五話 豪風と獄炎
メルバルト領の半ばまで進み、町村が視野に入る場所まで攻め入った私の部隊だったが。
杭のように唯一突出した私の部隊は前方と側面から攻められるに到った。
大陸の極西に位置する私の侵攻エリアは、幸い三方向から囲まれる事は無いが……。
多方面から攻められる事が戦において不利である事には違いなかった。
逆に考えれば、完全に囲まれる位置では無いからこそここまで攻める事ができたとも言えるだろうか。
しかし、それもここまでである。
戦線が突出してしまった事で、我がエリアの側面は伸びてしまった。
その分、攻め入られる場所が増えたため、防衛が難しくなってしまった。
このまま防衛しなければならない場所が増えれば防衛しきれず。
最悪、後方と最前線を分断される可能性があると判断した私は、自分の戦力で守りきれる範囲まで退き、戦線を縮小した。
民間人が住む場所だからか、押し戻そうとするように敵の攻撃も激しかった。
それもまた要因の一つだ。
ここまでが私の限界だろう。
これ以上は、私の手に余る。
私が現場にいればどのような猛攻にも対抗できるという自負はある。
しかし、私の身は一つだけだ。
常に、攻められた場所で私が待機しているとは限らない。
結局、私一人が強くとも限界はあるという事だ。
前線と後方を分断されて食料の補給を断たれれば、私だって飢えで死ぬかもしれない。
これを解消するためには、やはり四天王の協力が必要不可欠だった。
次の四天王会議で、私は再びそれを提案した。
前回、それに対する協力に賛同しなかった四天王二人の返答は以下の通りだ。
「最強のわたくしが誰とも組むわけないじゃありませんの。それも四天王の面汚しと組むなんて」
「あたしも、自分より弱い奴と組みたいと思わないぜ。あと、最強はあたしな?」
あれ?
このやり取り、前にも聞いた事がある気がする。
デジャヴだろうか?
「しかしながら、二人共侵攻作戦がうまく行っていないようだ。それもフィルラマンジェは居城を落とされたと聞いた」
私が言うと、フィルラマンジェは「ぐっ」と唸った。
その後、魔王様の軍によって居城は奪還されたという。
今回の会議は、奪還されたばかりのフィルラマンジェ居城にて行なわれていた。
「だからなんだ! お前こそ、どうなんだよ!」
「私は今、メルバルトの領内の半ば近くまで侵攻している」
ちょっと押し戻されたが。
「何だと! マジかよ!」
フィルラマンジェは驚いて椅子ごと後ろに倒れた。
驚き過ぎである。
そのまま這うようにこちらへ近付く。
「嘘だろ、お前!」
「本当だ。資料を提出しただろう?」
「面倒くさいから読んでないぜ!」
読めよ。
「ふん。気にすることないわよ。どうせ、彼の担当エリアの兵がわたくし達の所よりも弱いだけよ」
「そ、そうだぜ! お前のとこだけ弱いんだよ!」
敵の部隊を見る限り、調練もよくできて、勇者の分配なども均一に行なっているため戦力にばらつきがあるとは思えないが……。
あ、でも四十人の内八人しか私のエリアに配されていなかったという事は、私の実力は低く見られていたのかもしれない。
まぁいい。
諸々説明が大変そうだから黙っておこう。
しかし、これでは賛同を受けられそうにない。
せめて、私の隣のエリアを担当するフィルラマンジェの協力だけでも得たいと思っていたのだが……。
どうにかできないか。
「フィルラマンジェ」
「何だよ? きょうりょくたいせーなんてとらないぜ。自分より弱い奴なんて、足手まといだからな」
「なら、自分より強ければいいという事だな?」
「あん?」
「フィルラマンジェ、勝負しようか。本気で」
言うと、フィルラマンジェは不敵に笑う。
「いいぜ。お前があたしに勝てたら、何でも言う事聞いてやるよ」
私は、フィルラマンジェに勝負を挑んだ。
フィルラマンジェの居城。
中庭。
周囲では、フィルラマンジェの部下と他の四天王達が見物している。
私はフィルラマンジェの部下達を見る。
彼女自体が空中戦を得意としている事もあり、彼女の部隊には飛行系の魔族が多いようだ。
ハーピーは勿論、淫魔や怪鳥までいる。
彼女の部下達は、城のあらゆる場所を止まり木として、主に高い位置から中庭を見下ろしていた。
そんな中、私とフィルラマンジェは向かい合っていた。
「手加減はしないからな」
「ああ。来い」
フィルラマンジェの言葉に私は答える。
そのやり取りの後、フィルラマンジェは私の方へ跳びかかる。
繰り出される跳び蹴りを腕で防御する。
彼女の動きは四天王最速。
目で追う事はできても、私では迎撃できない。
防ぐのが精一杯だ。
だが、それは防ぐ事だけならできるという事でもある。
蹴りつけてきたフィルラマンジェは、そのまま私の腕を足場にして蹴り上がり、上空へと飛び上がった。
彼女は私の上空で滞空すると、急降下と急上昇を繰り返して連続で蹴りつけてくる。
