妖結婚 二十四から二十五
24―手助け―
「さて、時は来たぞ伊勢屋。お前の考えは変わらないのだな?」
結婚式当日。挙式の時間まであと少しといったところか。
私は寮の窓辺に座って電話をしていた。
相手は桂御園信太。その声は落ち着いている。そして私も落ち着いている。
「もちろんだよ桂御園。僕は君を止める。君の挙式をこれからめちゃくちゃにしてやる」
「……そうか。ならば来るといい。歓迎は出来んがね」
通話が終わる。寮の窓から外を眺めていると、窓から見えていた木が揺れる。
風ではない。私が窓から身を乗り出せば木の傍に何か小さなものが見える。
それは人のような姿をしているが額からはしっかりとした角が生えている。
鬼である。一人の鬼が楽しそうに木に体当たりをして揺らしている。
私がすることは桂御園と対峙し、彼の野望を打ち砕いてやることだ。
足元に置いてあるカバンを肩にかけてから私は窓から外に飛び出した。地球の引力に引かれて私の体は落ちていく。
しかし体はすでに変化させた。体が羽のように軽い。
ゆっくりと舞うように地面に着地すると私は自分にかけていた変化を解除する。
私の気配に気付いた鬼は喜んでいるのかきぃきぃとよく分からない声を出している。
もう一度体を変化させる。今度は重く硬く変化せねばならない。まるで鉛のような肉体にならねば。
四股を踏むような感覚で前に足を踏み出す。
ぐっと地面に私の足が沈み込む。その様子を見ていた鬼は力比べとばかりに両手を広げた。
私も両手を広げて鬼と手を合わせる。私の肉体の変化を鬼は目視し、認識した。
問題なく変化した私の影響を受けるだろう。鬼の力というのは人のそれとは大違いだ。まるで岩を押し上げようとしているかの如く。
しかしそれは相手も同じらしい。隙ありと私は渾身の力を込めて鬼の腹を蹴り上げた。
木にぶつかった鬼はそのまま倒れ込み動かなくなった。
手を合わせて鬼に心の中で謝罪をして、私は用意していた原付に跨りエンジンをかける。
寮を出た私の眼前に広がる魑魅魍魎の群れ。
すでに桂御園の手によって町中に妖がばらまかれているのか。
式を挙げると同時に街に妖を出すのかと思ってたがそうでもないらしい。
大きなものはがしゃどくろにダイダラボッチ。小さいものは子鬼やらつるべ落としなどがうじゃうじゃ湧いている。
それらは無軌道に歩き回っているようだが何人かは連れだって移動している。
この妖達を桂御園が葛葉さんを使って呼び出しているのなら桂御園の所まで行かねばならない。
そのためにはこの妖の群れを抜けなければならない。
私は山に向かって真っ直ぐに進む。
音で私に気付いた妖もいるが原付のスピードにはついていけていない。
風を切る音が聞こえる。体を風が撫でていく。
私は何かがおかしいと感じた。
体? 体に風が当たっている?
半袖なのだから腕に風が当てるのは分かる。
しかし服を着ているはずの場所になぜ風の感触がある?
おかしいのだ。私は片手を離して体を触る。
私は触れた。確かに体に触れた。
服が切り裂かれている。既に攻撃されているのだ。
カバンも切られてやないかと思い触るためにブレーキをかけようとすると私の体が前に投げ出される。
手にはしっかりと握られたハンドル、目線の先にはバラバラになった原付が見えた。
カバンはどうやら無事らしいがそれどころではなくなってしまった。
「かまいたちか……」
全く気付けなかった。体を変化させ地面に叩きつけられた時の衝撃を殺す。地面に倒れた私の側に妖が集まってきている。
私が原付と同じスピードで移動出来るように体を変化させるしかない。
起き上がった私は人間離れしたスピードで走り出した。
寄ってくる妖達の間を抜け、彼らを撒けると思ったその時だ。
私は見えない壁にぶつかった。また妖だ。恐らくぬりかべであろう。
ここは行き止まりだ。振り返れば妖達が迫ってきている。
鬼やバケガニ、人骨の妖などその種類は様々だ。袋小路である。
私は覚悟を決めて手に持っていた原付のハンドルを刀に変えた。
戦うしかない。ぬりかべを切り倒せるかもしれないがそうしているうちに奴らは私に追いつくだろう。
剣道の経験はないが刀を振り上げて妖の中に突っ込もうとした時だ。
迫ってきていた妖の集団の中にいた一匹の大蛇が近くにいた妖を飲み込んだのだ。
さらに近くにいた妖を締め上げる。
妖たちもさすがにこれはおかしいと思ったのか標的を私から大蛇に切り替えた。
大蛇が向かってくる妖達と戦っているとまた集団の中から離反者が出る。
