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怪力乱神を語る  作者: 鈴元
『妖結婚』
9/25

妖結婚 二十二から二十三

22―桂御園の企み―


 過書さんとの戦いを終えて私と葉子は下山する。

 私が自力でもぎとった勝利はない。

 どれも他人の手伝いがあって勝ったようなものだ。

 だからこの心に霧がかかったような感情はそのせいだと思いたい。

「なんや辛気臭い顔して。これで終わりなんやろ?」

「うん……そうなんだけどさ」

「咲良君、別にあいつらの計画邪魔したからってへこまんでエエで? 対立した以上お互いが幸せにっちゅうんはあんまないからな」

 お互いの考えなどが食い違って対立している以上ウィンウィンはそうそうないということだ。

 それは理解できる。

 私は葛葉さんを守るために行動した。彼女と桂御園が幸せになるというのを潰したくなかった。

 だから彼らに味方をしたし、葛葉さんを狙うユートピアを迎え撃った。

 そして成功した。それでいいんだ。

「ん? なんやこれ? 祠?」

「祠?」

 葉子が何かを蹴とばしてしまったらしい。

 それに目を向けてみれば桂御園の部屋に置いてあった祠だ。

 祠は山道にいくつも置いてある。

 ヘンゼルとグレーテルのパンクズのようだ。

「それ、桂御園が信仰してる神様の祠だよ。あめのびさいのかみとかいうの」

「なんやそれ、知らんな。それにあのボンクラのもんか……あらよっ」

 葉子は祠を置いてあった方とは反対側に投げ捨てた。

 そこまで嫌いなのか。

 にしてもなぜ桂御園の祠がここに置いてある。

 ……桂御園がここにいるのか?