これがいつもの彼女の攻撃パターンだ。
私は何度かフィルラマンジェと戦っているが、いつもこの戦法に敗れ去っていた。
攻撃してくる彼女に打撃で打ち返そうとし、速さで負けて撃ち負ける。
反撃の手立てもない状況で無理に苛立って手を出し、傷を負い、さらに苛立って最後には大技を決めようとする。
けれど、それが外れて疲弊した時にさらなる猛攻を受けて負ける。
これが今までの私のパターンである。
同じパターンを繰り返して、私は負けているのだ。
だから、なんで同じ戦法に何度も引っかかるんだ。
だが、今日こそそうはいかない。
何度か繰り返されたその攻撃を私は防ぎつつ、様子を見る。
そして、急降下と共に繰り出された蹴りの後、急上昇する合間に私は風魔法の刃をフィルラマンジェへ放った。
迎撃はできなくとも、攻撃後の上昇中を狙って攻撃を放つ事はできる。
普段の私なら、肉弾戦ばかりを狙って絶対に取らなかった手だ。
「なにっ!」
反撃があるとは思わなかったのか、フィルラマンジェは驚きの声を上げる。
刃は、彼女の足を軽く掠って飛び去った。
これは今まで私がしなかった攻撃方法だ。
魔法よりも肉弾戦が好きな私は、フィルラマンジェ相手でも常に接近戦を試みていた。
私の攻撃に驚いて動きを止めたフィルラマンジェへ、今度は私が連続で風魔法による攻撃を行なう。
彼女はそれを避けて私へ攻撃を加えようとしているようだが、避ける事に精一杯で近付く事ができない。
避け続ける彼女の顔には、焦りが見えた。
そしてついに、風魔法の一つが彼女の体に直撃した。
羽根を切られ、墜落するフィルラマンジェ。
「勝負あり、だな」
地面に倒れ伏す彼女に、私は声をかける。
「まだだ!」
しかし、彼女は勢い良く顔を上げて私を睨みつけた。
「お前に、この技を使う事になるとは思わなかった」
そう言って、彼女は小さく笑った。
立ち上がり、翼を大きく広げる。
「何をする気だ?」
「光栄に思うんだな。この技を使うという事は、あたしがお前を対等の相手と認めたって事だぜ。……だが、勝ちはやらない。それは、あたしのもんだ!」
叫ぶと、彼女は今までに見た事のない構えを取った。
翼を大きく広げたまま、右足を上げて膝を曲げた。
すると、彼女の体から強い魔力が発せられる。
周囲に、彼女の魔力が立ち込めていくのが感じ取れた。
何かは解からないが、これは危険な技だ。
そう思うと、私は両掌を胸の前で合わせる。
「これがあたしの究極奥義、獄炎螺旋だ!」
叫ぶと同時に飛び上がった彼女は体を回転させる。
ここまでは殺戮螺旋と変わらない。
しかし、今回はそれだけではなかった。
彼女の体に炎が纏われる。
彼女の作り出す螺旋は炎を巻き込み、巨大な赤い竜巻のようになってこちらへ迫った。
これが彼女の真の必殺技か。
こんな物を受ければ、四天王と言えどただでは済まないだろう。
だがね、必殺技なら私にもあるんだよ。
彼女が予備動作に入った時から、私も技の準備に入っていた。
合わせた掌を離して空間を作り、その空間に魔力を集中させていたのだ。
その魔法が完成する。
風の魔法を圧縮させる。
そして、気体であるはずの風を鋼鉄のように固く、高濃度に圧縮させたそれを一気にフィルラマンジェへと放った。
圧縮の戒めを解かれ、対象へと向けられたそれが荒れ狂う暴風となり一直線に突き進む。
これが私の必殺技。
城壁すらも貫き砕く、威力だけならば四天王最強の技。
猛虎豪衝破だ。
炎の螺旋と化したフィルラマンジェと猛虎豪衝破がぶつかり合う。
威力が拮抗したかに見えた二つの技だったが、それは一瞬の事だった。
猛虎豪衝破の威力に圧されたフィルラマンジェの螺旋を止め、そのまま彼女の体は衝撃に吹き飛ばされた。
「うわぁっ!」
地面へ激突しそうになる彼女の体を風の魔法でクッションを作り、ふわりと地面へ横たえる。
しかし、我ながらすごい威力だな。
これでまだ、三分の一の威力しかないのだから本当に驚きだ。
全ての魔力を使えば外れた時にこちらが不利になるし、何より全力で放てば相手が四天王と言えども殺してしまうかもしれなかった。
本当に、当たれば一撃必殺となる、最強の技なのだがな。
一直線にしか飛ばない上に、予備動作が必要だから対人戦では避けられてしまう。
威力を発揮できるのは、攻城戦などの避けられない的を攻撃する時だけだ。
今回はたまたま、相手が避けられない体勢の時を狙えたから当てる事ができた。
地面に倒れるフィルラマンジェへ近付く。
呻きながら立ち上がろうとする彼女を見下ろす。
悔しげな視線と私の視線が合う。
「たしか、何でも言う事を聞いてくれるのだよな?」
「……ああ。二言は無ぇよ」
「後で、私の居城に来てくれ」
「……わかったぜ」
屈辱からか、彼女は顔を赤くしながら答えた。




