第3章ー12
カサンドラ・ハポンは、今のスペイン情勢と自分の身の上に想いを馳せた。
本当にスペイン内戦がおこるまで、こんなことになるとは思いもよらなかった。
スペイン内戦勃発前、自分は別の名で夫と一人娘、義父母との温かい5人家族だった。
だが、内戦勃発により夫と娘は殺され、義父母は共和派に寝返り、自分は娼婦に身を落としたのだ。
そして、アラン・ダヴーと出会い、アラナを妊娠出産し、ダヴーから子どもの養育費として大金を渡され、この娼館をそれを基にして手に入れた。
アラナは3歳を過ぎて可愛い盛りだが、恐らく実父のダヴーと逢うことはあるまい。
自分はこの娼館を経営して自活し、娘を養っていくしかないだろう。
それにしても、彼はどこにいるのだろうか。
仏の軍人として、中欧のどこかにいるのだろうか。
それにしても、対ソ戦のための義勇兵募集か。
表向きスペイン全国から義勇兵が殺到しており、10万人に達するという噂まで流れているが。
実際のところはどうなのだろうか。
そして、義勇兵に志願した若い男性を慰安するために、自分の経営する娼館の娼婦は買われている。
案外、それが目当てという若い男性もいるのではないだろうか。
勿論、先のスペイン内戦の際のソ連(と独)の干渉に憤りを覚えており、この義勇兵に志願することで、その憤りを晴らそうとしている者もいるのだろう。
また、逆に父や兄が共和派として戦ったために、愛国者の証を立てるために義勇兵に志願している者もいると自分は聞いている。
本当に、どんな事情から義勇兵に志願している者が最も多いのだろうか。
案外、愛国者の証を立てるため、という者が最多のように想えるのは、自分の気のせいだろうか。
最近のスペインは、この世界大戦に伴う好景気のおかげで、失業者が激減している有様だ。
連合国寄りの中立国として、様々な物資を製造して売りさばいている。
こうした状況にも関わらず、義勇兵に志願している事情があるとは。
うがちすぎ、と思いつつも、案外、正鵠を射ているのでは、とハポンは想わざるを得なかった。
また、同じ頃、バレンシアの港では。
「ユダヤ人の移民を満載してテルアビブに向かう貨客船の出港準備は順調です」
部下の報告に、ユニオンコルスの大幹部、レイモン・コティは目を細めながら言った。
「これでまた一儲けが出来るな。人に恨まれずに儲かる、いい商売だ」
「全くですな」
部下の一人が追従した。
現在、ハンガリー等からスペインにたどり着いたユダヤ人の難民の多くが、安住の地を求めて彷徨う有様になっている。
シオニズム運動を推進している一部の団体は、彼らをパレスチナに移民させようと考え、その手段として自分達に声を掛けて来て、法律的にはグレーゾーン極まりない行動かもしれないが、自分達はそれに協力することにしたのだ。
それに更なる儲け口の声まで掛かった。
「スペインやイタリアでの小火器の買い付け、パレスチナでの売込みは順調そうか」
別の部下に自分が問いかけると、その部下は笑みを浮かべて無言で肯いた。
自分も笑いが止まらなかった。
今のパレスチナでは、ユダヤ人とアラブ人の小競り合いが多発しており、お互いに自衛するための小火器の需要が高まっている。
さすがに商売仁義という建前があり、アラブ人に小火器を積極的に売り込む訳には行かないが、ユダヤ人に対しては問題ない。
それどころが、移民に協力してくれたということで、積極的に自分達から小火器を買おうという動きさえユダヤ人の間ではある。
ダミーの仲買人を介在させてパレスチナのユダヤ人に小火器を売りつけることでも儲け、確固たる力を確立してやる。
ユニオンコルスの大幹部、レイモン・コティはそう考えていた。
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