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怪力乱神を語る  作者: 鈴元
『妖結婚』
4/25

妖結婚 十から十二

10―葉子―


「やぁ少年待ってたよぉ」

 私達が進むと森の中に古びた神社が現れる。

 木々の間から差し込む光が神社に当たる。

 手入れなどされている様子はない。

 今にも潰れそうでまさに廃神社とう感じだ。

 空也は地面に座り酒をあおる。

 地面には彼女の飲んだらしい酒瓶が逆さまに地面へと突き立てられていた。

「遅かったなぁ。お姉ちゃん寂しかったぞ。葉子ちゃんはお酒飲まないしさ、少年飲む?」

「いらない。葉子は?」

「ここ」

 空也が指さしたのは賽銭箱だ。

 まさかと思い駆け寄って中を見てみればそこで本を読んでいる者がいる。

 賽銭箱の中に手を入れるのを防ぐ桟はない。

 膝を胸にぴったりとくっつけている。

 そこまで箱入りにこだわる必要は無いだろう。

「なにしてる」

「読書」

「いやそうだけどさぁ」

「鍵屋、こいつは?」

「なんや咲良君改名したんか。それとそこの、お前こそ名前知らんわ」

「桂御園信太だ。お前こそ名前はなんだ」

「口のきき方きいつけえよ、ボケ」

 お賽銭などをする際に鈴を鳴らすだろう。

 参拝者を清めたりするらしいあれだ。

 葉子が本を閉じると高く吊られた鈴が桂御園の頭に落っこちた。

 鈴の音がする。桂御園も少しは清められただろう。

 けらけらと空也の笑う声が聞こえた。

「なにを⋯⋯」

「ウチの名前は葉子。この辺りを取り仕切る神様、玉藻の前の生まれ変わりの妖狐の葉子さんや」

「神様……? 玉藻の前だと。お前がか? 全くそうは見えんし、意味が分からん」

「あっそ。じゃあその体に教えたるわボンクラが」

 地面に落ちたはずの鈴が浮かび上がり餅つきでもするように一定のリズムで桂御園に落ちる。

 頭を抱えた桂御園は逃げ回るがモグラ叩きのように鈴は追い続ける。

 なんとも奇妙な光景だ。

 がらんがらんと何度も音がするがあの様子では清めるのには一年ぐらいかかるかもしれない。

 玉藻の前云々は冗談だ。彼女はそれが真実だと主張するが確かではない。

 だが神様というのは真実である。この廃神社周辺の空間を彼女は意のままに操れてしまう。

 それがこの場における神の権能らしい。

「そろそろやめてあげてくれよ」

「そうだよ葉子ちゃん。私達のしたい話、出来ないんだけど」

 空也は酒瓶片手に抱きついた。

 葉子にではない私にだ。なぜ私にしたのかは分からない。

 賽銭箱の葉子に抱きつけないから私にしたのか?