「咲良君? どしたん? 帰るで」

「……葉子、先戻っておいてくれる?」

「別にかまんけど……この山にあのボンクラがおるんか?」

「かもしれないし色々さ、話したいこともある」

「……まぁ報告とかあるし、そうやね。まぁウチは先帰らしてもらうでお互いに顔合わさん方がエエからな」

 さっさと葉子は下山していく。

 恐らくどこかから神域に帰るのだろう。

 私は彼女の背中に気を付けてと言って、祠の列を見る。

 下山しながら祠を設置したとは考えにくいだろう。

 私は山を登っていく。疲れているためか足が少し重い。

 元々山登りをするタイプの人間でもない。

 山を登っていくと開けた場所に出た。木は切られ、野原のようになっている。

 そこの中心に桂御園がいた。祠を塔のように積み上げている。

 時間が時間なので葛葉さんはいない。しかし葛葉さんを入れた達磨は桂御園の足元に転がっている。

「こんな所で何をしてるの?」

「……式の準備だよ」

「そう。五山の送り火の準備かと思った」

「馬鹿言え。お前こそここでなにしてる」

「過書さんと戦ってきたんだよ」

 式の会場はこの山だったか。

 過書古市がもし適当ではなく意図してここにあの洋館を設置し隠れていたのならそれは桂御園の行動を読んでのことだっただろう。

 いや、過書古市は確実に桂御園がここで式を挙げると分かったうえでここにいたはずだ。

 山の中に入ってきた所を妖を用いて襲う。きっと彼ならばそういう風に罠をはるだろう。

「そうか。で、結果は?」

「勝った……んだと思う。彼は下りた」

「ならもっと晴れやかな顔をしてた方がいいぞ。負けたのかと思った」

「それはどうも。式の準備には祠で作った京都タワーが必要なの?」

「儀式には必要なものだ……そうか。恵美須屋」

「菊屋」

「……話の続きをしてやろう。俺の夢と式によってなにがなされるかをな」

 桂御園は最後に一つ残った祠を塔の一番上に置いた。

 なんともいびつな塔だ。強風が吹けば倒れてしまいそうなほど危うい。

 京都タワーよりピサの斜塔の方がお似合いかもしれない。

 繊細微妙なバランスで祠を積み上げたのは桂御園の腕前だろう。

「座れよ。あめのびさいのかみについてお前には語ったことがあるな」

 確か招待状を渡された時のことだ。

 聞き流していたからあまり覚えてはいないが。

「あめのびさいのかみについて、もう一度教えてやろう。あめのびさいのかみの伝説だ」

 あめのびさいのかみ、桂御園の頭の中に存在する神様。

 桂御園の創作神話だ。

 あめのびさいのかみという神は高天原にて多くの芸術品を生み出した。

 絵画をはじめ文筆、器楽に生活用品の設計に至るまで多くの物品を生み出したのだ。

 高天原において彼女は多くの芸術を生み出したが、彼女は決して満足しなかった。

 というのも流行の先端に立つ彼女が何を作っても神達は喜ぶ。

 トレンドは自由自在。彼女がこうだと思えばそうなる。誰よりも自由であるがゆえに不自由。

 あめのびさいのかみは芸術の境地に至り、一つのマンネリを迎えていたらしい。

 そこで現状打破のために選んだのは人の世に下りることだ。

 人の世ならば神とは違う目線で物を見てくれるだろうと。

 あめのびさいのかみが出会ったのは一人の男だ。誰にも理解されず山の中で暮らしていた。

 彼女がその男に興味を持ったのは男が絵を描いていたからだ。

「まぁ、あめのびさいのかみからすればナンセンスの塊だったろうよ」

「神様と人間じゃあ考え方が違うって?」

「そういうことだな」

 あめのびさいのかみは男の芸術を否定した。

 そしてお返しのように男もあめのびさいのかみの芸術を否定した。

 男の批判はあめのびさいのかみが高天原で望んでも得られなかったものだ。

 お互いへの批判はお互いへの原動力となった。

 男も会ったころとは比べ物にならないほど上達し、あめのびさいのかみも作品の構想がどんどんと浮かんできたらしい。

 ただ、お互いにお互いを認めつつも芸術性は決して合致しなかったらしいが。

 しかし何事にも終わりというものがある。人と女神の奇妙な縁は命という壁の前に断ち切られる。

 男は流行り病に倒れ、死んだ。あめのびさいのかみは男の死を見届け高天原に帰っていったという。

「ここまでがお前に話したことだ」

「あぁ、そうだね」

 全く覚えていなかった。

 おさらいがなければ死ぬまで思い出すこともなかったかもしれない。

「だが、続きがある。それが本題だ」

「続き? あめのびさいのかみが高天原に帰ってからってこと?」

「いや、男が死ぬときのことだよ。心残りが男にはあった」

 病に伏せた男の心残り、それは完成していない絵画のことらしい。

 長い年月をかけて作っていく絵だ。

 あめのびさいのかみと出会う以前からそれを彼は描き続けていた。

 ほぼ完成していると思われた作品だが男はまだ何かが足りないと悩んでいた。

 寝ても覚めてもそのことばかりが気がかりで、絵と向き合っては何が足りないのかとうんうん悩んでいた。

 いよいよ死の足音が近づいてきたある日、男は死人に片足を突っ込んだような状態でいた。

 あめのびさいのかみには死の感覚というものが分からず、ただ静かに男を見つめている。

 男とあめのびさいのかみの目が合った時、男に電流走る。

 ついに絵が完成すると筆をとったが目はかすみ手は震える。

 いつも欠かさず書く準備をしていたというのに体の限界が立ちふさがる。

 待ち望んだ好機が目の前にあるのに目的を達成できない。

 今までずっと悩んでいたのだ完成させるために時間を費やしてきたのだ、しかし無理なのだ。

 もう駄目だと男が思った時、あめのびさいのかみが動いた。

 男の手を取り、はげましの言葉をかけた。

 きっと女神の加護だったのだろう。男はなんとか絵を完成させた。

 喜ぶあめのびさいのかみ。それはたった一度だけの賞賛だ。

 決して男の芸術と相いれなかったあめのびさいのかみ、しかし男の芸術の完成を心から喜んだ。

 しかし限界に達した男はすでに死んでおり、完成した絵を見たのはあめのびさいのかみだけだったという。

「その後、あめのびさいのかみは男の絵を高天原に持ち帰り、以前にもまして芸術に精を出したとのことだ」

「……そう」

「なぁ飴屋。俺はあの男になろうと思っている」

「……葛葉さんがあめのびさいのかみに近づき、君があの男になる。それで夢が叶うってこと?」

「あぁ、その通り。芸術の神の助けを得て男は作品を完成させた。そして俺もまた俺の作品を完成させる。俺はな、世界をキャンパスにして究極の芸術を完成させる」

 子供のように目を輝かせる桂御園。

 こいつは芸術とあめのびさいのかみの話の時だけはそんな目をする。

 私には自分で作った神話にのめり込み、それを芸術として発散する気持ちは分からない。

 しかし聞かなければいけないこともある。

「具体的にどうするつもりなの?」

「そうだな……まずはこの街並みを変えて見せよう。ここはあまり背の高い建造物が多くないから大型のものは栄えないからな。赤々と燃える火をそこらに撒けばどうか。夜になればネオンの光よりも美しいぞ」

