プロローグー5
ちなみに本来なら日野町にいる土方千恵子が、横須賀まで赴いているのにも事情があった。
千恵子は、夫の土方勇中尉や弟の岸総司大尉に送る慰問袋を横須賀鎮守府に持参してきていたのだ。
本来からすれば慰問袋は、兵隊の皆に送られるものであり、ある意味、あて先不明のモノである。
だが、海兵隊の場合は事情が違った。
海兵隊は基本は志願制で兵を募っている。
(なお、戦況が激化した現在は、志願兵では補充が追いつかず、一部を徴兵で賄っている。)
そのために、陸軍のように郷土部隊と言う考えがそもそもない。
だからこそ。
第一次世界大戦時に海兵隊向けの慰問袋を作ったのは、兵士の家族が殆どだった。
後半になると陸軍からの出向士官等も現れたが、彼らへの慰問袋も家族が多数を占めた。
そう言った事情や、遥々と欧州に赴いている将兵を慰問するために、海兵隊については、個人宛の慰問袋を特に認めるという対応を、第一次世界大戦の際以降は執るようになっていた。
勿論、兵隊の皆さんに、という本来の慰問袋が、海兵隊にない訳ではない。
だが、個人に慰問袋を送りたいのならどうぞ、というのが海兵隊の基本方針だった。
(なお、個人向けの慰問袋の宛先の将兵が死亡等していた場合は、基本的に遺品と共に慰問袋は返送される取り扱いになっている。
それはそれで悲喜劇を産む話になっていた。)
個人向けの慰問袋については、鎮守府に対して郵送しても別に構わないのだが、千恵子としては担当者に頭を下げて、夫や弟に確実に届くように頼みたいと考えて、横須賀に赴いたのだった。
(もっとも、千恵子に対応した海兵隊員は、本音では対応に苦慮したらしい。
何しろ千恵子は、土方勇志伯爵の跡取り孫、土方勇の嫁である。
どうかよろしくお願いいたします、と窓口で頭を千恵子に下げられては、いつもしている半ば横柄な対応等はできる訳が無く、どうかご安心を、必ずお届けします等、と逆にかしこまる羽目になったらしい。)
そして、横須賀鎮守府の担当者に慰問袋を渡した後、千恵子は村山幸恵と会ったという次第だった。
幸恵はため息を吐きながら、千恵子に問いかけた。
「何とか弟達が早く日本に還ってこれないものかしら」
「そうですね。私も同じ思いですが、本当に難しいです」
千恵子も内心では幸恵と同じ思いをしている。
だからこそ、幸恵に寄り添うような発言をした。
「既に2億人とも言われる犠牲者が、この世界大戦の為に世界中で出ているのに言ってはならないけど」
幸恵は、そこで言葉を切った。
千恵子は想った。
言ってはならないことを、姉は言葉にしようとしている。
「物凄い大威力の兵器が出て来て、それによる被害によって、この世界大戦が終わるということはないものかしら。言ってはならないことかもしれない、でも、既に大量の犠牲者が出ているのよ。これ以上の犠牲者を出さない為なら許されるかも、と頭の片隅で思ってしまうの」
幸恵は、胸の中に溜まって澱んだ滓を吐き出すかのように言った。
「そうですね。私も否定できません。幸恵さんの言う通りかもしれません」
千恵子は幸恵の言葉に同意しながら想いを巡らせた。
正攻法で行くのなら、中立諸国も参戦させてそれによる大兵力と物資でソ連への侵攻を図るべきだろう。
だが、ソ連は広大極まりない領土を持っている。
また、共産中国にしても膨大な人口を誇っており、日本なら致命傷になる百万人単位の死者を出しても平然と戦い続けているという現状がある。
こういった現状に鑑みるならば。
悪魔、魔王と言われそうだが、姉のいう事は一理ある話なのかもしれない。
千恵子はそう思いつつ、姉の言うような禁断の兵器が徐々に影を示しつつある現状に想いを馳せた。
これでプロローグは終わり、次話から第1章になります。
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