 空也を手で押してのけながら私は買い物袋を葉子に見せた。

「油揚げ。それでどうだ」

「しゃあないなあ。せーの」

 がらんと先ほどまでよりも大きな鈴の音。

 桂御園の方を見れば顔面に鈴を受けたらしく鼻を押える彼がいる。

「場所貸すために神様なったんちゃうでウチは」

「ごめん」

「ええよ。咲良君と空也ちゃんやし。でもそこのボケには要注意や。でないと今度はこの神社の下敷きにしたるさかいにな」

 がらがらと崩れる神社とその下敷きになることを想像してしまう。

 全身の骨が折れたような気分になりめまいがした。

 ともあれ、これで準備は整った。

 話さなければならない。我々のことを。そして空也にも聞きたいことがある。

 それらが終わった後に私は私がどうするかを考えるのだから。


11―私たち。そして君たち―


「霊能力者。僕達を表すのに一番いい言葉はそれだと思う」

 葉子のおしおきがこたえたのか不満気に座り空也の持ってきた酒を飲む桂御園。

 そしてその横で桂御園の持ってきた水晶玉内蔵達磨を興味深そうに撫でる空也。

 葉子は賽銭箱の中でまた読書を始めている。

 孤独だ。話しているのに誰も聞く態度を取ってくれていない。

 せめて桂御園は聞く態度を見せて欲しい。

 講義をする教授もこのような気分なのだろうか。

 私も講義を受ける態度を見直そう。

「つまり……そのだな……僕達と神様や化け物といった人ならざるものは別の世界に生きている」

 それを表すものがこの廃神社の空間だ。

 人の世に存在する神域である神社の境内ではなく、人の世ではない場所に存在するこの廃神社なのだ。

 なぜ私がこの世界を知り、そしてそこの住人である葉子と知り合ったのかは現在は伏す。

「行ったり来たりは出来る。だけど多くの人は神様や化け物、幽霊が見えない。それはなぜか?」

「そもそも来る数が少ないからか?」

「そうともいえるかもしれない。しかしそれは決定的じゃないんだよ。桂御園」

 だけど君が発言してくれて私はうれしい。

「であれば何が決定的な要因だ」

「それを今からいう。霊感だ」

 私達の共通点。霊感を持つこと。私と空也はもちろん、葛葉さんを認識できる桂御園もそうだ。

 そしてあのユートピアの面々も。

 霊感。霊的なものを感じる力。それが私達と人ではないものを繋ぐパイプ。

 霊感の強い弱いという概念は間違いではなく、実際に霊感が強ければ強いほど多くの霊を見ることが出来る。

 視力が良ければ夜空の星が多く見える、というのと同じだ。

 霊感が強ければ霊が多く見える。

「霊感を持つ者だけが怪力乱神を語るというわけだな?」

「そういうことだね。だよね?」

「うんうん。少年が覚えてくれて私は嬉しいぞ。忘れられてたら涙で枕濡らしちゃうなぁ」

 ここで空也とバトンタッチだ。

「さっきの少年の説明に補足すると人間誰しも霊感があるんだよね」

 私は一般人ではないのでその辺り理解が曖昧である。

「目の例えでいくなら、霊感がないとされてる人は視力がすごく悪い人だ。だけど、それって眼鏡やコンタクトで何とかなったりするだろ?」

 普段はぼんやりとしているものや極端にいえば見えていなかったものが見える。

 そういう瞬間が一般人にはあるらしく、心霊スポットで幽霊を見たという証言はそういう現象が裏にあるとのことだ。

「偉そうにそんなこと言ってるけどぉ、私は視力1.5だかんね。本当かはわかんないなあ。あはは」

 結局そういうオチだ。

 誰かを使って確かめるわけにもいかないところなのでしょうがないが。

「さてと私が紹介するのはねぇ、桂御園君が奇術と言ったあれこれだよ」

 手に持った酒瓶の中身を飲み干す。

 豪快だ。らしさで人をどうこういうのはどうかとは思うが女性らしさはない。

「葉子ちゃーん。ちょっとお願い」

 呼ばれた葉子が賽銭箱から出てきた。

 桂御園が嫌そうな顔をするのでまぁまぁと言ってなだめた。