今度は一体の鬼が大蛇を攻撃する妖を持ち上げて地面に叩きつけたのだ。
妖達の仲間割れだ。一体どうなっているのかと思い辺りを見回せば頭の上から声がする。
それはとても聞き覚えのある声であり、つい先日も聞いた声であった。
「よ、菊屋ちゃん」
「過書さん」
「あたし達もいるわよ」
一反木綿に乗ったユートピアの三人がいた。
とすると裏切ったのは過書さんの使役する妖なのだろう。
「あれ、あの神様連れてないんすか?」
「……これは、僕が解決するべきことだと思ったので」
正直な話葉子を連れて生きたかったのは確かだ。
しかしそうするべきだとは思いながらもしたくないという気持ちもあった。
彼女に頼るということはつまり喧嘩の道具に銃やミサイルを持ってくるようなものだ。
空也や葉子に助けられながら戦っているが桂御園との決着はなるべく力を借りずにと思っている。
「なにそれ。意味わかんないわ」
「ぐっ……」
「あなた時々阿呆なのね。使えるものはなんだって使う気じゃなきゃ」
「羽彩さーん、ばっさりいくねぇ。別にいいけど」
私の考えが甘いと言うならばそうだろう。勝つための手段を選べるほどの能力があるかと聞かれれば答えは否である。
変化は万能ではあるけれど最強ではない。
「それにね菊屋君。あたし達はユートピアとして活動してきたの。今回は油断によって負けた。これはあたし達にとって初めてのことよ」
「それは……」
「あたし達を倒したあなたがこんな所で妖に負けて終わるなんてして欲しくないの」
一反木綿から下りる若王子さん。
ニッコリと笑いながら近付いてくるのが不気味だ。
女性に対して失礼な事だが彼女の力や行動を多少知っているからか彼女の笑顔は何故か恐ろしいを感じる時がある。
「あたし達の目的は二つ。一つ、菊屋咲良あなたに手を貸す。二つ、今発生している妖に対処する、以上」
「僕に手を貸すって……」
「あら、嫌かしら?」
「いえ、とても心強いですけど……その……」
「何度も同じこと言わせる気? 大丈夫。別に桂御園とあなたの戦いそのものに手出しはしないわ」
「そうやで咲良君。人の好意には甘えなあかんで」
若王子さんが乗っていた一反木綿から声が聞こえる。
葉子の声だ。なぜ彼女の声がするのだろうか。幻聴かとも思ったが一反木綿から葉子が下りてきた。
驚いた私に向かってへたくそなウインクを見せつけてきた。
「葉子、なんで」
「咲良君があのボンクラと喧嘩するって聞いてた。ほう、あの咲良君が喧嘩か珍しいなと思うて、まぁ野次馬ついでに護衛でもしたろと思って」
「あ、あぁ……」
野次馬が第一なのか。
いや別にそれでも文句は言わないし言えないので問題はないのだが。
「さ、選びなさい。といっても拒否権はないに等しいのだけど」
「……もし手助けを断ればどうなりますか?」
「あんたを殴ってでも手を貸す」
目的を果たすために手段を選ばないのは個人の主義なので口出ししないが、殴られたらただでは済まないだろう。
ただで済むように加減をしてくれるかもしれないがそもそも殴られたくはない。
「まぁそれは冗談にしてもここから先、またぬりかべや他の妖に邪魔されることだってあると思うわ。さっきみたいな状態になって、無傷で乗り越えられるの?」
乗り越えられるとは言い難い。
先ほどの突進だって自分が傷つくのも覚悟の上だ。
私だけが消耗することになる。いざ直接対決という時になって私が万全の状態である確率は低いだろう。
ハンディキャップを与えているといえば聞こえはいいが、そんな立場でもない。
「正直、出来るならあたし達が解決したいけど手を引くって言ったし」
「すいません……」
「そもそもあなた桂御園を助けたいのか倒したいのかどっちなのよ」
「僕は……桂御園を助けたい」
初めからそのつもりだ。
私は包み隠さず若王子さんに告げた。
「だからその、申し訳ないんですけど手を貸してください。若王子さん」
「……そ。じゃあ今回の手助けは貸しにしとくから。雁金先輩にも伝えておくわね」
私はここにきて彼女に頼ることを決めた。
なんとも揺らぎやすい意志だが私だって桂御園と戦う前に負けるのは嫌だ。
若王子さんの言葉に従おう。使えるものは使おう。
決戦に向かうためなら頭の一つや二つ下げられる。今までそうしてきたのだから。
「素直でよろしい」
頷き私の胸倉を掴み上げる若王子さん。結局殴るつもりなのだろうか。
若王子さんなら私を殴り飛ばして桂御園の所まで連れていくくらいわけないだろう。
その際私の安全は一切保証できないが。
「今失礼なこと考えたかしら?」
