妖結婚 十三から十五
13―お願い、雁金空也―
「頼む空也。助けて欲しい」
空也の側で正座をしながら頼み込んだのはあの後解散し空也の住む部屋に連れていかれた時だ。
飲みの約束をすぐに決行に移された。
部屋の床を埋め尽くさんと転がる酒の数々。全て空也が飲んだものだ。
「計画性なく言っちゃったんだぁ~ダメだなぁ少年。あんな事まで言っといてぇ」
「あ、あのままだったら桂御園は引き下がらないと思って……」
「素直じゃないなぁ少年は。嬉しかったんだろぉ? 自分宛に招待状を用意してくれたのとかさ」
にやにやと嫌らしい笑いだ。
「それともぉ、あの葛葉ちゃんって娘に惚れちゃったの?」
「それはもっと違う! 僕は、その、葉子と今いい仲を築けている。だから……桂御園もそうなって欲しいと思っただけだ!」
「少年。うちマンションだからさ、隣のお部屋の迷惑になることやめようよぉ」
「空也……」
「そぉんなに見つめないでぇ。いいよ、手伝ってあげる。お姉ちゃんに感謝しろよぉ」
「え、いいの?」
意外だ。正直いってしてもらえるとは思っていなかったのだ。
ダメもとであったがこれは僥倖だ。
しかし大丈夫なのだろうか。なにか取引を持ちかけられたりしそうではある。
まだ笑うな、私。
「桂御園の時とはえらい違いだね」
「あの子はユートピアから狙われてる標的だからね。でも、少年は桂御園君じゃないからね」
「屁理屈っぽくないか」
「屁理屈も理屈のうちだよぉ。それに、少年を助けるのは私にとって都合がいい」
「?」
都合がいいとはどういうことだ。
私とユートピアが衝突して空也が得をするのか。
こうもりにでもなって二つの陣営相手に取引すれば得をするかもしれないが、そういうことをする人間ではない。
「はっきり言って私の後輩は強い。多分勝てる人間なんてそうそういないよぉ」
「まぁ、それは否定しないけど……」
否定できない。若王子さんだけでも恐ろしい。
相生さんも人並み以上の力を持っているし、過書さんは……特になにもしてなかった。
あの人も葛葉さんを狙ってきたはずだと思うが、本当に何もせずに帰っていった。
「あの子達にぃ経験積んで欲しいんだけどねぇ。苦労を知らない若者なんだなぁ……お姉ちゃん、悲しいぞぉ」
「僕がユートピアと衝突するとそれが経験になる?」
「そうだよぉ」
「でもそれ僕がすぐに負けちゃったら意味ないんじゃ……」
「んー? そうならないようにお姉ちゃんがサポートしちゃうぜぇ」
心強さがある一方で心配だ。
空也のサポートやアドバイスは私にとって有益なものになるだろう。
しかしそれを受けたとしても勝てるかどうか分からないのだから。
優秀なアドバイザーがいてもハンターが素人では虎を狩りそこなうかもしれない。
「済ませられるなら交渉でもいいんだけどねぇ。まぁ十中八九殴り合いになるからさぁ」
出来ればこちらも荒事は避けたいがあの日のことを思い出すとそううまくはいかないのだろう。
敵対とみなせば即攻撃だ。
彼女達は他の現場でもああいう感じなんだろうか。
「……ごめんよぉ」
「なにが」
「多分、すごくつらい思いをすると思うからさぁ……君は優しいしぃ……だから誰かを傷つけることが少年自身を傷つけるんじゃないかって」
そんなことはないとは言えない。
喧嘩の経験はあまりない。ただ人を殴って気持ちよくなれるかと言ったら答えは否だ。
心が痛むかはやってみないと分からないが。
「無責任だけどさぁ頑張ってねぇ。少年」
「出来るだけのことはやるよ」
「死なないでねぇ。少年」
「不吉な事言うなよ」
「あはは。少年、大丈夫だよ。殺すつもりは向こうもないからさぁ」
殺す気満々で来てたら退魔サークルではなく殺し屋集団だろう。
その言葉が嘘にならないことを祈ろう。
それと空也が酒の飲み過ぎで途中で寝てしまうことを祈ろう。
14―作戦会議―
結局空也と朝までコースだった。
日が昇り、朝食をとったら作戦会議が始まった。
無論、対ユートピアのためのものである。
「そういえばあの三人がいっぺんに来たら空也のアドバイスがあっても勝てないんじゃないの」
空也の飲んだ缶やら瓶やらをゴミ袋に詰める。
まるで酒屋でもやるのかという種類と量だ。
「ん? んー多分、それはないかなぁ」
「この間は三人纏めてきたけど」
「んはははは。そうだったね。まぁそこは何とかするよ。ならなくてもなんとかするかんねぇ」
