七話 魔王様
フィルとの協力体制を確立し、彼女の部隊へ口出しできるようになった私は早速メルバルトへの侵攻を再開した。
私の獣人部隊により、フィルの担当エリアからメルバルト領へ侵入。
直近の領地を攻めた。
今回はガストに私の担当エリアでの指揮を執ってもらっている。
そして私はフィルと共に行軍した。
何故、わざわざ私の部隊でフィルのエリアを攻めたかと言えば……。
前もって偵察した所、やはりフィルも敵に研究され、対策を立てられていたようだったからだ。
私の担当エリアにおいて、敵は基本的に野戦をメインに戦っていた。
これは私の猛虎豪衝破を警戒しての事だと思われる。
攻城に対して圧倒的な優位性を誇る私の技を前に、城壁は無意味なのだ。
しかし、フィルの侵攻を防いでいたメルバルト軍の戦い方は、主に砦へ篭っての篭城戦だ。
フィルの戦い方は自分を含めた飛行戦力による空中戦であり、そうなると砦へ篭って高所から弓などの遠距離武器で攻撃する方が効率よいのだ。
だからこそ、フィルのエリアでは私の力が物を言う。
篭城戦というのは私にとって最も有利な状況だった。
だから、私の部隊でフィルの担当エリアへ攻め入ったわけだ。
逆にフィルの空中部隊は、平地での野戦において有利に戦える。
だから、ある程度フィルの担当エリアの侵攻を押し上げ、突出した私の侵攻エリアまでいければフィルに私の担当エリアを攻めてもらうつもりである。
いずれはそれもメルバルトに対応されてしまうかもしれないが、その対応策が眼前に現れるまでは攻められる所まで攻める予定である。
そして、その判断は功を奏する事となる。
フィルの居城に近い場所。
元は魔王軍の物であった砦に、メルバルト軍は篭城していた。
私の担当エリアと違い、暗黒魔界四天王の部隊が来たというのに相手は野戦を仕掛けようとしなかった。
その殆どが城壁の上に立ち、装備のほとんどは弓を装備していた。
フィルの部隊でない事に相手は困惑していたが、それでも篭城を続けるようだった。
「くそ。あいつら、また砦に篭りやがって」
敵の砦を睨み、フィルが忌々しそうに呟く。
実際、篭城戦というものは野戦を仕掛ける相手に対しても有利な物である。
攻め落とす側は、主に三倍の兵力で当たらねばならないという話もあった。
あえて、外へ出る意味はなかった。
戦法としてそれは正しい。
しかしそれは、相手が私でなかった場合の事だ。
「それで、どうするんだよ? アルド。どう攻める?」
フィルが訊ねてくる。
「やる事は決まっている」
「お、作戦があるのか?」
「作戦なんて大それたものじゃない。むしろ、力押しだ」
あの程度の小規模な砦なら、これくらいだろう。
そう思い、私は普段の半分程度の威力で猛虎豪衝破を敵の城壁へ放った。
城壁に直撃した猛虎豪衝破は壁を壊し、瓦礫へと変えてしまった。
城壁の真ん中には大きな穴が開く。
瞬く間に部隊の侵入経路ができたわけだ。
「はい。できた。あとは、全軍で攻勢をかけるだけだ」
「ははっ! わかりやすくていいな!」
そして、破られた城壁から攻め入った我が部隊の獣人達、そして私とフィルによってメルバルト兵達は動揺の覚めやらぬまま討ち取られる事となった。
砦には勇者も十人いたが、四天王二人を前にしては成す術なかった。
その十人が、フィルの担当エリアに配されていた勇者全員だろう。
やっぱり、フィルのエリアの勇者の方が多いんだな……。
フィルの方が私よりも脅威だと思われていたという事だろう。
誤差はあれど、どのエリアにも同程度の数の勇者が配属されていた。
つまり、フィルのエリアにいた勇者はこれで全員だろう。
やはり対魔族の要である勇者は、前線で集められていたという事だ。
これで、フィルの担当エリアで勇者と出くわす事はないはず。
侵攻も楽になるだろう。
その後、我々の部隊は同じ方法で次々とフィルの担当エリアの侵攻を続け、同時に私の担当エリアからの侵攻も再開した。
