三話 部隊改革
「じゃあ、またな」
「うん」
ギルと挨拶を交わし、会議室を出た私は転送装置の部屋まで行く。
四天王の居城には、それぞれの居城と魔王城へ瞬時に移動するための転送装置がある。
仕組みはよくわからないが、太古の魔族が作った遺物であるらしい。
今では作り方も紛失しており、現存している装置は全て魔王様が管理しているそうだ。
その転送装置を使って、自分の居城に帰った。
「お帰りなさいませ、兄貴!」
転送装置を使って早々、数人の魔族に出迎えられた。
全員、獣人系の魔族である。
人虎もいれば、人狼、人熊までいる。
他にも多種多様だ。
冬場である事と手入れをしていない事もあって、みんな毛がもさもさだ。
「ただいま」
挨拶を返すと、獣人達は思い思いに喋りかけてくる。
「兄貴! どうでやした!」
「勝ちやしたか?」
「兄貴! 兄貴!」
ええい、鬱陶しい!
何より汗臭い。
今まで気にならなかったが、これは酷い。
そういう私も他人の事は言えないが……。
それはいいとして。
見るからに、肉弾戦が得意そうな者ばかりだ。
四天王はそれぞれ自分の部隊を好きに編成できるため、どうしても集まる兵士に偏りが出てしまう。
「会議が終わったんなら、飯にしましょうぜ!」
「俺は肉がいいですぜ!」
「酒も飲みたいですぜ!」
「食い終わったら遊びたいですぜ!」
屈強な体つきの獣人達が、キラキラと期待に満ちた目で私に言ってくる。
見た目に反して、その様子は無邪気な子供のようである。
「いや、それは後だ。今はちょっと用事がある」
答えると、獣人達は残念そうな顔になる。
「わかりやした」
と素直に返事をした。
ちょっと心苦しいな。
そう思いつつ、転送室から出る。
「兄貴、どちらへ?」
側近の人狼が私に追従しながら訊ねてくる。
他の獣人達と比べて、落ち着いた雰囲気の男性だ。
彼の名は、ガストヴェリアンという。
それなりに親しいので、私は彼をガストと呼んでいた。
そんな彼に私は歩きながら答える。
「ここ数年の部隊に関する資料を見たい」
少なくとも、今のままでは魔族は人間に負けてしまうだろう。
だから今のままではいけない。
とりあえず、自由にできる自分の部隊から着手しよう。
そう思ったのだ。
思ったのだが……。
「資料……。そんなもんあるんですかい?」
がストから逆に訊き返された。
ないんですかい?
思わず立ち止まって振り返る。
「なかったか?」
「だって兄貴「そんなめんどくせぇもん、俺達の部隊にはいらねぇぜ」とおっしゃっていたじゃないですか」
そうだった……。
確かに言っていた。
「兄貴は資料作ってたんですかい?」
「作ってない」
「じゃあ、ありゃしませんよ。そんなもん」
そうだな。
じゃあ、一から作成する必要があるな。
「わかった。じゃあガスト。とりあえず、うちの軍に所属する人間の名前を全員書いて提出してくれ」
「へい。わかりやした。でも、時間がかかると思いやす」
「部下がいるだろう? 各部隊の隊長に、自分の部隊の兵士の名前を書かせればそれほど時間はかからないはずだ」
「字の書ける奴なんてあんまりいませんぜ」
「そうなのか?」
「字が書ける奴、いるか?」
ガストは、後ろをついてきていた先ほどの獣人達に訊ねる。
全員、勢いよく顔を左右に振った。
ガストは私に向き直って続ける。
「それに、各部隊も何も部隊は一つだけで、隊長は兄貴だけじゃないですか」
ん?
