第2章ー1 「民族大移動」
第2章の始まりになります。
そんな会話を父の土方勇志伯爵と息子の嫁の土方千恵子が交わしている等、1941年11月時の土方歳一大佐にしてみれば、思いもよらないことだった。
いや、それ以上に頭の痛い問題が現在進行中だった。
「新たに成立したポーランド政府もチェコスロヴァキア政府も一切、譲れないとの回答です」
「気持ちは分かるが、だからと言って、許される話ではない気がするが」
「我々は被害者だ。加害者を罰して何が悪い、とも暗に言っていますからね」
「しかしだな」
上官である北白川宮成久王海兵隊大将と、土方大佐はそんなやり取りを(今日も)していた。
「自国内のドイツ民族を全て国内から追放する等、やっていいことではないだろうに」
北白川宮大将が口に出した。
「とは言え、ポーランド政府もチェコスロヴァキア政府も、ドイツ民族の横暴には恨み骨髄に徹しているといっても過言ではありません。チェコスロヴァキア政府にしてみれば、ズデーデン危機からミュンヘン会談、更に自国の解体にまで至ったのは、自国内にドイツ民族がいたからだ、と声高に言っています。また、ポーランド国内のドイツ民族系住民のヒトラー総統率いる独政府よりの武装行動も、断じて許されない、というポーランド政府の主張も、完全に間違っているとまでは、私にはとても言えません」
土方大佐は、率直に現状を述べた。
「厄介極まりないな」
単純だが、率直極まりない意見を、北白川宮大将は述べたが、土方大佐はそれでは済ませなかった。
「もっと厄介極まりない事態が起こっています」
「何が起こっている」
「連合国側の各国政府、軍の最上層部の一部も、ポーランドやチェコスロヴァキアからのドイツ民族追放に積極的に賛同していることです」
土方大佐は、少し声を潜めて言った。
北白川宮大将は目を剥いた。
「待て。そんな民族差別、迫害を認めたら、ヒトラー総統が率いたドイツ政府を、連合国側の各国政府も非難できなくなりかねないぞ。それこそ、言い訳に過ぎないといえばそうだが。一方で相手の国の異民族迫害は許されないと言いながら、自分達は異民族迫害を推進する等、二重基準もいいところで決して許されない話ではないか」
北白川宮大将は皇族としての育ちの良さを暗に漂わせながら激昂した。
「おっしゃる通りです。ですが、民主ドイツ政府の動きがあるから、厄介なのです」
土方大佐は細かい説明を始めた。
「ハイドリヒ新総統が率いる民主ドイツ政府は、全世界のドイツ民族に対して、連合国に対する積極的なレジスタンス活動を呼びかけると共に、武器等の援助を画策しているようです。それこそナポレオン戦争時のフィヒテの「ドイツ国民に告ぐ」を恣意的に引用する等して、ドイツ民族主義の高揚まで図っています」
土方大佐の言葉は、陰鬱極まりない影を帯びていた。
「こうした中で、ポーランドやチェコスロヴァキアを始めとする東欧において、ドイツ民族系住民の武装蜂起、レジスタンス活動が起こらないと誰が言えますか。しかも、我々は来年春を期してのソ連(欧州)本土侵攻作戦を計画しているのです。東欧に住むドイツ民族系住民の数は軽く1000万人を超えるでしょう。その内の1割がレジスタンス活動に参加したとして、100万人を超えるレジスタンス集団が蜂起することになります。その危険を我々は座視できますか」
続けての土方大佐の言葉は苦悩に満ちたものとしか言いようが無かった。
北白川宮大将も、土方大佐の言葉を聞く内に現状の深刻さを認識せざるを得なかった。
ハイドリヒ総統率いる民主ドイツ政府は、民族間の対立を激化させることで、我々を苦境に追い込もうとしている。
だが、我々にはそれに対する有効な対処方法が無い。
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