぶりから、日本政府もインドやパレスチナ情勢の混乱を少しでも小さくしようとしているのでは、と推察する程度だった。

 そうは言っても、聡明な千恵子は大雑把には日本を始めとする各国の苦悩を推察できていた。


「ここのカレーのキャッチフレーズは、恋と革命の味でしたね」

「その通りです」

 1942年3月下旬のある日、千恵子は、ラース・ビハーリー・ボースの下を訪れて、最新のインド情勢の会話をしていた。

「何とも皮肉なキャッチフレーズの気がしますね。インドの宗教対立からくる混乱は中々収まるどころか、激しくなる一方です」

「本当にその通りです」


 二人の前には、最新のインド情勢を報ずる新聞がある。

 その記事の内容について、二人は話し合ったばかりだった。

 ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が、またも衝突してお互いに大量の死者を出したというのだ。

 また、スバス・チャンドラ・ボースは、イスラム教徒を非難する声明を何度も出し、それがますます、インドの宗教対立を煽っている。


「私はインドの知人に対して、死者が出るような行動を止めるように諫めているのですが、中々色よい返事がありません。今、下手に穏健な意見を言えない雰囲気がインドでは醸し出されているとか」

「厄介ですね。スバス・チャンドラ・ボースはパンドラの箱を開けたようですね」

「その通りです」

 二人の間に陰鬱な空気が漂った。


 陰鬱な空気を変えようと、ラース・ビハーリー・ボースは別の話題を持ち出した。

「私の息子、防須正秀から手紙が届きました。あなたの夫、土方勇中尉は、息子からすると優秀な士官のようですね。欧州であった息子が手紙で褒めていました」

「そう書いてもらえると嬉しいですね。私には新婚から半年も経たない内に欧州に出征してしまったので、夫が本当に優秀な士官なのか、分からないのです」

 千恵子はそれ以上の言葉を濁しながら想った。


 先日、産婦人科の医師に確定診断を貰った。

 自分は間違いなく妊娠している。

 冷静に今になって考えれば、ちょっと、いやかなりまずいことをした気がする。

 でも、もしものことを考えると不安で、自分は夫の子を宿したかったのだ。


「いやいや、2年近く戦場を生き抜いてきただけでも、色々な意味で優秀です。才能と運と両方が無いと戦場では生き抜けませんよ」

 そんな千恵子の内心を知る由も無く、お世辞抜きでラース・ビハーリー・ボースはそう言い、千恵子は微笑んでしまった。


「早くこの世界大戦が終わって、私の息子と、あなたの夫が凱旋帰国してほしいものですね」

「ええ、全くです。欧州には弟も出征しています。弟にも早く帰国してほしい」

「そう言えば、そうでしたね」

 千恵子とラース・ビハーリー・ボースは、そうやり取りをした。


 ラース・ビハーリー・ボースは、ふと想いを巡らせた。

 色々な筋から聞いた話だが、千恵子の弟、岸総司と千恵子は本当に仲が良い姉弟のようだな。

 異母姉弟で、母親同士は恋敵ということもあり、犬猿の仲なのに皮肉なものだ。


 こんな感じで、インドのヒンドゥー教徒とイスラム教徒が、早く和解してほしいものだ。

 信じる宗教が違うとはいえ、同じインドに住む者同士ではないか。

 何故に、憎しみをお互いに募らせ、隣人、知人で殺しあわないといけないのだ。


 ラース・ビハーリー・ボースは思わず祈りを捧げていた。

 この世界大戦が終わった後でも構わない。

 速やかにインドで宗教対立による流血が何とか収まらんことを。

 目の前のこの女性と弟のように、母親(宗教)が違っていてもお互いに仲良くなれる日が来ますように。

 これで第4章は終わり、次から第5章になり、主に日米満韓対ソ連、共産中国の戦いになります。


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