六話 きょーりょくたいせー
四天王会議でフィルラマンジェと戦った私は、会議の終了後すぐに自分の居城へ帰った。
それからすぐに自分の部屋で、変身を解いて書類仕事をしていた。
と言っても、最近では字の読み書きができる部下に書類作成などを任せているため、私がする事はチェックとサインが殆どだ。
一から書類を作るという手間はなくなった。
この部下というのは、我が部隊の中でも後方に配されていた獣人。
兎や栗鼠、狐狸などの体格や戦闘能力に恵まれない獣人達だ。
そういう獣人達は、知恵に優れている事が多かった。
これは恐らく種族的な性質ではなく、戦闘能力の有無が生き方に影響しているためだろう。
強い獣人は力強さを前面に出して生きていく事ができるが、力の弱い者は弱いなりに生き残るために知恵を絞るものだ。
なのでその知恵を生かすため、適材適所として始めから戦闘部隊ではなく居城での書類仕事へ従事させる事にした。
今の所、この判断は功を奏している。
だから最近の私はとても楽だ。
その人事によって、部隊から不満が出る事もなかった。
というのも、元々戦闘能力の低い獣人が戦闘に参加させる事を戦闘能力の高い獣人は心配していた傾向があるからだ。
それを口に出す事はないが、態度が物語っている。
たとえばどんな態度かと言えば……。
出兵前の城内にて。
狼の獣人男性と兎の獣人女性が……。
「おい。お前も戦いに行くのか?」
「私も、アルドラルン様の兵士だから」
「弱いお前なんか。足手まといになるだけだ。戦いに出ても、すぐに死んじまうかもな」
「それでも……」
「まぁいいさ。お前の所に、敵は行かせないからよ」
「え?」
「俺が全部倒しちまうって言ってるんだよ」
などというやり取りしていたり……。
また別の場所では、ラーテルの獣人女性が羊の獣人男性に対して。
「あなたも戦場に行く気なの? あなたなんて、戦場ではいい的になるだけよ」
「僕にだって、少しくらいはやれる事があるはずだ」
「好きにしなさい。……もし、死にそうになったら私を見つけてきなさい。あなた一人くらいなら、守ってあげるわ」
なんてやり取りをしていたり……。
というちょっと甘酸っぱい光景は今までも度々見られた。
だから、戦闘に向かない人材を安全な場所において置けるこの人事を、みんなは概ね支持してくれていた。
書類仕事をしていると、部屋の戸がノックされた。
「入ってくれ」
「……ああ」
答える声は、女性の声。
フィルラマンジェだろう。
何だろう? 声が固い。
緊張してるようだ。
戸を開いて入ってくる気配がした。
私はそれを書類に目を通したまま察する。
区切りのいい所まで書いて、フィルラマンジェへ目を向けた。
目が合うと、何故か怪訝な顔をされる。
「誰だおまえ?」
「アルドラルンだが?」
「え!?」
そんなに驚かなくとも……。
「お前、そんな顔だったのか!」
ん?
顔を隠した事なんてないのに……。
ああそうか、変身を解いた状態で会ったのは初めてだったな。
「へぇ……」
驚きから転じて、今度はじっくりと眺められる。
フィルラマンジェは、若干顔を赤らめる。
何?
