第3章ー6
そんなことをスペイン語の練習も兼ねて、アラン・ダヴー大尉はフリアン曹長に、マドリードからベオグラードを経由してブダペストに到着するまで語って聞かせた。
もっとも、このことはダヴー大尉自身の頭の中を整理することにもつながった。
人に説明するという事は、自分自身も理解していないとできない。
そして、フリアン曹長への説明は、ダヴー大尉にとって、ブダペストのユダヤ人の状況を自身が把握するいい機会にもなったのである。
ダヴー大尉とフリアン曹長が、スペイン陸軍の軍服を着て、ブダペスト中心の駅に降り立った直後だった。
「私はスペイン人だ」
「何を言う。イタリア人ではないのか」
駅のホームで、一人の商人らしい男が、ハンガリーの警官相手にスペイン語で懸命にまくし立てていた。
そのハンガリーの警官は少しだがスペイン語が分かるらしい。
ダヴー大尉は少し悩んだが、スペインの外交官らしく振舞うことにした。
「どうかなさいましたか。私はスペイン大使館の者です」
ダヴー大尉が、その二人に声掛けをすると二人は驚いた。
警官には分からなかったが、商人にはダヴー大尉がスペイン陸軍大尉と分かったらしい。
「助かった。この書類を見てくれ。ここに書いてあるだろう。私がスペイン人だと」
商人は、そう言いながら、カバンの中から書類を出しつつ、それとなく片目をつぶった。
ダヴー大尉は、その書類に目を通す内に、笑みを浮かべざるを得なかった。
その書類は、確かにスペイン政府の発行した書類だった。
それもフランコ総統のサインまで入っている。
「この書類の持ち主は、スペイン市民権保持者として、スペイン政府は保護する」
ダヴー大尉も実は持っている書類だ。
スペイン内戦において、スペイン国民派の一員として戦った外国人義勇兵の中で、特に勇敢に戦った者に対して、フランコ総統は功績を称えて、叙勲するとと共に、スペインの市民権を与えてスペイン政府が保護する旨の書類を発行した。
この商人は、スペイン国民派の元外国人義勇兵だったという訳だ。
つまり、本来から言えばスペイン人ではない。
だが、ダヴー大尉の現在のカバーからすれば。
「うむ。確かにスペイン人だ。スペイン大使館員として、私はあなたを保護せねばならない」
わざと堅物めいた顔をして、ダヴー大尉は言った。
「この人はスペイン人だ。スペインのパスポートを紛失されたようだ。スペイン大使館で再発行せねば。私と共に来てほしい」
「ちょっと待って下さい」
眼前での茶番に気を飲まれていたのだろう、ハンガリーの警官は慌てて口を挟んできた。
「何かね。君は国際問題を引き起こしたいのかね」
ダヴー大尉が、居丈高な態度を執ると、ハンガリーの警官は縮み上がった。
ダヴー大尉は追い打ちを掛けることにし、マドリードで受け取っていたスペイン大使館員であるという旅券を懐から出して、その警官に突き付けながら言った。
「これが偽物だというのか。ハンガリー外務省に正式に抗議する。君の姓名、所属をすぐに述べたまえ」
「いえ。大変失礼しました。どうぞ、スペイン大使館に」
そう言って、ハンガリーの警官はすごすごと去って行った。
「助かりました。まさか、スペイン大使館の方が傍におられたとは」
その商人は、ジョルジョ・ペルラスカだと自己紹介をして、更にカバンの奥底に隠していたパスポートを出してきた。
ダヴー大尉が、フリアン曹長とそのパスポートを見ると伊のパスポートだった。
「ハンガリーには肉の買い付けに来たのですが、反外国感情が高まっていて、買い付けが上手く行かず、帰国しようとしたら、例のハンガリー警官が因縁をつけてきたのです。本当に酷い」
ペルラスカは現況を詳しく二人に語った。
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