「いえ、別に」
「そ。それじゃあ神様。後のことは任せたわね」
葉子が私の背中に飛びついた。若干彼女の上で首に食い込んでいるのが苦しい。
神様と言えど質量はあるのだ。重みは感じる。女性にこういうことを言うべきではないだろうけれど、そう思ってしまう。
「任せとき。そんじゃまあ向こうの山まで頼むで」
「えぇ。菊屋君も準備はいいわね」
「はい……ありがとうございます。わざわざ、僕のために」
「別にいいわよ。菊屋君、誰かの力を借りることは恥ずかしい事でもなんでもないし、誰かの力を借りたから自分の働きは微々たるものなんて考えない事ね」
「……」
「誰かの力を借りたって、誰かに頼っていたって、誰かに助けてもらえるだけの事をしたり誰かに頭を下げたり、なにより誰かの力を使って行動しているんだから。胸を張りなさい」
彼女はそう言って私を放り投げた。
空中で敵に遭遇したら葉子が敵を迎撃してくれるらしい。
なので私は自分がしっかり握ったカバンと私自身の安全を確保していればいい。
彼女が貸してくれた力を無駄にしないように尽くせばいい。それだけを考えて私はそれを飛んでいた。
私が落ちたのは桂御園がいるであろう場所ではなく山道だった。
細かいコントロールは出来なかったのかもしれない。
しかし幸いなことにそこはあの日過書さんを倒した後に見つけた祠が並べてある山道であった。
体を起こし、桂御園の所へ行こうとした私の前に現れたのは雁金空也だった。
手には一升瓶と黒バットという武装である。
「空也」
「やぁ、少年。若王子ちゃんに助けられたのかな?」
「空也が頼んだんじゃなかったんだ」
「うん、そうだよ。ところでさぁ、本気で戦うつもりなの?」
「あぁ。僕は行くよ空也」
「私がぁ、少年に結婚式まで桂御園君を守れって言われたから結婚式終わるまで少年を足止めするって言っても?」
空也がそんなことを言うのは少し意外だった。
ちゃらんぽらんだが、こういうところは真面目にやってくれるのは知っている。
だが頭の固いタイプでもないのであっさりと通してくれると思っていた。
考えが甘すぎたのだろうか。それとも空也の好意に甘えているのか。
しかし……悩むまでもない。
「空也と戦いたくはないけど、立ちふさがるならなんとかする」
「ふうん……本気ぃ? それぇ」
一升瓶を傾け酒を口に含むと空也は黒バットに酒を吹きつけた。
そして空になったらしい一升瓶を地面に突き刺した。
空也がバットを構える。私はカバンを葉子に預け大丈夫だから手出しはしないようにと告げる。
この場合、バットに叩かれるのを前提に準備をするか、バットでの攻撃を受ける前になんとかするかどちらがいいのだろうか。
私は空也に乱暴な真似をしたくはない。攻撃の隙などをついて一気に桂御園の所まで走ろう。
そう決めて私は彼女の攻撃に備えた。
思い切りバットを振り上げ私の所へかけてくる。
ここが砂浜で彼女が両腕を広げてかけてくるのなら抱きしめるのもやぶさかではない。
しかし今はそういう時でもない。私は空也のバットを避けようと飛びのいた。
空也のバットが振り下ろされる。すでに後ろに下がっているので当たる心配はない。
いや、彼女がバットを振った場所は私が元々いた場所からも離れている。
動かなくても当たらない場所だ。
「……んー七歩蛇か。こんなのまで呼び出してるんだねぇ」
バットの下敷きになっていたものを空也がつまみ上げた。
見えにくいが真っ赤で所々が金に輝いている。
蛇のような見た目たが足が生えており、その姿は龍と言って差し支えないだろう。
「空也?」
「あーしまったぁー私としたことがぁ少年じゃなくてぇ桂御園君の呼び出した妖を倒しちゃうなんてぇー」
なんだそのわざとらしい演技は。
いかにも棒読みですという調子だ。空也の本気はそんなものではないことは知っている。
「ここに集まってきてる妖を倒しちゃうなんてなー桂御園君がこの山に集めている妖を倒しちゃうなんてなー」
この山に集めている。空也は確かにそういった。
私が裏切ったので妖を列席者にするつもりか。自分の護衛にするという目的だとは思うが。
そして空也がその妖を倒したということはつまり、そういうことだと考えていいのだろうか。
戦うというポーズだけをとるということでいいのだろうか。
「行くで。咲良君」
「あ、あぁ……」
葉子が私の手を引く。横を通り過ぎようとする私達を空也は止めようともしない。
「空也」
「んー?」
「ありがとう」
「いいよぉ。少年」
「ん」
