第3章ー7
スペイン大使館へ行く途中、ジョルジョ・ペルラスカは最新のブダペスト市内の状況を、アラン・ダヴー大尉とフリアン曹長に語って聞かせた。
勿論、周囲に怪しまれないようにスペイン語で3人は会話している。
ペルラスカが語る所によれば、外国人、特に連合国の国民に対する襲撃や嫌がらせが頻発しているという。
「全く酷いものです。私の場合、ハンガリーに来たのは、従前から取引のある業者から肉を買い付けるためだったのですが、その業者の担当者が頭を下げながら言うのです。イタリア人のあなたに、肉を売ったのが分かったら、仕入れ先の農家が自分のところに肉を売ってくれなくなる。だから、肉は売れないとね。現金取引にすることで、誰に売ったのか、誤魔化せばいい、と私は言ったのですが、こういうのはどこからか話が漏れるものだから駄目だ、の一点張りでした。その担当者の上司に掛け合おうとしたのですが、上司も私に会ってくれなくて。止むなく、それなりに名の通った業者に片端から声を掛けて、現金取引を私が持ちかけても駄目です。取引を諦めて帰国しようとしたら、さっきの警官が因縁をつけて来たという訳で。襲撃を直接、受けて怪我をせずに済んだだけでも幸運と想うべきかもしれませんが」
ペルラスカは饒舌だった。
そのために、ダヴー大尉らは主に聞き役に回っていたが、ペルラスカが一息入れたのを機に、ユダヤ人に対する迫害の現状を訊ねてみた。
「そちらも酷いですよ。もう、警官等、取り締まりに当たる筈の人間までが、ユダヤ人に対する迫害に加担しています。ユダヤ人の住んでいる家屋から、公然と家財を奪い、ユダヤ人に暴行を加えることが多発しています。先日は、ユダヤ人の死体が何人もドナウ河に浮かんでいました。それとなく聞き耳を立てたところ、暴行を加えた後、二人組にして泳げないようにお互いの手足を背中合わせに縛って、1人の人間の頭を撃ち抜いて殺し、ドナウ河に放り込んだようです。こうすると、死体が錘になって、もう一人もほぼ必ず水死します。そんな遺体が数十体以上もあったとか。話がいつの間にか膨らんだのかもしれませんが、堪らない話です」
ペルラスカの語る話は、二人の背中を凍らせた。
これは、想像以上の覚悟が必要だったようだ。
「ところで、大尉、あなたは本当はスペイン人ではありませんな」
ペルラスカは声を潜めて言った。
何でバレた、ダヴー大尉は、さっと警戒した。
「その勲章ですよ。それは外国人に授与される勲章だ。分かる人は少ないでしょうが」
ペルラスカは片目をつぶりながら言った。
「大方、先のスペイン内戦で授与された勲章では。あの書類を見たから分かるでしょう。私もあの場にいたのですよ。イタリアからの義勇兵として。その際に上官が同じ勲章を授与されていました」
ペルラスカは、ダヴー大尉から少し顔を逸らしながら話を続けた。
「あの時、左翼勢力によって、スペインで教会が焼き打ちに遭い、司祭達が暴行を受けていると聞いて、私は矢も楯もたまらずにスペインに向かいました。その人が信じる神に祈りを捧げることを妨害することは、決して許されないと思ったからです。そして、あの大地で義勇兵の一人として戦いました。何人もの戦友が戦場で散る一方で、自分は生き抜くことが出来て、更に受勲されて、フランコ総統直筆の書類までもらえましたが、あの内戦が正しかったのか、今でも疑問を覚えてしまいます。皮肉なことに、あの時の上官の一人はユダヤ人でしたよ」
ダヴー大尉とフリアン曹長は、何も言えなかった。
二人がスペインに赴いたのは、父の血を追い求めたからだと言って良い。
ペルラスカがスペインに赴いた動機とは違い過ぎる。
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