第4章ー6
土方千恵子は、義祖父の土方勇志伯爵に、ジンナーの死を慌てて伝える羽目になった。
その一報を聞いた土方伯爵は、苦虫を噛み潰したような表情をあからさまにした後で呟いた。
「やられた。恐らく次には、マハトマ・ガンディーが暗殺されかねない」
「何故にそう思うのですか」
千恵子としては、義祖父の言葉を信じたくない、という想いが先だって、そう半ば問いただした。
「わしが説明するより、ラース・ビハーリー・ボースが説明した方が良いだろう。わしでは機微を伝えられないだろうから」
土方伯爵は、そう千恵子に言い、千恵子はラース・ビハーリー・ボースに速やかに会いたい、と連絡を取ることになった。
数日後に千恵子が会ったラース・ビハーリー・ボースは深刻な顔をしていて、千恵子と顔を合わせるなり言った。
「まさかジンナーが暗殺されるとは。ムスリム連盟の過激派が暴発しかねないし、更に裏がある可能性が高いと思われます」
「裏とはどういうことでしょうか」
千恵子の問いかけに、ラース・ビハーリー・ボースは自明の理のように言った。
「決まっています。ソ連が陰謀を巡らせたのです。更に言えば民主ドイツも加担している気がします」
千恵子は絶句した。
暫く沈黙の時が流れた後、千恵子は口を開いた。
「何故にそう思われるのです」
「この手口からです。スバス・チャンドラ・ボースは、こういった手口を嫌っている筈です。一方、ソ連や民主ドイツはこういった手口を好みます。現在、正面からインドに攻め込むだけの力を、ソ連は持っていません。ですが、インドを混乱させて、連合国軍の戦力を足止めさせることはできると考えて実行したのでしょう。更にソ連で亡命政権を樹立している民主ドイツも、それに同調したように手口から思われます」
ラース・ビハーリー・ボースの口調は深刻なままだった。
「以前、ソ連領中央アジアの混乱を策して、イスラム教徒の指導者層を英米日仏等の連合国の政府が扇動していることは話したと思いますが」
ラース・ビハーリー・ボースの言葉に、千恵子は相槌を打った。
「それは一方で、イスラム教以外の信者から静かな怒りを買っています。英米日仏等は、イスラム教徒を優遇し過ぎている、と彼らは考えているのです。更にイスラム教徒内部にも,シーア派とスンニ派等の対立関係が潜んでいる。ソ連や独は、それを活用しようと考えているのです。そして、ジンナーが暗殺された以上、ムスリム連盟の過激派はジハードを叫ぶでしょう。その後、どうなっていくか、自明の話です」
ラース・ビハーリー・ボースの続けての言葉は、千恵子に衝撃を与えた。
「どうすればいいのでしょうか」
「取りあえずは、マハトマ・ガンディーらの身辺警護を固めると共に、ムスリム連盟の暴発を防ぐ方向で働きかけるべきです。しかし、間に合えばよいのですが」
千恵子とラース・ビハーリー・ボースは、そうやり取りをした。
しかし、既に遅かった。
二人がそのやり取りをしていた時、インドの現地では、マハトマ・ガンディーやジャワハルラール・ネルーといったインド国民会議の主流派の面々がムスリム連盟の過激派(と称する)一団の襲撃を受け、惨殺された後だった。
これが後々まで尾を引くいわゆる「インド大騒乱」の始まりとなった。
スバス・チャンドラ・ボースは、こういった事態を受け、モスクワから声明を発表した。
インド国民会議の主流派幹部の死を悼むと共に、ムスリム連盟をインドを分裂させようとする非国民と非難するスバス・チャンドラ・ボースの声明は、インドにおいてヒンドゥー教徒とそれ以外の宗教の信徒(主にイスラム教徒)の対立を更に煽った。
連合国政府は対処に苦慮することになった。
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