空也は私に黒バットを差し出した。非常に役立ってくれた道具である。
しかし桂御園をこれで殴ればただでは済むまい。別に桂御園を殺したい訳では無い。
受け取るべきか受け取らないべきか少し悩むと葉子がそれを受け取った。
「一応な。一応一応。それに使えるもんはなんでも使う気でおらんとなぁ」
ついさっき言われただろうと私の尻を叩く。
微妙に痛いのでやめて頂きたい。やり返してやりたかったがすればセクハラと言われそうなので自重した。
断じてビビってはいない。
「ところでや咲良君。ボンクラを止めるんは別にエエよ。でもどうするん」
山道を進んでいると葉子は私にそんなことを聞いた。
「やめろって言ってやめないなら殴ってでも止める」
「そんだけか?」
「葛葉さんを殺してでも止める」
「正解や」
私が戦うのは桂御園かもしれないが鍵を握っているのは葛葉さんだ。
彼女が消えれば桂御園の計画はそもそも成立しない。
ユートピアの見立てが正しいかは分からない。私個人の意見としてはあまり信じたくはない。しかしユートピアは経験を積んだ人物の集まりである。私よりはずっと詳しいだろう。
覚悟はできている。私は躊躇なく彼女を攻撃する覚悟だ。
25―桂御園信太―
「来たか。来たな」
祠の道を進んでいけば桂御園のいる広場についた。
積み上げられた祠の塔の前で桂御園は水晶片手に座り込んでいる。
ここにアコースティックギターでもあればあの夜の光景に近づくだろうか。
あの時はこんなことになるとは思わなかった。
「桂御園。聞きたいことがある」
「今日であらゆるものが変わる。教えてやろう、なんだ」
「なんで世界をキャンパスにしたい。野望だからじゃなくて、野望になった理由が聞きたい」
「世界に桂御園信太を輸出する。俺というブランド。俺というレーベルだよ。それを世界に広めて、俺を認めさせてやる」
「……妖の力を借りて?」
「お前だって誰かの力を借りて戦ってきただろう?」
確かにだ。
若王子さん曰く誰かの力を借りて使う。そうやって私はユートピアとの戦いを潜り抜けてきた。
だが胸を張れる。他人の力を借りてでも果たしたい目的があったのだと。
「さてそろそろ時間だ。俺を止めるんだろう? やってみろよ。出来るならな。葛葉」
水晶を葛葉さんに手渡す桂御園。
そしてそのまま、二人の影が重なった。
突然のことで私は硬直した。そしてその後目の前で起きたことを理解して紅潮した。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「気にすんなや咲良君! 自分かてしたことあるやろそれぐらい!」
ともかく戦わねばならぬ。
私は桂御園を止めに来たのだ。思い切り駆け出していく。
生まれて喧嘩など全くしたことはないが思い切り歯を食いしばって桂御園に拳を振り下ろした。
桂御園に手首を掴まれる。強い。手首に痛みが伝わってきた。
「お返しだ」
桂御園が足の裏で押し込むように腹を蹴る。
不味いと思い空いた方の手で腹を守ったが腕ごと蹴り飛ばされる。
腕には鈍い痛み。本当に人の力か?
「咲良君。そこのボンクラなんかおかしいわ! 多分、そこのから力借りとる」
「力?」
「そうだ。あめのびさいのかみとなる葛葉から俺は力をいただいたのさ。人ならざる力よ」
なるほど。妖に取りつかれているようなものか。
納得だ。なら私も人ならざる力を使わせてもらおう。
私の肉体は変化する。若王子羽彩ほど強くはないが身体能力が向上していくのを感じる。
それから私と桂御園は殴り合い蹴り合った。
素人同士、格闘技の技術もなにもない。とにかく腕を振り足を上げ相手に当たればいいと攻撃しあう。
私の拳が桂御園の腹に食い込めば、桂御園の拳が私の顔に叩き込まれる。
桂御園の足が私の足を蹴れば、お返しに桂御園の足の甲を思い切り踏み抜いてやる。
髪を掴まれ思い切り顔面を殴り抜けられる。流石に疲れてきたのか私は尻餅をついた。
桂御園は私を見ろしながら近寄るが私は思い切りやつのすねを蹴り飛ばした。
構わず迫ってくる桂御園。馬乗りになろうと私をまたぐ。
「諦めろ。お前の負けだ」
「諦めない!」
今度は狙いを変えて腹を狙う。みぞに入ったのか顔をゆがめている。この隙にと距離をとり立ち上がる。
お返しだ。今度はお前が倒れろと思い切り走り込んで腹に突っ込む。
が、桂御園は倒れない。何度も私に膝蹴りと上から鉄槌のような拳を落とす。
「そんなに街を守りたいか!」
「街なんてどうでもいい!」
膝蹴りを掴む。片足立ちの状態の桂御園は思い切り押し込めばそのまま倒れ込む。
