第2章ー20
「後、私が我が儘を言ったということにして、ヴェルダン要塞に行きました。日本の軍人に捧げられた慰霊碑が建てられていて、それに私と義祖父は祈りを捧げました」
話が一段落した後、土方千恵子は、姉の村山幸恵にそう言った。
幸恵は胸が詰まり、何も言えなかった。
千恵子も、それだけしか言えないのだろう、いつの間にか目に涙を湛えていた。
幸恵と千恵子、更に岸総司の父、野村雄は先の世界大戦の際に、ヴェルダン要塞攻防戦で戦死した。
それから20年余りが経ち、総司は欧州の戦場に赴いている。
そして、千恵子の夫、土方勇も。
父のように総司や勇が戦死することはない、と想いたい。
だが、戦場で総司や勇が戦死しないと誰が言えるだろうか。
幸恵と千恵子は、そんなふうに想いを交わした。
その後も四方山話を姉妹は交わして、千恵子は帰宅していき、幸恵はそれを見送った。
千恵子が視界から消えた後、幸恵は実母の村山キクの下に、総司から贈られた写真を持って向かった。
幸いなことに、キクは一人で私室にいた。
「この写真を見てもらえませんか」
幸恵は、それ以上は母に言わなかった。
前置き無しで母に見せることで、母に予断なく写真を見てほしかった。
「ここに写っている人は、「あの人」そっくりね。親子かもね」
キクは即答した。
「やはり」
幸恵は、自分の勘が当たったと感じた。
キクも幸恵の言葉から幸恵の想いを察した。
二人は部屋を閉め切り、声を潜めて語り合いを始めた。
「白黒なので分かり難いですが、やはり、この写真に写っているフランス陸軍士官は、私の異母弟なのでしょうか」
「多分、そうだと想う。「あの人」に余りにも似すぎている」
母娘は語り合った。
幸恵の実父の話題は、色々と微妙な話であり、それ故に幸恵の実父は「あの人」に、二人の間ではいつかなっていたのだ。
「ところで、この写真を見て岸忠子さんや篠田りつさんは気が付くでしょうか」
「気が付かないと思うわ。だって、お互いに見たくない写真だもの。気が付くくらいなら、あなたを総司や千恵子の姉と二人は認めているわ」
幸恵の問いかけに、キクは答えた。
キクは想った。
人は見たくないものは否定するものだ。
忠子もりつも、自分一人を雄は愛していたと思い込みたがっている。
だから、忠子とりつは幸恵を否定するのだ。
そして、このアラン・ダヴーというフランス陸軍士官も、雄の子と二人は決して認めまい。
「総司も千恵子も、どうして分からないのでしょうか」
「思いもよらないからよ。それにあなたもその二人も直接は実父の顔を知らないのだから。それにしても、最も父親似なのが、アラン・ダヴーというのは皮肉な話ね」
幸恵の問いに、キクは苦笑した。
「ところで、アラン・ダヴーは、今どうしているの」
「最新の詳しい話は、千恵子さんどころか、総司も知らないそうです。オーストリア戦線で戦い、その戦線が一段落した後、スペインに向かったことまでは総司は知っていたのですが、それ以上のことは軍機に関わるとのことで、フランス陸軍から回答を拒まれたとのことです。言うまでもなく、ダヴー大尉からの私信も総司や勇の下にはありません」
キクの問いかけに、幸恵は溜息を吐きながら言った。
「スペインでお前の弟は何をしているのだろうね。まさか、お前の甥姪を作っているのかね。「あの人」にいらないところまで似ている気がするね」
幸恵の返答に、キクはそう言い、二人は思わず苦笑した。
「それから、アラン・ダヴーが弟かも、というのは千恵子さんにも総司にも秘密だよ」
「分かっていますよ。二人共知りたくない話です」
キクはそう念を押し、幸恵はそう答えた後で、二人は想った。
本当に、アランはどこにいるのだろうか。
これで、第2章は終わりです。
次話から第3章になります。
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