「……」

「繁華街が身近にないのがつらいところだ。電気の光と炎の明るさがかち合えばなかなかのものだと思うがね。そうだ、化け物を配置しよう。京都タワーに上るがしゃどくろも一興だ。どこぞのゴリラのようかな? だが京都タワーをがしゃどくろが飲み込むんだ文句は言わせんよ」

「桂御園。お前、本気で言ってるのか?」

「本気で言っているとも。俺はそうそう冗談を言わん性質だ」

「変人だ変人だとも思っていたけれど、そこまでいくとちょっと問題があるよ。大体そんなことが出来るはずがないんだ」

「出来るさ。そのためのあめのびさいのかみだ」

 何を言っているのだろうか。

 あめのびさいのかみなど存在しないのだ。

 こいつが考えた創作神話だ。頭の中にだけいる存在。

 過書古市のいうただの水晶玉の怨念である葛葉さんを自身の考えた神の分霊だというのは勝手だ。

 それで葛葉さんが満足しているのなら私は文句を言わない。

 今話している妄言も止める権利はない。

 だがなぜ桂御園はこんな冗談じみたことを本当のことだと言い切れる?

 頭になにか問題があるのかもしれないと思われても文句は言えない。

「お前だけが見られる景色だ。式に出席するお前だけが俺の作る芸術を見られる。他の奴らはみんな俺のキャンバスの上で芸術品の一部になる」

「阿呆! あめのびさいのかみも何も、お前の頭の中の事だろう。起きるはずがないんだよ」

「はは……分からんだろうなぁ。お前にはまだ。葛葉の力の高まりも、俺の創作意欲の沸き上がりもな」

「……分からなくてもいい」

「分かってもらわねば困る。といっても信じられないのも事実だ。待っておけよ。それが嘘じゃないと証明してやるよ」

「分かってたまるか」

「……お前も俺の芸術を理解しないのか? いや、そんなことはないだろう。多分、おそらくな」

「桂御園……お前、大丈夫なのか?」

 もはやこいつの言葉は変人として扱ってもいいのかどうかも分からないレベルだ。

 妄想が妄執に進化している。

「俺は大丈夫だ。まぁ安心しろよ。俺の言葉が真実だとわかる。お前に新しい芸術の形を見せてやるよ」

 桂御園のいやらしい笑いが私の目に焼き付く。

 私はとんでもない人間の味方をしていたのかもしれない。

 桂御園に気を付けておくといいという過書さんの言葉は私にとっては遅すぎた忠告だ。

 だって私は全ての勝負に勝ってしまったのだから。

 うまくいきずぎたのだ。


23―私のスタンス―


 桂御園との会話の後、私はまるで抜け殻のような気持ちだった。

 あいつの妄想と言い切ってしまってもよかったがどうしてもそれが出来なかった。

 桂御園と葛葉さんが真に愛し合っているのなら私はそれを応援したかった。

 葉子と私だって立派に友達だ。妖と人間が普通に関係を築き、時には夫婦となるのもいいだろう。

 だから二人の仲が良いものであればいいと本気で思ったのだ。

 子供っぽい理由だったがそれでも全力で頑張っていたはずだ。

「今日はよく飲むねぇ」

「……ヤケ酒だよ」

「自分で言う余裕があるなら大丈夫かなぁ」

 桂御園の計画が嘘か本当かはその日にならねばわからないことではあるが、ショックだったのは確かだ。

 ただ約束は果たしたので自由の身だ。のんびりと読書にふけようとしても駄目である。

 いまいち集中しきれない。

 音楽を聴いてみるがいまいち耳に入っているんだか入っていないんだか。

 そんな私を外に連れ出したのは雁金空也だ。

 外といっても彼女の自室で酒盛りの相手をしているのだが。

「……あーなんかもーやんなるなー空也」

「慰めて欲しいのかい?」

「そーゆーわけでもないけど」

 慰めて欲しいわけではない。

 ならどうして欲しいのだろうか。

「安心が欲しい」

 そうだ。安心がいい。実は桂御園が言ったことは性質の悪い冗談で、彼らは至極まっとうに挙式を上げて終わると信じたい。

 私は私のやるべきことをした。その結果こうなったのはもう仕方がない。

 だから決して悪い事にはならないのだと安心がしたい。

 空也が何かしたところで、何一つこの嫌な感情の打消しが出来ないのではないか?