先行き不安だ。私が言い出したことに付き合ってもらっているわけで、あまり大きなことは言えないのだが。
「大丈夫大丈夫。そこんとこ、気にしないでいいよぉ。あ、少年お酒新しいの取ってぇ」
「……もうないよ」
「えぇっ。マジかよぉ。テンション下がるぅ……」
「また買ってくるから、話続けてもらえるかな」
「じゃあ若王子ちゃんの話しよっかぁ。若王子ちゃんから倒していくのがベストだからね」
若王子さんの拳を思い出す。
鈍く重い痛み。口から内臓が飛び出るかと思った。
あれをもう一度食らうと思ったらぞっとする。
「少年ビビるなよぉ」
「空也がベストって言うならベストだと思うけど……なんで若王子さんなの?」
「一番強いからねぇ、若王子ちゃん倒したら後はなんとかなりそうだねぇ。それにあの子だけがぁ他の子のピンチに駆けつけてきそうだし」
やはりと言うべきか彼女が一番強いらしい。
「私とおんなじくらい強い」
今さらっと自分も一番強いと自己主張する空也だ。
強さ、という面で見れば空也が若王子さんと並ぶ存在とは思えないのだ。
「あ、今疑わしいって思ったろぉ。やめてよねぇお姉ちゃんには君もまだ知らない魅力があるんだぞぉ」
「思ってないよ」
ここはそう言っておこう。
「そう? そうかそうか、じゃあいいんだよう。若王子ちゃんは強い。霊能力も彼女自身もね。彼女の能力は『強化』なんだ。彼女はいつだって『私の考えた最強の私』って存在になれるんだよ」
「最強の私」
「そうだねぇ。ゲームでならレベルもステータスも全部カウンターストップ。五段階評価でオール十って感じ」
「十だったら五段階を超えてるよ」
「そう。超えるんだなぁ。地球上にいるどんな動物も建物も機械も全部全部指先一つでダウンさせる。それが若王子羽彩ちゃんなんだよ」
若王子羽彩、『強化』の霊能力者。
曰く彼女の力は足し算ではなくかけ算らしい。
つまり一たす一ではなく一かける百の能力者。
「さて少年。ここまでは彼女の霊能力の話。じゃあ反動の話するねぇ」
反動。私であれば人に記憶されないということ。それと暗示などにかかりやすい体質だ。
若王子さんほどの能力ならばその反動も凄そうだ。
なるほどそこを突いていけば若王子さんに勝てるかもしれない。
「自分の力を百倍にするのが彼女の霊能力。Xかける百の答えをより大きくするために必要なのはぁ……Xの数をおっきくすることだよねぇ? 若王子ちゃんの体はより自分の 霊能力を強力にするためにぃ、成長しちゃったんだぁ。彼女の意志に関係なくねぇ」
それから空也が私に聞かせたことは耳をふさぎたくなるようなことだ。
これからそんな化け物と戦うのかと思うと気持ちが落ち込む。
Xの数を大きくする。それはつまり彼女の体自体がもはや一般人とはかけ離れる力を持つということ。
百メートル走七秒台。フルマラソン一時間足らず。水泳百メートル二十秒代後半。走り幅跳び十メートル。ベンチプレス三百キロオーバー。
これらはまだ一部である。非公式記録ではあるが世界記録に登録されるものばかりだ。
この基礎力に加えてさらなる強化を加えられる。昨日の時点で彼女は自分の能力を使っていなかっただろう。
もっと怖いのはその力を自由自在にコントロールし一般人同様の生活を送っていることだが。
「じゃあそれ弱点ないんじゃないのか」
「んー霊能力を使うと反動で体に負担がかかる」
霊能力がなくても勝てそうにない。その上デメリットもデメリットといっていいものなのか。
「で……対策とかは」
「んーそもそも勝負しないのが正解?」
「対策もくそもないじゃないか」
「あははは。怒るなよぉ。私だって考えてるんだからさぁ。でもさぁ勝負事でぇ羽彩ちゃんに挑むのはねぇ……油断してても強いんだもんなぁ」
「横綱相撲では勝てないか……」
「お、少年難しい言葉知ってるねぇ」
勝負事では勝てない。この戦いにルールはない。空也が色々と手を回してくれたとしてもだ。
直接ユートピアの妨害は出来ないはずなのだから、なにか相手に制限をかけて立ち回ることもできない。
彼女の能力が及ばない勝負というのがあるのだろうか。彼女の逸話は身体能力に関するものが多かった。
であれば頭脳戦か? だが頭脳を引き上げてしまえるとしたら? 将棋でもして葛葉さんや桂御園さんを狙わないようにと願うのか?