馬乗りになろうと体を押さえつけながら這う私。
そうはさせまいと攻撃を食らう。私は一度立ち上がると思い切り彼の胸を踏みつけた。
私の足を桂御園が掴んだが関係ない。私は何度も何度も地団太を踏むように彼を踏みつけ続けた。
息が上がり何度か踏みつけが外れる。
桂御園は体勢を立て直そうと私の足に掴まり、立ち上がろうとする。
「街なんかどうでもいいんだよ桂御園! 僕はお前を助けに来たんだ」
そう叫んで私は桂御園の腹をボールのように蹴り上げた。
言葉と行動はかい離してはいない。私は力づくにでも桂御園を止めたいのだ。
蹴り上げるときに私の力が強くなってしまったのか桂御園は少し飛んだ。
ごろりと地面で一回転をすると咳ごんだ。
「俺を助けるだと? バカを言うなよ。お前に俺の気持ちが分かるのかよ。お前みたいに誰かに支えられる奴になにが分かる!」
「何も分からん!」
よろよろ立ち上がった桂御園に掴みかかり、その顔を殴る。
こらえた桂御園が拳を握る。顔を守ろうと構えると、腹に衝撃が来た。
また前蹴りだ。
「分からないだろうよ。お前は恵まれてるから」
違う。私は恵まれてなんていない。
前蹴りでひるんだところに拳が顔面に来る。
鼻が熱くなり何かが伝っている感覚が現れた。
「誰かに助けてもらえる奴は気楽でいいよ。俺は、なんで……誰のせいで」
私が繰り出した大振りの拳は避けられる。
懐に入った桂御園は私の襟を掴んでそのまま頭突きを食らわせた。
今度ははっきり認識できた。桂御園の額に私の鼻血が付いている。
「夢も希望も、いつもいつもいつもいつも! 俺は俺だ! 誰かの子供とかどんな家なんて……! 関係ないだろ!」
桂御園は泣いていた。
彼のこれまでを思い出したのだろうか。何度も何度も私に頭突きを入れる。
私の鼻血と共に彼の涙が飛び散る。
「誰も俺の事を認めてくれない。俺の夢も、心も認めてもらえないんだよ。お前はいいよなぁ……俺はもう、寄りかかれる人間なんていないんだよ」
「……いる」
「あ?」
「ここにいるって言ってんだよ! 桂御園!」
お返しに私の頭突きを桂御園の鼻先にぶち込んだ。
どうやらあいつほどうまく決まらなかったらしい。鼻血は出なかった。
「お前は勘違いしてるよ。僕だって、僕だって認められなかったさ。誰にも気付かれなかったんだ」
もう一度私は頭突きを繰り出す。
襟にかかっていた力が緩む。私が彼を突き飛ばす。桂御園を見下ろしている。
酷い顔だ。擦り傷切り傷、土で汚れた顔だ。
「辛いだろう桂御園。僕も十五までそんな気持ちだった。まるで自分が存在しない様に思えるだろう。誰も自分を必要としてないって思えるだろう」
僕もそうだった。この体に背負わされた大きな荷物。変化する能力という弊害。
何者にでもなれる代わりに何者でもない。菊屋咲良という人間を世界の誰も認識出来ない。
誰も気づけない。分からない。
「だったらなんでだよ。俺とお前のどこが違うんだよ!」
「多分、出会った人だよ桂御園」
「っ……そんなことで俺は」
「だからさ桂御園、僕じゃダメか」
「あ?」
「僕は空也と出会って変わった。だから僕が君を変えてあげよう。友達になろう桂御園。君はやり方を間違えただけだ。まだ戻れる」
妖の力になんて頼らなくても世界は変わる。
世界を変えるのは意志だ、方法じゃない。少なくとも私はそう思っている。
だから意志さえあるのなら方法は選んでもいいはずだ。
「は、はは……何を言うかと思えば。お前も少しばかりおかしいな」
「あぁ。自分でもちょっと変だと思うよ」
「そうか。なぁ、その言葉信じていいのか?」
「……もちろん」
桂御園に手を伸ばす。彼も私の手に応じようと手を伸ばした。
私の心は桂御園に通じたのだろうか。
いや通じているはずだ。だから彼は手を伸ばしているのだ。
「あーあーあー。あきませんなぁ信太君」
握手まであと一歩というところで割って入ったのは葛葉さんだ。
桂御園を半ば無理やり起き上がらせる。
「ここまで来たのに諦めはるん? そんなんあきません。うち、今日をずっと楽しみにしとってんから」
「葛葉。あめのびさいのかみになりたいのなら俺はそれを拒まない。ただ、世界をキャンパスにするのは止めだ」
「……んーさよか。でも、足りんのよ」
「何が足りない」
「信仰心? って言った方がええやろか。でも大丈夫。代替品は見つけとるから」
足りないもの。信仰心。
ただの妖であるところの葛葉さんを神に押し上げるに必要なのは信仰心だ。