「そりゃ無理だなぁ」

「だよね」

 へらりと笑う空也に釣られて笑う。

 別にこの顔で安心するわけでもないが、それはそれだ。

 日常にブレを直していると思えばいい。

 流石に少し飲みすぎかもしれない。私はテーブルの上の水に手を伸ばした。

 机の上にはお疲れ様の意味も込めて空也が色々用意してくれていた。

 大体酒のつまみの類だが。

 そもそも空也は能力の反動で食事をしなくとも生きていける。好きなものを食べるために料理の能力があるんだろう。

 私が水を飲んでいると、チャイムの音が鳴った。

 誰だろうか。宅配便だろうか。

「あー……上がってー」

 空也が応対する。ラフな感じの話し方だ。

 知り合いか? それとも友人か何かか? 私がいるのにか……と思ったあたりで、少し嫌な予感がした。

 そしてそれは予感では終わらなかった。

「どうも。おじゃまします」

「あー菊屋いる。ま、いっか」

「あれぇ菊屋ちゃん。どうしたんすか?」

 なぜユートピアの面々がここに来る。

 いや、来るにしてもなぜこのタイミングだ。

 お礼参りか何かか? 私の酔いは完全に覚めていた。

 どうするべきか。分からないが私はとにかくベランダの方に逃げていく。

「動かないで」

 私を言葉で制したのは若王子さんだ。

 彼女に次はない。次は言葉ではなく実力で制する。

 相生さんの首根っこを掴み上げる彼女の姿がそう語っていた。

「菊屋君。なにも逃げることないじゃない? 私達はもう桂御園の件から下りているし、あなたに恨みもないんだから。ね?」

 にっこり笑った若王子さん。

 安心させようと思って笑っているのであればまず相生さんを下ろしてからだろう。

 ユートピアの面々が来たのは空也が呼び出したかららしい。

 今回の問題で私とユートピアは敵対し、空也自身も私をサポートする形で私とユートピアの戦いに関与していた。

 ただ敵対といってもお互いを憎みあっていた訳では無い。

 お互いのしたいことがかち合っただけなのだ。

「今回は私のわがままでしっちゃかめっちゃかさせちゃったしさぁ、それも謝りたかったんだけどぉ」

「別に僕に謝られても……」

 私の側につくことで空也はユートピアと敵対したのだから今後が少し心配だ。

 今日彼らが呼び出しに応じてくれているとはいえ、この事がなにか悪い事の呼び水にならなければいいが。

「あたし達もそういうのはいいです。油断して負けたのは確かですし」

「神様出してくるとは思わなかったっすけど。ちゅうか、はーちゃん教えてくれてもよかったのに」

「敗軍の将は兵について語らずよ。雁金先輩から口止めもされてたし」

 その辺りも空也の根回しだったのだろう。

 それにしてもついこの前まで敵対していた人間と酒を飲んでいるのは不思議な気分である。

 若王子さんは二度目であるが。

「あぁでも、僕自身は謝りたいな。あなた達は依頼を受けて動いてるわけだし、それを邪魔したのは……」

「だから、別にいいっすよ」

「いや、だけど桂御園の計画が本当なら大変な事ですし」

「桂御園の計画? なんすかそれ」

「え?」

 知らないのか?