フィルの担当エリアと同時進行で攻め入り、私達はさらにメルバルト領の深くまで入り込んだのだった。
侵攻作戦が順調すぎる程に進む一方、私は魔王様から呼び出される事になった。
どのような理由で呼び出されたのか、わからないままに私は魔王城へと参上した。
正直に言うと、私は少しの不安を覚えていた。
上司からの呼び出しというと、お叱りを受ける事を真っ先に思い浮かべる私である。
今回の呼び出しは、私が至らぬ事をしてしまったためではないかと思う事は致し方なかった。
大陸の最北に位置する魔王城へ訪れると、係の人間によって魔王様の部屋へと案内された。
魔王様の部屋は、権力者の部屋とは思えぬほどに質素だった。
煌びやかなものはなく、むしろ茶や紺のような地味な色合いに占められた空間だ。
部屋の両端を大きな本棚が占め、その中は本できっちりと埋められていた。
その奥にある書斎机に、魔王様は着いていた。
白いローブを着て、首に精緻な模様を織り込まれたストールをかける落ち着いた雰囲気の方だ。
ただ、その顔は人の物ではなく、爬虫類……のような顔をしている。
というよりも竜と言った方がいいだろうか。
魔王様は光の根幹属性を持つ光竜という種類の魔族だった。
魔族達からは畏敬を込めて、極光のダルディードと呼ばれている。
書籍机に着いた魔王様は、その視線を机の上の書類へと落としていた。
少しして、こちらに顔を向ける。
私は跪いた。
椅子の軋む音がして、足音が近付いてくる。
立ち上がり、近付いてきたのだろう。
「暗黒魔界四天王。豪風のアルドラルン。ここに」
「うむ。よく来た。立ち上がってくれて構わない。君はいつもそうだろう」
魔王様は落ち着いた声色で労ってくれる。
私は立ち上がった。
この人は、魔王と呼ばれるにしては柔らかな人だ。
それでも、魔王とは魔族間で一番強いとされる者の称号だ。
この態度だけで全てを推し量れる方ではないだろう。
少なくとも、こう見えて私では歯が立たぬくらいの武力を有しているはずだ。
「しかし、よもや君のそのような態度を見る事になろうとは思わなかった」
魔王様は少し楽しげな色を声に含ませていた。
憶えていないけれど、今までの私はこうした礼儀を弁える行動をしてこなかったのかもしれない。
「申し訳ありません」
「いいさ。しかし、今の君はまるで別人のようだね」
魔王様の言葉に、少しばかりドキリとした。
別人というわけではないが、中身に劇的な変化があったというのは確かだ。
「今までの自分を顧みて、それではいけないと猛省した次第です」
「うむ。どうであれ、良い事だ。今の良好な戦果もその結果かな?」
「はい。私はそう、自覚しております」
魔王様は小さく頷いた。
そして、笑みを消す。
「本題に入ろう。君を呼び出したのは、君に一つ聞いておきたい事があったからだ」
「何でしょう?」
「この戦いを君はどう思う?」
答えに窮する問いだった。
「どう、とは?」
「うむ。そうだねぇ。……何故、我々は戦っているのだと思う?」
「それは、我々魔族と人間が、という事でしょうか」
私が訊ね返すと、魔王様は小さく溜息を吐いた。
「そう。我々とメルバルトだ。何故戦うと思う?」
「それは人間が魔族の存在を許さず、攻めてくるからではないでしょうか? 種の生存権を脅かされれば、抗うのが当然の事でしょう」
詳しく知らないが、それが私なりの考えだ。
「なるほど。至極。間違いではない」
どうやら、私の考えは間違いではないらしい。
しかし、含みのある言い方だった。
その言葉の後、魔王様はしばし沈黙する。
それから再び口を開いた。
「しかし、種を存続する事が目的というのなら、攻勢は無用だと思わないか?」
確かに、言われてみればその通りかもしれない。
しかし、このような事を言われるとは思わなかった。
魔王様には、人間を攻める事に躊躇いがあるという事か?