そして桂御園の祠に込められた信仰心が後押しして葛葉さんが神になる、という計画だったはずだ。
「代替品はなぁ……あんたの命」
葛葉さんの腕が後ろから桂御園を貫いた。
突然のことだ。私はそれを止めることは出来なかった。
「あ……ああ……」
桂御園が口をぱくぱくとするとその口から言葉にもならないような音が漏れる。
「桂御園!」
私が桂御園の体を掴み、引きはがそうとした。
桂御園の体は先ほどまでと違いずっしりと重い。
「邪魔や」
桂御園を貫通した腕が私の体を押す。
衝撃。原付にでも跳ねられればこれだけの感覚を味わえるだろうか。
痛みはなくただ衝撃だけがやってくる。私の体は後方に吹っ飛んだ。
どんと体が止まり私は木にでもぶつかったのかと思ったがどうやら葉子が受け止めてくれたらしい。
「咲良君ちょっと不味いで。あのボンクラホンマに死ぬかもしれん」
「……どうやったら助けられる?」
「ボンクラはあそこの女に取り殺されそうになっとる。あいつらを結んでるもんは欲望や。アイツらお互いを利用しとったんや。ボンクラは自分の野望のため、あの女はもっと強くなるために」
「よう分かりはるわ。あんさんみたいなんが相手やったらうちも苦労しとったやろうなぁ。ただ、うちはもう王手にたどり着いた。この阿呆の言うあめのびさいのかみとかの振りするんは面倒くさかったけど、ただの怨霊が神様になれるんやったら安いもんや」
ユートピアの見立ては正しかった。
お互いがお互いを利用する。葛葉さんは桂御園の野望に従うふりをしながら自分の野望をかなえようとしていた。
桂御園も彼女に取りつかれて多少精神に異常をきたしていたのだろう。
「咲良君。アイツら繋いでるモンを断ち切ったれ。世界をキャンパスになんかせんでエエと思わせたれや」
「……葉子。カバンを」
「ん? なんや秘密兵器でも入っとんのか?」
「多分ね」
葉子からカバンを受け取り中身を取り出す。
中に入っていたのはファイルだ。そこには賞状が挟まれている。
桂御園の部屋で見つけた。祠の下敷きになっていたものだ。
これは賭けだ。賭けになるかは微妙だが、桂御園にとってこれが大事なものというのは確かなのだ。
桂御園に駆け寄り賞状を見せてやった。
「お前……それ……」
「ん、なにそれ」
「桂御園唯一の受賞だよ。桂御園、認めてもらえなかったなんて大嘘だ。お前は認められていたじゃないか」
後に過書さんから聞いた話だ。
桂御園信太という男は高い芸術的センスを持っているらしい。
そしてひたむきに努力した結果彼自身芸術の腕は高い。
だが芸術というのは上手いとか下手とかだけでは決まらないこともあるらしい。
高い能力を持ちがらも桂御園は報われていなかった。
それが誰にも認められていないという彼のコンプレックスの一部なのかもしれない。
母親に強く反対されたり、妖に取りつかれたからで彼が大きく変わるとも思わない。
根底の部分で何かあったのだと思う。
彼がこの賞状を手にした中学生の時だ。
とても権威があるものではないのかもしれない。ただの選挙ポスターの賞状だ。
「お前が芸術家として生きたいと強く感じた時はいつだ? この賞状を手にした時か?」
桂御園は大学に入ってキャラを演じ始めた。変人であり芸術家であり宗教家という皮をかぶった。
私からすればそれは迷走というものだ。桂御園は自分の一切の過去を隠し生活している。
ならなぜ自分の過去の遺産であるこの賞状を寮に持ち込んだのだろうか。
特別な思い入れがあるのだと私は感じたのだ。
「はっ。こんな紙切れ一枚で何が変わるんよ」
「変わるさ。そうだろう桂御園」
「あぁ……変わるな。少なくとも……俺にはそれが支えだった」
桂御園が手を伸ばす。
私はその手をしっかりと握った。力強く彼の手が潰れてしまうのではないかと考えてしまうほど。
「忘れていた……いつか、信仰心だ野望だとキャラに囚われて。そしてその結果、こんなことに」
「何を言うてはるん? キャラやないやろ? あんさんが望んだからやで?」
「いや。キャラだよ……世界をキャンパスになど、命をかけてまで……本心から望める人間じゃなかったはずだ」
桂御園の手から力が伝わってきたのだ。
「葛葉、俺にお前は必要ない。俺の望みは俺が叶える」
「な、なにを信太君。死んでまうかもしれんけどあんさんの望みは叶えたるわ。桂御園の名前を世界に響かせたげるで?」
「死んでから評価されるなんてクソだね。俺は生きたまま世界に俺を輸出する。それに葛葉、お前にこの賞状のことは教えてやったはずだ」
「え?」