 私はてっきり私だけが知らないものだと思っていた。

 というか、過書さんが知らないのか? 彼は桂御園の情報も集めていると思っていたが。

「集めてたっすけど、ただの悪霊退治だから計画なんてあんのかどうかって」

「羽彩さーん。なんかさ」

「そうね。確認しなきゃいけないわ」

 基本的に物事は一方の面だけを見ることになる。

 私であれば桂御園の味方をすることで得られることがあり、ユートピアだけが得られるものというのもある。

 今回私が珍しくお互いの面を見られたのは空也がユートピアと私を引き合わせたからだ。

 酒盛りは中断され情報の整理を行うこととなった。

 私はあめのびさいのかみや桂御園の計画などを話した。

「あめのびさいのかみっすか。変なもん考えたっすね。それに神霊は無限に分けられるから分霊でも一分の一スケールっすよ」

「古市だって似たような事するじゃない」

「流石に神様は作れないっすよ」

「まさかあめのびさいのかみについても知らないとは……」

「まぁ、そもそも俺らはそんなの作ってるとは思わなかったっすから。どっちかっつーと桂御園の方に興味があったぐらいで」

「桂御園に?」

「俺らが受けた依頼はお祓い。それってすごく簡単な仕事で、本来は俺ら三人もいらないんすよ。だけど引っかかることがあったんで」

 それが桂御園とのことであった。

 私は折部寮の住人であり多少なりとも桂御園信太という人間についての話を知っている。

 だが彼らは今回の一件が起こるまで桂御園を知らなかったらしい。

 桂御園は大学全体では別に有名人ではないということなのだろうが、それに私はすこし驚いた。

「そうね。だからあたし達は桂御園信太って人間を菊屋君ほど変人とは思っていなかったわ。依頼人の北斗さんの言葉から聞いた印象だと割と礼儀正しいって感じだったし」

「礼儀正しい? あの桂御園がですか?」

 芸術家、宗教家、変人、桂御園と礼儀の正しさというのは彼の普段の態度を思い出してもつながらない。

 態度が大きかったりという方が正しい気がする。

 私はしばらく考えたのち、そうかと納得した。

「確か桂御園のギター演奏とかを話し合いで解決したって」

 折部寮は自治寮である。住民との話し合いで色々と決めることが主だ。

 部屋の中でのトラブルは同部屋の住民の話し合いで解決する。

 桂御園と心を交わし、同居人と桂御園を繋ぐ存在だと思っていたがそうではない。

 北斗南次郎自体はいたって普通の人間だったのだ。

「今まで話が通じていた桂御園と話が通じない、だから彼はユートピアまで来たのよ」

「まさか……」

 信じられない。

 祠を寮の外や廊下に設置し続けるアコースティックギター男なのに。

「引っ掛かりっつーんはそこっすよ。なんで今まで話が通じてたやつが通じなくなるんかってこと」

「葛葉さんがいるおかげで計画が遂行できるようになって気が大きくなったとか……」

「んー。それはそれで引っかかるんすよねぇ。神霊クラスの力持ってるのに依頼人は何の被害も被ってないし、他に桂御園がらみで心霊現象に見舞われた奴もいない。俺らが桂御園の部屋に行った時に見た妖はどうみても低級な感じだったし……」