「お前が変身解いてる所、初めて見たぜ。お前は、そういうの嫌いだと思ってた」
「まぁ、間違いではないが」
現に、記憶を取り戻す前の私は人間の姿になる事を軟弱な事と捉えていた。
たとえ、魔力の消費が大きくて体が休まらなくとも、普段からずっと獣人の姿をしていた。
「じゃあ、あたしも」
そう言って、彼女が変身を解く。
体に生えた羽毛が、肌に溶け込むようにして消えていく。
そうして、人間と変わらない姿になった。
羽根の有無以外に、あまり姿に変化はない。
やはり、元々から人間に近い魔族は変身があっさりしているのだな。
私の場合は顔の骨格ごと変わるので、中々に大胆な変化をする。
ちょっとホラーである。
そんな時、ふと気付く。
「何だかいい匂いだな?」
ハーブのような匂いがする。
「風呂入って来たからな」
訊ねると、フィルラマンジェが答える。
「ほう。来客前に身を清めるとは、意外と礼儀正しいんだな」
「これくらいは当たり前だろ」
ちょっと失礼だが、フィルラマンジェはもっと大雑把な性格だと思っていた。
その認識を改めた方がいいかもしれない。
そう思うのも束の間、彼女は部屋のベッドで大の字に寝転がった。
「さぁヤれ!」
「部屋に来てすぐ人のベッドに寝転がるとは、君は無礼だな」
前言撤回だ。
なんてやつだ。
「いや、だって……。お前、何でも言う事訊くってこういう事だろ? 部下が言ってたぞ!」
どういう事なんだ?
「違う。言ったはずだぞ。協力体制についての話だ」
「え? そんな事聞いてないぞ!」
ガバッと立ち上がってフィルラマンジェは叫んだ。
言ったよ?
どうやら会議での話がすっぽ抜けて、何でも言う事を聞くという部分だけを憶えていたようだな。
私は、机の引き出しから一枚の書類を出す。
「まぁいい。こっちに来い」
呼ぶと、フィルラマンジェは素直に近付いてきた。
私は腰を浮かせて椅子の向きを変えてから座り直した。
彼女と向かい合う形だ。
書類をフィルラマンジェへ渡す。
彼女は書類に目を向けた。
しばしあって……。
フィルラマンジェが口を開く。
「何て書いてあるんだ?」
「字が読めないのか?」
一応、記憶を取り戻す前の私は読めたというのに。
「いや、難しすぎて内容が全然わからん」
「……いいか?」
私は構わずに説明する事とした。
書類は役に立たないから口頭で。
「私が提案したいのは、私と君の部隊による連携の強化だ」
「どういう意味だ?」
「力を合わせようという事だ」
「始めからそう言え!」
「そう言ったのだがな」
私が考えているのは二つの部隊の作戦立案を統合し、今までは四天王個々人によるスタンドプレイだった侵攻作戦を共同化する事だ。
簡単に言えば、二つの部隊の一つの部隊として運用する仕組みという所だろうか。
組織のトップが二人になるというのは命令系統の混乱を招く可能性はあるが、それはフィルラマンジェと話し合ってできうる限り抑えるつもりである。
この協力体制が成れば、四天王それぞれの部隊に多様性を持たせる事ができる。
そして何より、突出した部隊への包囲作戦へ対抗する事もできるだろう。
その考えの主旨をできるだけわかりやすく、フィルラマンジェに説明した。
時間は大変かかったが、何とか理解してもらえた。
「それで、誰が命令するかって話なんだが……」
「お前でいいんじゃないのか?」
私が言うと、フィルラマンジェはあっさりと告げた。
自分の部隊を好きに動かされるかもしれないとなれば、もう少しもめると思っていたのだが……。
「いいのか?」
「要は、お前があたしの部隊の作戦も考えてくれるって事だろ? あれ、大変だからよ。お前がやってくれるって言うなら、それでいいや」
「そうか」
そもそも、あの作戦と呼べるのかよくわからんものに、面倒くさがるだけの労力が割かれているのか甚だ疑問であるが……。
納得してくれているのならそれで良いだろう。
「わかった。なら、その方向で話を進めよう。フィルラマンジェ」
「ああ。それから、あたしの事はフィルでいいぜ」
「いいのか?」
魔族は、親しい人間にしか名前の略称を許さない。
だから意外だった。
「いいぜ。これからは、一緒にやっていくんだからな。その代わり、お前の事はアルドって呼ぶぜ」
「わかった。それでいい」
正直、名前が長くて困っていたのだ。
だからそれは助かる。
「じゃ、頼んだぜ」
そう言って、フィルはニカッと笑った。




