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第4章ー7

 土方千恵子やラース・ビハーリー・ボースは、ただ単にインド情勢を心配するだけで、ある意味、済んだのだが、それどころではないのが、米英日仏等の各国政府上層部である。


「やられたな。こちらもやっていることだから、余り非難出来ることではないが、インドが宗教、民族間の対立によって大混乱になっては、英政府どころか、我々も困る」

 米内光政首相は、そう吉田茂外相に半ば愚痴をこぼしていた。

「全くです。インドから中近東にかけての一帯は、我々にとっては好意的中立で基本的に固めておき、そこを基盤としてソ連領中央アジアのイスラム教徒を扇動する方向で、連合国各国政府上層部の意向を固めていたのですが、その前提が崩れかけません。いや、インドが大混乱になっては、それ以上の大問題になります」

 吉田外相も、米内首相の言葉に同意しつつ、そう言わざるを得なかった。


「英政府は、インド情勢についてはどう対応するつもりなのか、我が国の外務省等に連絡はないか」

「現状では、英領インドの警察力で対応可能、と内々に連絡してきています。しかし、警察力で対応しきれる規模で宗教、民族対立が収まるのか」

 米内首相の問いかけに、吉田外相は首を捻りながら言った。


「正直な判断、自分の考えを言ってくれ。前田利為中将に、軍情報部の判断を聞いたところ、英領インドの警察力での完全な対応は困難、最悪の場合、我が日本陸軍の投入もあり得ます、との判断だった。外相として、そこまでの事態が起こる可能性があると考えるのか」

 米内首相は、吉田外相を半ば問い詰めるかのように言った。


「それでは正直に申し上げます。その可能性は否定できません。いや、それどころではなく、インドだけどころか中近東全体がゴタゴタする可能性が高い」

 吉田外相は腹を括って言った。

「その根拠は」

「パレスチナ問題があるからです」

 米内首相からの問いかけに、吉田外相は即答した。


「パレスチナとインドと、どう関連するというのだ」

 米内首相は頭脳明晰だが、元々は生粋のサムライ、軍人で、宗教、民族問題の関係には強くない。

 それ故に吉田外相に問いかける羽目になった。


「先年(1939年)、マクドナルド英植民相は、いわゆるマクドナルド白書を発表して、パレスチナ問題についての解決を図りました。言うまでもなく、このマクドナルド白書は英政府の公式な文書、約束です」

 吉田外相はそこで一息入れ、米内首相はそれに肯いた。


「パレスチナは、国際連盟によって英の委任統治領になっています。パレスチナには、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三大宗教にとっての聖地エルサレムがあり、現在、アラブ人とユダヤ人の対立が激化しつつあることから、マクドナルド白書により、英政府は民族、宗教対立の緩和を図ろうとしました。しかしです」

 吉田外相は、そこで言葉を切って、天を仰いだ。


「この白書は、パレスチナへのユダヤ人移民を、向こう5年間、年間1万5000人に制限し、それ以上のユダヤ人移民がパレスチナに向かうことを原則禁止の方向にする等、アラブ人、イスラム教徒に有利な内容でした。このことに世界中のユダヤ人は激怒している模様です。そして、最近、起こったハンガリーを始めとする中東欧からのユダヤ人の国外脱出です。ハンガリーからは約60万人余り、中東欧全体からは100万人を軽く超えるユダヤ人が国外へと脱出しています。そして、彼らの多くが向かっているのが、パレスチナです。どうも、マクドナルド白書の内容に反感を覚える余り、シオニズム運動の指導者が彼らを誘導していると推察されています」

 吉田外相の丁寧な説明とその内容の重みに、米内首相は沈黙せざるを得なかった。

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