「大事なものだと教えたはずだ。はぁ……お前もやっぱり、俺の話聞いてなかったんだな」
私は桂御園を引っ張った。
桂御園も一歩踏み出した。
葛葉さんの腕が桂御園の体から離れる。桂御園の体に傷はない。
彼らの心の繋がりを断ち切ってやった。桂御園は葛葉さんを必要としない。これ以上彼女の力が強まることはない。
「……なんでこないにならなあかんねん。あと一歩やったのになぁ……!」
葛葉さんは水晶玉を飲み込んだ。
彼女自身であり弱点でもある水晶玉を取り込んだのだ。
それと同時に彼女の姿が変わる。長い髪は白髪となり四肢は痩せこけ皮張りのようだ。
目があったところは黒い空洞のような窪みに姿を変え、着物は朽ち果てた。
そこにいるのは最早美しく儚い葛葉さんの姿ではない。彼女の本性である妖としての姿だ。
「許さへん」
敵が手を上げると空には暗雲が立ち込める。黒く渦を巻いた雲から妖がこちらに落ちてくる。
これは非常にまずい。
「まぁしゃあない。でもここまで力を蓄えることは出来た。あんさんら殺して逃げるとしよか」
「させるかボケナス」
次々と落ちてくる妖が鈴にぶつかって消えていく。
「葉子」
「咲良君頑張ったやん。それに免じてウチもちょっとは本気出して手伝ったげるわ。ただし、そこのボケナスは自分でなんとかしいや」
葉子が四つん這いになると彼女の体も変化を始める。
一匹の野狐となり、やがてどんどんと大きくなる。気付けば葉子はトラックほどの大きさになりその尾は九本に増えていた。
白面金毛九尾の狐。葉子本来の姿だ。
大きく跳躍するとその尾や牙、鈴を操り次々と落ちてくる妖を倒していく。ああなってはただの妖では太刀打ち出来まい。
しかし問題は変わらず目の前の彼女だ。
葉子に気を取られているうちに距離を離したが神に近しい程の力を持っている今の彼女を倒せるだろうか。
いや、倒せるかではない。倒すのだ。そのためには何が必要か、よく考えろ。頭を使うのだ。
私は足元に落ちている黒バットを拾った。
「そうか、頭だな。桂御園、手伝って欲しい」
「どうしたらいい?」
「あめのびさいのかみは君の考えた神様だ。彼女は完璧ではないにしろ、あめのびさいのかみとしての側面を持っているし、君の考える設定に左右される」
だから弱点の設定を作れと私は彼に告げた。
桂御園はそれをあっさりと受け入れた。
「簡単だ。そのくらいはな」
「頼んだ」
その間にも彼女は私達の元に近付いている。
あめのびさいのかみの相手は私がしなければならない。桂御園がいい案を浮かべるまでの間の時間稼ぎだ。五分か十分かそれ以上かかるかもしれない。
やり遂げるのだ。それさえ出来れば勝機はある。
「っらぁ!」
「そん程度?」
バットの一撃はかわされる。
大丈夫だ。頭を使え。頭を回すのだ。私は菊屋咲良だ。雁金空也の弟子なのだ。
時間稼ぎの一つや二つこなせるはずだ。
「ふっ!」
「ん? ……ッ! なんや、これ」
私は彼女の顔に唾を吐いた。
……この表現は正しくない。私は彼女に糸の塊を吐いた。
「土蜘蛛の糸だ」
彼女は糸を認識した。問題なく影響を与えられる。
顔をかばったので視界を完全に奪うことは出来なかったが顔半分に糸の塊が付着し手と顔をくっつけている。
「邪魔や」
ただ私が変化して出した程度だ。本物の土蜘蛛の糸と同じ強度かは怪しい。だからまだやることはある。
私は彼女の足を見た。しっかりと踏ん張っている。ガムのように粘着し、しっかりとした強度の糸を相手にするのだ体に力も入るだろう。
今度は彼女の足に糸を吐きつけた。彼女は顔と手についた糸を無理やり引きちぎったが、足の糸のせいで近寄ることは出来ない。
当然、足の糸も外すだろう。対応しなければならない。
私は足を振り上げて糸を引きちぎる彼女に合わせて、すねに向かって思い切りバットを振り下ろした。
過書さんの洋館を叩き潰した時のような力でだ。
「痛ッ」
「もう一発」
フルスイングで怯んだ相手の胴にバットをぶつけに行くがこれは思い切り跳びのかれた。
跳ぶ力で糸を引きちぎるとは恐ろしい。だが距離を離したのは得策ではない。
大きく息を吸い込むとまた糸だと思ったのか相手は身構えた。かわす気だろう。
私はろうそくに向かってするように息を吹いた。出てきたのは空気ではなく炎だった。
人間火炎放射器だ。距離を離したので彼女はしっかりとその目で炎を認識することになった。
突然の事で反応が少し遅れた彼女に炎が飛びかかった。
「はぁ……はぁ……」
「この程度のごんたくれにぃ……」
面白いほど上手くいく。彼女が戦いに慣れていないからか?