「魔王様は攻勢をかけず、守勢のみを重視するべきだと思っておいでなのですか?」
訊ねると、魔王様は頷いた。
もしかすれば、魔王様が前線に立たれないのは無用に攻め入らぬためなのではないだろうか?
魔王様が魔界領内の守備のみでなく、侵攻作戦に着手されれば暗黒魔界四天王に任せるよりもよほど効率よく事は進むだろう。
それをしないのは、無用に攻め入る事を良く思っていないからかもしれなかった。
不意に、魔王様は私に背を向けた。
「僕はね、この戦争が無意味に思えてならないんだ」
そんな事を言う。
魔王様は、争いが嫌いなのかもしれない。
「こんな事で命を削りあうなんて、馬鹿馬鹿しい」
そう呟き、黙り込む。
戦争は馬鹿馬鹿しい、か。
それには賛同するが……。
しかしもう、戦争は起こってしまっている。
そして、守ってばかりでは戦いを終わらせられない。
私は考え、答えを発する。
「先ほどの質問に対する答えですが。攻勢は無用ではありません」
「何故?」
魔王様は私の言葉に興味を持ったのか、振り返って問い返す。
「私には、魔王様が戦いを厭んでおられるように思います。なら、むしろ攻めるべきでしょう」
「ふむ。その心は?」
「領土の大半を失い、もはや負けは避けられないという所まで攻めるのです。その上で、降伏勧告なり、和平条約を結ぶなりすれば、戦いそのものを終わらせる事ができるのではないでしょうか?」
私が言うと、魔王様は驚きの表情を作った。
その表情が、笑みに変わる。
竜の顔なのでわかりにくいが、多分笑みだと思う。
「馬鹿馬鹿しいとお思いなら、さっさと終わらせてしまう方法を取るべきなのではないでしょうか?」
「しかり。なるほど。戦そのものを終わらせるために、攻める、か。なるほど。なるほど……」
そう呟く魔王様は嬉しそうに見えた。
「しかし、そう上手く行くだろうか? 確かに、メルバルトは我々を憎んでいる。たとえ和平を結んだとしても、いずれ時が経てば力を蓄えてまた戦いを仕掛けてくるかもしれぬよ?」
「それでも数年……もしくは数十年、平和な時間ができます。誰も戦で死ぬ事のない平和な時間が。また攻めてくるなら、もう一度を戦ってまた同じ事をすれば良いと思います。力を蓄える事ができるのは、こちらも同じです」
答えると、魔王様は相好を崩さぬまま言葉を返す。
「いいな。君は。そういう答えを返す子は今までいなかったな。うちの娘の婿になってほしい所だよ」
「それは……」
魔王様の娘。
ミラルディーネか……。
そう、あの暗黒魔界四天王が一人、激流のミラルディーネこそが魔王様の一人娘なのだ。
魔族というのは、種族的な形態と根幹属性を別々に遺伝する。
なので、種族的な特徴は父親のダルディード様から受け継いでいるが、根幹属性は母親から受け継いでいる。
なので、彼女は水竜なのである。
「魔王様、お戯れが過ぎます」
「うちの子は少し足りないからなぁ……。君のようなしっかり者が一緒になってくれると僕は安心できるんだけど」
冗談なのか本気なのかわからないな。
無難に誤魔化しておこう。
「それより、私はこのまま侵攻作戦を執ってもいいのですか?」
魔王様の呼び出しは、あまり攻めないようにという釘刺しだったのだろう。
が、私とのやり取りで考えを改めた可能性がある。
なので、一度確認のために訊ね返しておく。
「ああ。次期魔王……。それで構わないよ。大出世……。君の好きなようにしてくれ。竜族の女の子可愛い(ボソ)……」
魔王様、言葉のサブリミナルはやめてください。




