第2章ー12
「この度の世界大戦で、仏が独の侵攻により、再度の戦禍に見舞われたことは事実で、それに対する賠償を求めたいのも当然だと思います。しかし、今すぐ独に賠償を求めるのは間違っています。今、独の国内は戦災により、国民の多くが貧困に陥り、飢餓に苦しんでいます。そこにポーランドやチェコスロヴァキア領内から追放されたドイツ民族が来ようとしています。更に貧困や飢餓が深刻になるのが目に見えています。仏政府も当然把握しておられるでしょうが、今の独国内では、自国の通貨マルクの信用が暴落しており、外国製タバコが一部で通貨代わりになる有様です。このような状況で、独に賠償を求めても、独に支払能力は無く、却って独国内のみならず、賠償を支払ってくれない、と仏国内の不満も高めることになります」
土方勇志伯爵は、敢えて、ペタン首相に長広舌を振るった。
最初に反論しづらい言葉を長めに掛けることで、機先を制して、会話の主導権を握る。
それに先の世界大戦の後のことを、ペタン首相も覚えている筈だ。
口には出さないが、本音では、今の独に賠償を支払う能力が無いのをペタン首相は分かっている筈だ。
それに土方伯爵は賭けた。
ペタン首相は、多少、感情を動かされたようだった。
「確かに言われることは分かります。しかし、国民の感情というものがある。独に対して賠償を我が仏国民の多くが求めているのです。それを仏首相として無視はできない」
「賠償を仏が独に求めるな、というのではありません。まずは独国内の状況を改善した上で、賠償を求めるべきだ、というのです。そうしないと対ソ戦において安全な後方を我々は確保できません」
「後方ですか」
「そう後方です」
土方伯爵は、自分の土俵にペタン首相が乗ってくれたことに内心で少し安堵した。
戦場、軍人としての才能、判断での論争なら、ペタン首相と対等以上に自分は渡り合える自信がある。
「対ソ戦において、最前線補給拠点となるのが、ポーランド、チェコスロヴァキア、ルーマニア、トルコといった国々になります」
厳密に言えば、ルーマニア、トルコといった国々は一応は中立を未だに維持している。
だが、実際にはそういった国々は、来春の対ソ宣戦布告を既に承諾しており、自国内への対ソ侵攻用の連合国軍の駐屯を近々認めることになっている。
土方伯爵は、日本から出発する前に吉田茂外相からそういった外交情勢の説明を直に受けていた。
「こういった最前線補給へ物資等を円滑に後方から運ぶ必要があります。ポーランドやチェコスロヴァキアに英仏等から物資を運ぶのに、後方に当たる独国内の安定は必要不可欠な話ではないですか」
「確かにおっしゃる通りですな」
土方伯爵の更なる説明に、ペタン首相は同意せざるを得なかった。
「それこそ日本で言う釈迦に説法、フランスでいう魚に泳ぎを教えるではないですが」
土方伯爵は、そこで一息入れて続けた。
「我々はナポレオン1世が行ったロシア遠征の十倍以上の規模の遠征軍を、ソ連に遠征させようとしているのです。それこそ後方に残せる兵力はほとんどありません。そうした状況にある以上、独国内の安定、復興をまず第一に優先する。そして、ソ連を屈服させた後、復興した独から支払い可能な賠償を求める、それがこの世界大戦に勝利を収めるうえで必要不可欠ではないでしょうか」
ペタン首相は、その言葉も肯定せざるを得なかった。
実際、対ソ(欧州)本土侵攻作戦に投入される兵力は、人類史上最大の規模になる予定だった。
米英仏伊日を中心に、後方警備に当たる部隊等まで含めるならば、陸上兵力だけで世界中から約300個師団、約1000万人が集められて作戦に投入される予定だった。
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