「桂御園の計画を遂行するだけの妖ではないのよ」

「え、なんで?」

 考え込む私達に声をかけたのはベッドの上で横になっていた相生さんである。

「初。いきなりどうしたの」

「低級な妖でも強くする方法があるじゃん。というか、過書が一番詳しいでしょーそういうのー」

「うーちゃん。マジに言ってる?」

「妖は人によって生み出される。人に語られることで妖はその姿を変える。とーぜんのことじゃん」

「神霊クラスってなったら話は別っすよ。そりゃあ桂御園が作ってた祠とかいうんがあれば、信仰心の足しになるかもしんないすけど」

 神霊と妖の違いというのはつまりどういうあり方なのかということだ。

 妖は語られる。神は崇められる。

 人間から向けられる感情が神と妖の間に差があるのだ。

 だが、葛葉さんは神霊ではない。そうだ、神霊ではない。

「違う。葛葉さんは神霊じゃない。神のようなものだ。桂御園が僕にそう教えてくれました」

「……じゃー決まりじゃん。神様にはなれないけど、祠で信仰心水増しすれば神様に近い存在ならなれるよー」

「それにしても普通だったらそこまでいかないっすよ……」

 たった一人の人間がただの妖をそこまで引き上げてしまえるというのは恐ろしいことだ。

 地面に落ちていたなんでもない石ころに一億の価値を付けさせるようなものである。

 彼の執着心がそこまでさせているのか。

 式を挙げれば本当に葛葉さんは神霊並みになれるかもしれない。

 ただこれだけでは桂御園が急変した理由がいまいちわからない。

「……桂御園ってあなた達が調べた感じ、どういう人間なんですか」

 正直知りたいところだ。彼が元々気が大きいのであれば、本性を現したと言えるだろう。

 私の知っている桂御園はあの変人の桂御園だ。

 天地がひっくり返っても自分は自分を貫きそうなイメージがある。

 それにあの時に見た桂御園の顔と声が頭から離れない。

「桂御園信太って男を調べた結果ってのは多分あいつにとって知られたくない事かも知んないっすね」

「それはなんで」

「なんでって、大学デビューってのがばれるからっすよ」

「……は?」

「桂御園は大学デビューっすよ」

 過書古市が妖などを使い調べた結果、桂御園信太の人生は彼の持つ雰囲気とは離れたものであることが分かった。

 桂御園は良家の出身らしい。

 大企業の社長である父と兄と姉が一人ずつ。

 幼少期の彼は活発な兄姉とは違い、物静かで目立たず誰かの後ろに隠れているような子供であった。

 愛のある生活をしていたかもしれないが兄や姉と比較されることはしょっちゅうのことだっただろう。

 そんな桂御園の人生に一つ目の転機が訪れた。母方の祖父との出会いだ。

 祖父は絵を描くことに心血を注いでいた。曰く桂御園の祖父は芸術家であったらしい。

 桂御園は祖父の絵に憧れ、自分も祖父と同じようになりたいと思った。

 母はそんな祖父とあまり折り合いが良くなかったらしい。

 芸術家という職ゆえに色々と苦労もさせたのだろう。

 だからというべきか桂御園の祖父と同じようになりたいという願いは否定されることとなる。

 桂御園は抵抗した。自己主張の得意でなかった幼少期からは考えられないほどに抵抗した。

 彼は自分が掴んだ夢のために進もうとした。

 だがそれは許されなかった。

 桂御園が芸術大学ではなくウチの大学に入ったのは母親がここに入れとレールを敷いたからかららしい。

 無理やり選ばされた道とはいえ、桂御園は二浪の後に国立大学に入っているのだから頭は良かったのかもしれない。

 しかしこれによって桂御園は母との間に溝を作り、一方的に家を離れたらしい。

 ここまでが桂御園がたどった道。ではなぜ桂御園が大学デビューしたかという話になる。

 その理由を私はすでに知っていた。

 『センセーショナルな一面無くして注目無し』桂御園が私に言ったことだ。

 芸術家としての桂御園のキャラクター。人の注目を集めるための奇抜性。

 なぜそこにたどり着いたかは謎だが多分桂御園のいっぱいいっぱいだったのかもしれない。

「桂御園がそんな奴だったなんて……」

「まぁ、大学デビュー辺りは予想が強いっすけどね」

 予想外だ。桂御園の家庭環境など考えつかなかったが。

 それにしても桂御園についてここまで調べた過書古市という男も恐ろしい。

 ユートピアの中で最も敵に回すと面倒な相手という空也の評は間違いではない。

「それらを踏まえてあたし達ユートピアが出した結論は『その妖が桂御園になにか影響を与えている』」

 そういえば若王子さんは目的を問われて葛葉さんの殺害の他に、桂御園をシバくと言っていた。

 あれは冗談ではなく彼女なりに彼に何かしてやろうと思っていたのかもしれない。

「いえ、あれは純粋に態度が気に食わなくてシバきたかっただけよ」

