第2章ー6
1941年12月初め、土方勇中尉は義弟になる岸総司大尉に愚痴りながら、ベルリン近郊の駐屯地内を歩いていた。
二人は、日本の遣欧総軍司令部の指示を受けた第6海兵師団司令部に出頭しているところだった。
「全く、本当に祖父が来ているのですかね。祖父は70歳を過ぎています。そんな年齢なのに、日本から欧州にまで来ますかね」
義弟が相手という事もあり、土方中尉は思い切り愚痴っていた。
「確かに自分もそう思うが、未だに矍鑠としている以上、土方伯爵が欧州まで来てもおかしくはないが」
岸大尉は義兄に寄り添うような言葉を発しはしたが、自分自身、疑問を覚えてならないようだった。
二人は、日本から欧州の現状を視察に来た日本政府の特使の警護に当たる準備をするように指示を受けたことから、第6海兵師団司令部に赴く途中だった。
その特使というのが、土方中尉の祖父、土方伯爵らしかった。
土方中尉は、憤懣ついでにこれまでに溜まっている腹の内を義弟にさらけ出すことにした。
「知っていますか。ドイツの現状に鑑み、個人的なドイツ人の女性との交際を遣欧総軍司令部は公に認めることにしたそうです。ですが、下士官兵はどこまでその意味が分かっているのですかね」
「否定できない話だな」
義兄弟は重い話をしていた。
個人的な交際、要するに恋愛は自由ということだ。
だが、足元を見た交際が起こるのではないか、ということは否定できない話だ。
それに二人共、それを色々と実見して知っていることもある。
二人の表向きは知人(実は岸大尉からすれば異母弟)のアラン=ダヴー大尉の連れ子養子、ピエールの実祖父は日本海兵隊士官で、更に土方歳三と言う名前で、ガリポリ半島上陸作戦で戦死したらしい。
だが、二人からすれば噴飯ものの話だった。
土方という姓は日本で決して多い姓ではない。
更に歳三という名だったのなら、土方中尉や岸大尉の耳に入っている筈の名前だった。
だが、二人共、そんな日本海兵隊士官の名を聞いたことは無い。
(言うまでもなく、土方中尉の実曽祖父で、西南戦争で戦死した土方歳三提督は除く。)
それからすれば、ピエールの実祖父は偽名を騙って、ピエールの実祖母と付き合い、ピエールの実父を妊娠出産させたのだ。
そのことからすれば、ピエールの実祖父がガリポリ半島上陸作戦で戦死したというのも眉唾だった。
だが、ピエールの実祖母は、自分の交際相手は土方歳三と信じており、それに疑問をピエールの実母カテリーナが呈したことから、絶縁関係に至ったらしい。
それと似たような感じで、偽名を騙った日本海兵隊員と、ドイツ人女性との関係が横行していることを二人は把握していた。
「付き合うな、とまでは言いません。ですが、付き合うのなら、ちゃんと本名を語るべきです。語らずに偽名で交際して、物で歓心を買う。許されないと思いませんか」
土方中尉は力説し、岸大尉は無言で相槌を打ちながら、第6海兵師団司令部に向かっていた。
そんな二人の目に、女性の軍医大尉の姿が入った。
「何だか姉に似た大尉だな」
「そう言われてみれば」
岸大尉が空気を変えるためもあってそう言い、土方中尉がそう言ったのが耳に入ったのか、その軍医大尉は二人に向かって来た。
岸大尉はともかく、土方中尉にしてみれば上官になる。
土方中尉は慌てて敬礼の準備をしたが、その軍医大尉は無視して、二人を見据えて怒鳴った。
「私が分からないの」
「姉さん」
「千恵子だったのか」
二人は絶句した。
軍医大尉の正体は、土方千恵子だった。
「全く暫く逢っていないだけで二人共分からないなんて」
千恵子は怒り、二人は下を向く羽目になった。
「何でここに」
「お祖父様の供よ」
千恵子は怒って言った。
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