 葉子を怒らせたのは桂御園だが制裁行為が行き過ぎていた気もする。

「葉子ちゃん、これで私を殴ってくれるかな?」

「ええで」

「いや僕は良くないが」

「俺はそれでそこのを殴りたい」

「なんやとお前こら、もっぺん神罰執行したろか」

 私は空也にそれはやめろと言いたかったのだがなぜか桂御園と葉子が睨み合う結果になってしまった。

 どういうことだろうか。

「えーなんだよう、じゃあ少年が私殴るの?」

「それは……嫌だけど」

「なら葉子ちゃんでいいじゃん、少年」

 へらへら笑う空也を見ていると私は少し心配になった。

 しかしあれこれ文句をつけても話は進まない。

 なので当然私が折れることになる。

「よいしょ」

 なんとも気楽な掛け声とともに空也の顔面に酒瓶が炸裂した。

 瓶が割れ破片が飛び散る。

 まるで一昔前の不良マンガのようだ。

 葉子は間髪入れずに二発目を叩き込む。

「ごめん。一発でいいよぉ葉子ちゃん。あ、振り上げないで」

 しかし葉子はそれを無視して三発目を加えた。

 多分桂御園へのフラストレーションが空也に向かっている。

 この青少年の育成に問題ありのショッキングな光景に私は目を覆った。

 私の育成に問題が生じたらどうする。桂御園は多分手遅れだ。

「あー髪に絡んじゃった」

「すまんな」

「雁首」

「雁金ね」

「お前、何故けろりとしている。というか傷一つないのはなんでだ」

 何度も酒瓶による攻撃を受けていながら空也は涼しい顔だ。

 その顔には桂御園の言うように傷一つない。

 それどころか髪に絡んだ破片を気にする始末だ。

「そんなことだろうと思ったがどういう原理だ」

「ははは。霊能力さ桂御園君。君が奇術と呼ぶものだよ」

 あぐらをかいた空也。

 地面に無造作に転がされてる手付かずの酒瓶を掴む。

「霊感は霊的なものを感じる力。だけどそれだけじゃないんだぁ。霊的なものに干渉する力、霊的な力を行使するのも霊感なのさ」

 空也はにやりと笑った。

 それからまた酒瓶に口をつける。せめてコップを使って欲しい。

 そもそもこの場にそれがないので無理な話なのだが。

「霊能力は人それぞれ。誰かと同じ能力にならない限り同じもの使えないんだ。特別な事情を除いてね」

「俺にも霊能力というのはあるのか」

「霊感がある以上ないとは言えないね。でも少年が言ってたガラパゴス人間である私達だから持ってるともいえる」

 霊能力は霊感が特に強い者が持っていることが多い。

 集団生活の中で周りとは違う強さの霊感を持ち、その上で霊能力まで行使できるレベルの人間は一般的でない。

 だからガラパゴス人間なのだ。

 霊感があるだけではガラパゴス人間とは言えない。霊能力があるからガラパゴス人間なのだ。

「大体その人の個性に合わせられてたりするんだ。もしかしたら霊感に引っ張られて個性があるのかもしれないけど」

「霊感に引っ張られる?」

「うん。霊能力があるなんて羨ましがる人もいるけど、これに苦しんでる人もいるんだよ」

 霊能力などなくても生きていける。これは私達に背負わされた荷物だ。

 私達が望んで背負っているものでもない。

 もしもこの荷物を背負わせた存在がいるのなら文句の一つでも言ってやりたい。

「少年は『変化する』のが能力だ。強力な自己暗示で自分や自分のモノの形、性質を変えてしまう」

 あの夜の人体発火はそれを使ったものである。

 私が感じていた暑さを体が燃えているから熱いんだと変換しただけだ。

「便利に思うかい? でもね、少年は誰にでもなれる代わりに誰でもなくなっちゃっんだ」

 はっきりいって私は影が薄いという範囲を超えて影が薄い。

 私に頼み事をした先輩は私の名前を覚えていない。

 あの折部寮の受付をしていた人間は何度も私を見ているはずなのに私が入居者だと気づかない。

 誰もが私と話した後にあいつは誰だったかと首を傾げる。

 もう二十年もそんな生活を続けている。ほとんどの人間が私を菊屋咲良と認識していない。