それとも妖だから加減せずに戦えているのか。なるほど、若王子さんの全力を出せる相手が妖というのも頷ける。
人間とは違う存在だ。私がした攻撃は人間ならば大変なことになるだろう。
しかし妖はこれだけしても倒れないのだ。
「桂御園、どうだ?」
「……胸だ。今考えた。胸を狙え」
「む、胸?」
「あめのびさいのかみは芸術の神だ戦いには向く肉体でもない。高天原に戻ったあめのびさいのかみは新たな芸術を生み出した。それを受け入れられなかった神も当然いたのだ。その神は彼女を批判した。彼女はあの男との生活を思い出し、反論した。それが怒りを買い、近くにあった道具を投げつけられ死んだのだ」
「説明ありがとう」
つまり胸を狙えという事だろう。
理解した。それにこれで彼女は胸が弱点になったはずだ。
体を火に焼かれながらも立ち上がった彼女。その胸にはしっかりと水晶玉が浮かび上がっている。
成功だ。後はあそこを叩くだけだ。
「だがどうする? 弱点は向こうも分かってるぞ?」
「大丈夫。葉子! 手伝って!」
「しゃあないなぁ」
空から鈴が降ってくる、彼女の上に落ちていく。がらんと大きな音を立てて彼女の頭に命中した。
ぐらりと揺らぐあめのびさいのかみ。そのまま鈴が彼女を押さえつける。
「もう一発ぶち込む!」
「オッケー!」
もう一度だ。私はバットを相手に向ける。それからゆっくりと構える。さぁここが好機だ。
鈴が降ってくる。彼女に向かってではない。私に向かってだ。
頭に乗った鈴をどけようと手を上にあげている彼女は隙だらけである。
「うちは神様になれるはずやったのに、こんな所でぇ」
「人を舐めた罰だよ葛葉」
「……人罰執行!」
バットを振った。落ちてくる鈴はバットにぶつかりあめのびさいのかみの元へと飛んでいく。
胸をかばおうと腕で防ごうとしたようだが無駄だ。
その腕ごと鈴は彼女を貫くのだから。
鈴は見事に命中。彼女の腕を砕き体を砕きそして水晶玉を砕き、彼女に大穴を開けた。
灰になるようにあめのびさいのかみの身体が崩れていく。これで終わりだ。全てが終わった。
「終わった……」
「あぁ終わったよ、ありがとう」
「よかったよ。疲れたな」
私と桂御園はその場に座り込んだ。緊張の糸が切れたのかどっと疲れがやってくる。
空を見上げれば呼び出されたらしい妖達は消えていた。呼び出した彼女が消えたからだろうか。
それならばきっと街に現れた妖も消えていっただろう。
「なぁ、俺も聞いていいか?」
「なにを?」
「なぜ俺を助けた」
大真面目に言う桂御園。私は笑った。何がおかしいのかは分からないが笑ってしまった。
「君は招待状を持ってきてくれた。それに君は僕の名前を覚えてない振りして僕の名前で遊んでたろ」
「それだけか?」
「十分だよ。僕は人に覚えてもらうのが苦手でね。僕を覚えてる人間は僕のことをどうでもいいなんて思ってない人なんだ」
私自身把握しきれていない能力だがそこは分かっている。
私に関心を向ける人間が私を覚えられる。そして覚えている人間の中でも私に何らかの強い感情を抱いた人間の記憶に残り続ける。
それにしたって時が経つにつれて私の事を忘れていくものではある。
「僕はね桂御園。嬉しかったんだ、君が僕を覚えてくれている事が。だからそんな君を助けたいって思えたんだ」
「そうか。そうだったか……単純だな」
「君も単純な理由で暴れてたろ」
そんな風に話してから私達は何故だか笑えてきた。
立ち上がれるかも怪しい疲労感。それにお互いに喧嘩で出来た痛々しい怪我。それらを忘れゲラゲラと笑い、ひとしきり笑い終わったら体の痛みを思い出しその場でのたうち回った。




