プロローグ-2
もっとも、岸総司大尉がそんなことを土方勇中尉に言ったのは、母のことを思い浮かべたためもあった。
岸大尉は思った。
母、忠子としては純粋に父に好意を寄せており、父も母に好意を寄せたのだろう。
だからこそ、柴五郎提督が仲介して、両親は結婚したのだ。
だが、問題は父には、幼馴染で事実上の婚約者である篠田りつがいたことだった。
父が海軍兵学校に入ったことや、篠田りつが当時、多忙を極めていたことから、父と篠田りつは疎遠になってしまい、父としては篠田りつも別れたいのだと思っていたらしい。
だが、篠田りつは、父の心変わりを知らず、父との結婚を夢見ていたらしい。
らしい、ことが多いが、これは自分にも異母姉の千恵子にも知らされていない裏事情があるからだ、というのを岸大尉は察していた。
どうも篠田りつは美人局的なことを仕出かしたのではないだろうか。
例えば、故意に妊娠しやすい時期に父と関係を持つとか。
ともかく篠田りつが千恵子を身籠ったことを知らずに、篠田りつと父は別れて、父と母と結婚した。
そして、千恵子が産まれ、父は戦死し、自分が産まれるという事態が起きたのだが。
この事態で、母は濡れ衣を着せられてしまった。
父が戦死して遺書を見るまで、篠田りつのことを母は知らなかったのに、母は篠田りつのことを知っていながら、上官の娘であることを嵩に着て、篠田りつと父を強引に別れさせて結婚したのだ、という噂が流れてしまったのだ。
(もっとも、母も悪知恵を巡らせて、千恵子を(民法上の)家に引き取らずに追い出して、自分を跡取りにしたことから考えれば、そういう噂が流れる下地があったともいえる。
こういった場合、まだ胎児の自分よりも千恵子が父の跡取りになるのが、法律上は当然なのだ。)
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いではないが、その一件以来、千恵子をとことん母は嫌った。
更に千恵子が土方勇と結婚した際に、その噂が蒸し返されたことから、とうとう母と千恵子は宿敵といってよい関係にまで突入した。
だが、そうこうするうちに時は流れて。
岸大尉は見合い結婚をして、すぐに息子が出来たのだが、その息子のお産の際に妻を亡くしてしまった。
更に父と同様に、岸大尉も結婚後、すぐに出征したことから、妻の実家とは疎遠だった。
そうしたことから(岸大尉は)息子を母に託すことになったのだが、母も50歳が近く、自分にもしものことがあったら、息子が成人するまでに母が亡くなるなり、病に伏せるなりすることが充分にあり得る。
そう言った場合、千恵子(と土方勇)に息子を託すしかない、と岸大尉は考えた。
そのために母と千恵子には予め和解をしてほしいと考え、岸大尉は息子の一歳の誕生祝いを口実に母と千恵子を同じ席につかせることにしたのだ。
先日、母と千恵子は同じ席に着いた筈だが、まだ、本当に着けたのかの連絡は岸大尉の下にない。
千恵子は理性的なので、自分の願いを聞いてくれるだろうが。
母は、自分の願いを聞いてくれるだろうか、岸大尉は不安を覚えていた。
岸大尉は、更に想いを巡らせた。
本当に一度、関係がこじれてしまうと、厄介なことになるものだ。
母と、姉の千恵子が、宿敵になるまで本当に関係をこじらせる必要があったのか、というとそんなことは無かったはずだ。
完全に仲良くなることは無理でも、せめてお互いに適当な距離を置いた関係を築くことはできた筈だ。
それなのに、色々と関係がこじれた末に、宿敵関係にまで陥ってしまった。
民族、宗教問題も同じようなものかも。
ソ連侵攻を前にして、中東欧では民族問題が噴出しつつある。
これを収めねば、我々はソ連に侵攻できない。
来春までに何とか収めねば。
岸大尉は想いを巡らせた。
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