 優しいところがあるのかと思ったら野蛮なところが露呈しただけだった。

 確かに霊に取り憑かれれば性格も多少変わりそうなものである。

 しかしそれが真実であれば葛葉さんは人に害をなす悪霊ということになる。

 それもまた信じ難いことである。

 あの繊細そうで儚そうな女性が悪霊などと。

「あー少年。ちょっといい?」

「なに?」

「桂御園君から電話ぁ」

「え、桂御園の連絡先知ってるの?」

 だいたい空也はいつのまに桂御園と連絡先を交換していたんだ。

 護衛する相手なのだから不思議なことではないが。私は桂御園と連絡先を交換していないのに。

「もしもし」

「俺だ」

 なんだその挨拶は貴様。もしもしと言ったらもしもしと返す。それに自分の名を名乗ると習わなかったのか。

 本当にこの男は良家の出なのか? やはり信じがたい。

「今どこにいる。寮か?」

「空也の部屋だよ」

「そうか。少しずれたな。外を見てみろ。あぁ、ベランダとかに出る方がいい」

 面倒だが拒む理由もなく私はベランダに出て外を見てみた。

「マジか」

 私は顔を覆いたくなる。それと同時に安心を得た。

 桂御園が言った事は冗談でも何でもないと証明されたのだから。

 目の前に現れたのは巨大な妖。

 がしゃどくろだ。

 ゆっくりと立ち上がりこちらに向かっている。

「これはなんの真似?」

「前夜祭でもしようと思ってな。葛葉の能力の試運転だよ」

「葛葉さんの……? まだ丑三つ時じゃない」

「力の高まりを感じるよ。葛葉はより強くなっている。怪物一体くらいならこの時間でもこれこの通り」

 がしゃどくろが手を伸ばす。

 私に向かって大きな骨の手がやって来る。

 逃げねばならない。

 だが後ろに下がったところで逃げ切るれるのか?

 それに背後には若王子さん達がいる。

 いや、彼女達は大丈夫かもしれないが部屋が無事では済まない。

「菊屋君。頭を豆腐みたいに砕かれたくなかったら床に伏せて」

 若王子さんの声だ。

 私は寝転ぶように床の上に這いつくばった。

 若王子さんはなにかをがしゃどくろに投げつけた。

 ピーナッツだ。空也が酒のつまみに用意した物である。

 まるで豆でもまくかのように投げられるピーナッツ。

 着弾。そう呼ぶのがふさわしい。

 散弾のような威力でピーナッツがぶつかり、がしゃどくろの顔面半分が吹き飛んだ。

「初」

「うーい、よっと」

 相生さんが糸を繰り出し、がしゃどくろの首に巻き付ける。

 それを若王子さんが掴んで下がろうとした敵の動きを止める。

 犬の首に巻き付けたリードを握っているような雰囲気で巨大な敵の動きを止めている。

「じゃあシメは俺っすね。どれにしようかなぁ」

 過書さんが懐から出したのは和紙の束だ。

 それをペラペラめくり一枚ちぎって宙に投げた。

 あの洋館で見た光景だ。

 ふわりふわりとベランダから外に出た紙から現れたのは巨大なゴリラのような姿。

「ビックフットとあんたのどっちが強いか勝負っすよ」

 勝負は一瞬であった。

 大木を思わせるビックフットの腕ががしゃどくろの首にめり込んだ。強烈なラリアットである。

 首は砕け頭と体は分離される。圧倒的だ。助けてもらったのになんではあるが彼らの強さが恐ろしい。

「今のはなんのつもりだ桂御園!」

「お前を俺の所まで招待しようとしただけだよ。それよりもそこにお前と雁金以外に誰かいるのか?」

「ユートピアの人達がいる」

「あ? ユートピアだと? お前寝返ったのか」

「違う。なぁ桂御園、これはつまりそういうことなんだね?」

 君の計画は冗談でもなんでもないと、今この場で示してみせたのだろう?

 私の言葉に桂御園は笑いながら答えた。

「もちろんだ。俺は初めから本気だよ」

「そうか。安心したよ」

 これで私は自分がどう進みたいか決まった。

 私は桂御園に感謝すらした。

 お前の言葉が嘘か本当か、それは重要な事だ。それが今わかった。もやもやは消え去った。

「僕は君を看過出来ない。だから君を止めるよ」

「……正気かお前?」

「そっくりそのままその言葉返してやるよ」

「残念だ菊屋、君も俺の理解者になれなかったのだな」

「……そうだね」

「ふん。だったらなぜ俺を助けた。分からん男だよ」

 通話が終わる。桂御園の声が響く。不安はある。だが恐怖はない。

 私がひっかきまわした事件だ。私の手で決着をつけたい。

「空也。返す」

「ん。ありがと。終わった?」

「ううん。まだ終わりじゃないよ」

 やりたいことがまだあるんだ。

 私は空也やユートピアの方々に会釈をして部屋を出た。

 とりあえずは忘れ物を確認しに行かねばならない。

 私の足は寮へと向かっていた。

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