「少年に比べれば私の能力の反動なんて軽いもんさ。結構楽させてもらってるからね」

 笑いながら酒を飲む空也。

 私は私で彼女がそれなりの苦労をしているのを知っている。

「これにてお姉ちゃんと少年の講義おしまい」

 だから彼女はすごい人だなと思う。


12 ―聞き残したこと―


 いやまだおしまいではないと私がいったのはひと段落ついた時だ。

「どうしたのぉ? 少年」

「昨日の三人との関係を聞き忘れてたんだ」

「若王子ちゃんのこと?」

「そうだ」

 なにをまったりしているんだ私は。

「知りたい?」

「勿体ぶるなよ」

「どうしよっかなぁ〜」

「飲みでもなんでも付き合うから」

 私はそういってから自分の言葉が厄介なことになることに気づいた。

「言ったね少年? じゃあお姉ちゃんと朝までコースだからねぇ」

 しかし時すでに遅く空也に約束をとりつけられた。

 元々あまり酒は飲まないのだ。

 空也は無理に酒を飲ませることはないのでそこは安心ではある。

「簡単なことだよ、同じ大学の先輩後輩で、ユートピアの部長が私なんだ」

 予想できたことではあるが実際にそうだと少し驚いてしまう。

 退魔サークルユートピア。あの三人の仲間。

 しかし空也が彼らと同じとは信じたくはなかった。

 今まで見てきた空也と彼らの妖に対する接し方とか考え方は違うからだ。

「少年そんな悲しそうな顔するなよぉ。昨日は私だってギリギリの綱渡ったんだからさ」

「雁金」

「ん? どうしたの? 桂御園君」

「これをやろう」

「なにこれ?」

 招待状だ。

 私に渡した物と全く同じ。

 ご丁寧な封蝋付きの招待状。

「ありがとーね。結婚式、女の子喜ぶと思うよ。少なくとも私は幸せな結婚式をしたいしね」

「だが、それも出来るか分からない。お前のところの三人だ。そいつらが邪魔をする」

「んーそうだねぇ」

「だから手を貸せ。奴らの仲間なら色々と知っているだろう」

 桂御園もあの三人との衝突は避けたいようだ。

 常に自信満々の雰囲気だったが少しは落ち着いてモノを見ているのかもしれない。

 いやモノを頼む態度にしてはもうちょっと下手に出て欲しいものだ。

 私が頼まれた訳では無いのだけれど。

「無理だよぉ。さっきも言ったでしょ? 昨日はギリギリだったんだからぁ。私達の取り決めのグレーゾーン」

「結婚式までの間だけでいい。式が終われば俺が全て片付ける」

「君が起こした問題だろぉ。君を私が助けなきゃいけないってぇ、理由もないしぃ」

「……だがそれでも俺は葛葉と式を挙げねばならない」

「君が式にこだわるのにはさぁ君なりの理由があると思うけどさぁ、そこはダメ」

 私はポケットをまさぐってみる。

 空也がもらったものと同じ招待状。

 時間は少なかったろうによく用意したものだ。

 結婚式か。私にも縁のある話だといいのだが。

 私は自分の指を見つめる。

 爪が随分伸びている。こんなに鋭いと紙ぐらい切ってしまいそうだな。

 もはやこれは刃と呼んで差し支えないのでは?

「やめなよ桂御園。空也だって事情があるんだから」

 刃のように鋭い爪で封を切る。なるほど、招待状とはメッセージカードのようだ。

 式は……一週間後か。意外と近いな。

「金谷、なにをしているんだお前」

「僕はユートピアの面子の邪魔をしようとした。味方に付くというのもおかしな話だ。それに君はともかく葛葉さんには幸せになってもらいたい」

 爪は鋭く紙など容易に貫いてくれる。

 御出席と書かれた部分を丸くくり抜いた。

「出席だ、桂御園。ただこの式が潰れてしまうと出席出来ないな」

 だから君を手伝おう桂御園。結婚式が出来るように、式の日まで君を守ってやろう。

「祝儀は君が持っていた油揚げの釣り銭で勘弁してね」

「お前、案外せこいな」

 ぽかんとした桂御園の顔を僕は笑ってやった。

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