どれも決定的ではない。私は頭痛がしてきた。空也の酒気に当てられたのかもしれない。
人類最強になれるような敵とまともに戦えるかどうかも怪しい。
「あ、少年。免許持ってる?」
「急になんだ……原付なら持ってるけど」
「あー原付かぁ。せめて普通二輪ならなぁ。ほらぁ若王子ちゃん普通に四十キロ五十キロぐらいで走るからさぁなるべく速いスピードで逃げられるのがいいなぁって」
逃げる前提であることが不安感をさらに煽る。しかし真っ正面からでは勝てないだろう。
本当にどうするべきか。
「……空也。原付じゃ勝てないよね?」
「難しいねぇ。霊能力使えば車も追い越せるしぃ、原付ぐらいなら霊能力使わなくても追いつかれるかもぉ」
「でも走るよりはマシだよね?」
「そりゃあ当然。あーでも少年なら霊能力で原付並みの速度出せるかなぁ……他の事で霊能力使えなくなるけどぉ」
「……そうか。空也、ちょっと案があるんだけど聞いてもらってもいい?」
「ん? いいよ。聞こうじゃないか少年」
私は彼女に耳打ちをした。
これが駄目ならまた私の頭痛が酷くなるだろうと思いつつだ。
「……へぇ。うぇへへ。少年、結構イイ線かもよぉ」
「……よかった」
どうやらいけそうだ。うまくハマってくれればいいが。
15―理由―
案を提案した後、私が空也に与えられた指示は休むことだ。
決していったん寝て落ち着けという意味ではない。体を休めて英気を養えということだ。
準備や根回し関係は空也がしてくれるらしい。
桂御園の招待状に丸をしたのが昨日の昼過ぎの話だったのであと六日。
それまでの間にあの三人を打倒せねばならない。
そう思うと心臓がどきどきと脈拍を上げ眠れなかった。
けれど体が疲れていたのだろう。しばらく気晴らしに空也と会話をしているうちに眠れていた。
いいことだ。私が目を覚ましたのは夕暮れ時。台所の方では料理をしているらしい音と共にいいにおいがしてくる。
空也が料理を作ってくれていたようだ。
「……」
「出来たぁ。少年起こしに行こう……って起きてるじゃん」
「おはよう……空也」
「おはよ。少年。いい夢見れたか?」
「何も見なかったよ。ベッド……貸してくれてありがとう」
「いいよ。初めて寝かせたわけじゃないんだからさ。自由に使っていいんだよ」
目をこするが眠気が消えない。苦痛だ。
それと喉も乾いた。冷房がずっときいていたからからだろうか。
ちくちくとした痛みが喉にへばりついている。
「少年。目が覚めたら言ってね。ご飯、少年の好きなハンバーグだよ」
「うん……」
「まだ眠いか。少年寝起きぱっちりじゃないの結構大変だねぇ」
「んー……あれ、素面か」
彼女の酒臭さが消えている。一日の大半を酔っぱらって暮らしているというのに。
「お酒買い足したんだけどね。なんだかいいかなって」
「空也、ちょっと目が覚めた」
そんなことがあるのだろうか。
この飲兵衛がそんなことをいうなど信じられない。
「普段は控えろって言うくせに控えたらそれなんだもんなー。少年ひどいぞ」
「ごめん……」
「謝んなくていいよ」
「空也はなんで桂御園……いや、葛葉さんを殺しに行かなかったの」
「私達ユートピアはね、自分の中でスタンスを決めるんだ。それに反する仕事はしない。今回はね、お祓いみたいな内容だったの。北斗南次郎。桂御園君の同室の男の子だよ。その子が依頼主」
北斗南次郎氏がユートピアに来るまで色々なことがあった。
きっかけは桂御園が夜な夜な存在しない女性と話しているのを目撃したからだ。
ギター演奏などは話し合いで解決したらしい。
桂御園と真正面から付き合い同部屋の人物と桂御園を繋ぐ存在だったらしい。
しかし見えないものとの逢瀬は流石に対処できないと思ったのかお祓いということでユートピアに依頼したそうだ。
「これは若王子ちゃんから聞いたことね。そもそも私は依頼しに来た時に私のスタンスと噛みあわないから遠慮したんだ」
「さっきも言ってたけどスタンスってなんなの?」
「活動するときに心がけること、自分が何のためにユートピアの一員として活動するかってことね。私は倒しちゃう目的の仕事は受けられない。それといくらスタンスが違うからって他の子の邪魔もしちゃダメだからさ」
「……若王子さんはどういうスタンスなの」
「妖を破壊するために活動してる。まぁ人間相手に本気になれない彼女が全力になれるのが妖退治なんだからしょうがない。彼女と戦える妖なんてそうそういないけど」
全力を出すために妖と対峙する若王子さん。
しかし妖でも相手がいないとしたら彼女は苦しんでいるのだろうか。
目的を達成しようとしても達成できないという苦しさがあるのだろうか。
「そっか……でも、安心したよ。僕、空也がああいう人達の仲間って聞いて、同じこと考えてるんじゃないかって不安だった」
「お姉ちゃんが少年の思うお姉ちゃんから離れちゃうんじゃないかって?」
「いや、そこまでではないけど……」
「そ。でも少年が傷つかなくて私は嬉しいよ。でも……」
「ん」
空也のデコピンがさく裂した。
あんまり痛くはない。少なくとも若王子さんの拳に比べれば。
「ああいう人って言わないで。あの子達もあの子達の考えがあるんだから」
「……ごめん」
「謝んなくていいよ。目、覚めた? ご飯食べようか?」
「ん、んー……そうだね。その前に顔を洗ってくるよ。それと水分補給」
「そっか。じゃあ準備しとくね……あ、少年。失敗したらお姉ちゃんの胸で泣いていいからね」
冗談ぽく笑って空也は私を抱きしめた。