第2章ー4
日本の遣欧総軍司令部は、自らの懸念を日本の政府に対して訴えた。
遣欧総軍総司令官が、北白川宮成久王大将という皇族であり、更に米内光政首相と同じ海兵隊出身という事情から、この遣欧総軍司令部の訴えは、日本政府に大きく響くことになった。
また、独墺の軍政当局に対しても、日本の遣欧総軍司令部はできる限りの影響を及ぼしたが、そうはいっても限度があった。
何故なら、独墺の軍政において、連合国管理理事会が最高の決定権を持つと決まってはいたが、個別の占領地域においては、担当国の軍司令官が単独で決定権を持っていたからである。
そして、連合国管理理事会の一員に日本は入ってはいたが、個別の占領地域を持たない以上、発言権には限度があるとしか言いようが無かった。
極論を言えばだが、連合国管理理事会で決議がなされても、個別の占領地域でその決議が軍司令官に無視された場合、それを強制する手段が連合国管理理事会には無かったからである。
(勿論、そう言った場合、本国政府に働きかけて、その軍司令官を指導してもらうという手段が、連合国管理理事会にはあるが、迂遠極まりない方法であり、本国政府が無視したら、そこまでの話だった。
また、連合国管理理事会の上には、連合国外相理事会が名目上はあったが、常設されていているものではなく、緊急事態の際にロンドンで開かれることになっていたから、実効性には乏しかった。)
そうした現状からして、ポーランドやチェコスロヴァキア領内からの「ドイツ人追放」が現実化した場合には、ドイツ国内のドイツ人の人口を急増させて、現状でさえ飢餓や貧困に苦しむドイツ国内の状況を深刻化させることは明らかであり、ソ連(欧州)本土侵攻作戦前に安全を確保しようとする施策が逆効果になる危険性が高いと遣欧総軍司令部は考えたのである。
だが、その一方で遣欧総軍司令部の要請を受けた日本政府は困惑した。
「弱ったな。北白川宮大将の要請、懸念はもっともなものだが、我々に打つ手は限られている」
米内光政首相は、吉田茂外相と相談していた。
「全くその通りとしか言いようがないですな」
吉田外相も渋面をする有様だった。
「梅津美治郎陸相や堀悌吉海相にも相談したが、共に思案投げ首としか言いようがない有様だった」
米内首相はため息を吐きながら言った。
「私の方で、文民の主な閣僚に相談してみましたが、打つ手がないという回答ばかりでした」
吉田外相は、匙を投げたいような口ぶりだった。
米内首相と吉田外相は暫く考え込んだ。
「この際、特使を欧州に派遣して、状況を打開するか」
米内首相はようやく決断したかのような言葉を発した。
「特使とは誰ですか」
吉田外相は首を傾げた。
「土方勇志伯爵を派遣しよう」
米内首相は意中の人物を挙げた。
吉田外相は想いを巡らせた。
土方伯爵は、言うまでもなく歴戦の軍人だ。
日清戦争からスペイン内戦という豊富な戦歴を誇り、チャーチル英首相にも直接、名を覚えられている存在であり、ペタン仏首相とは肩を並べて戦ったことがあり、個人的な面識もある。
特に軍人というのがいい、政治家や官僚だと腹を探られて誤解を生みかねない。
確かにこのような状況かで派遣される特使としては、妥当な人選と言えるのではないだろうか。
「特使とするのに悪くない選択ですな」
吉田外相はそう言った。
「だろう。僕から土方伯爵に声を掛けてみて内諾を得た後で、この件を閣議に掛けよう」
米内首相はそう言った後で、更に考えを巡らせた。
土方先輩には義理の孫の件で貸しがある。
この際、思い切り高値で借りを返してもらおう。
それにこういう貸し借りは、早めに清算した方が後を引かないからな。
米内首相は微笑んだ。
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