「どういう事だ?」
「だから、各部隊も何も兄貴が隊長で、軍の連中は全員兄貴の隊に所属してるじゃねぇですか」
「それじゃあ、どうやって戦時の指揮を取っていたっけ?」
隊長一人では、部隊の統率が取れないだろう。
「そりゃあ、最初に突撃命じて後は自由行動に決まってやすぜ」
そうだった……。
なるほど。
部隊編成以前に、システムの構築から始めなければならないようだ。
とりあえず名簿を作って、それから部隊を分けよう。
部隊長の適正確認のために、面接もした方がいいかな。
今後の資料作成のために、字を書ける者も集めておきたい。
やる事はいっぱいあるなぁ……。
気が遠くなるよ。
終わるまで、敵が待ってくれるといいなぁ……。
差し当たって、とりあえず風呂にでも入ろうか。
それから私は、ガストと一緒に字の書ける隊員を探しつつなんとか名簿を作った。
今まで正確な人数はわからなかったが、改めて数えると私の部隊には五万三千五十七名の兵士がいるようだ。
面接をして部隊長適正の高い者を集め、その適正の高い者から順に、万人隊長、千人隊長、百人隊長、十人隊長、五人隊長の位を与えていった。
それぞれの隊長の役割は、名が示す通りだ。
万人隊長は一万人の兵士を束ねる立場であり、その下に千人、百人、十人、五人の隊長がそれぞれ肩書きにある人数を束ねる。
隊長は直接下の隊長を統率する事で、大多数の人員を管理しやすくなるという寸法である。
それらを束ねるトップに位置する私は、万人隊長に指示を出せば事足りるわけだ。
細やかな所で手間の削減をしていけば、できた暇でさらに別の事に着手できる。
組織の運営もそうだが、何事でも手数が増せるのは良い事だ。
これで、とりあえず軍隊としての体裁は取れただろう。
本物の軍隊とするにはもっとできる事はあっただろうが、如何せん私は素人だ。
これ以上できる事は思いつかないし、考えている時間もない。
目前まで敵が迫っている状態ではこの辺りが限界だろう。
ここにくるまで本当にやる事が多く、大急ぎで行動したが全て終るまでに一週間ほどかかってしまった。
もう猶予は無い。
そして今の私は、近く迫るメルバルト相手への軍事作戦について考えを巡らせていた。
部隊の再編が一通り終わった今、次の目標はこの居城の目前まで迫っているメルバルトの軍勢を中央ラインの奥まで退ける事だ。
そして、できるなら相手の領地へと攻め入る事。
フィルラマンジェの言うように王都まで攻め入る事はまず不可能だが、行けるのならば行ける限りのところまで攻め入って行こうと思っている。
そのためにもまず、考えるべき事は兵站の問題だろう。
行軍は、武器や防具だけを持って行なうものではない。
食料がなければ、兵士は十全の力を出す事ができなくなる。
新しく作った資料室。
まだ私が作った分の書類しかないため部屋の保管棚はガラガラである。
その部屋の机に座り、書き終わった書類から目を離す。
そばにいたガストに声をかける。
「少し解からない事があるのだが、今まで兵站はどうしていたんだったか?」
全然憶えていないのは、私が忘れっぽいからではない。
記憶を取り戻していない時の私が、何事も大雑把であらゆる事を適当に済ませてきたからである。
気にも留めず、憶える気のない事は頭に残らないものだ。
「へいたんってなんでやすか?」
「……戦いに行く時の食料だ」
「いつも持って行ってないじゃありやせんか」
んん〜?
「待て。じゃあ、行軍中の食料はどうやって賄ってるんだ?」
「そりゃあ、野の兎を狩ったり、打ちのめした敵から奪い取ったりするんでさぁ。その方が身軽で敵より速く動けやすから」
まさかの現地調達!
ナポレオンか!
「誰だ、そんな作戦を立てた奴は?」
「兄貴でさぁ」
……私だったよ。
確かにその作戦にも利点がないわけではないが、ナポレオンも最終的には失敗している。
冬になって調達がうまくいかなくなったからだと言われている。
それは我々にとっても当てはまる。
たとえ野山で獲物を狩ろうとも、冬には獲物の数も減るものだ。
何より、これらは焦土作戦の類を執られると一気に瓦解する作戦だ。
とはいえ、魔族の侵攻を警戒してか、町村の類はメルバルト領の奥地まで攻めなければ見られない。
かなり奥にあるので、私は今まで民間人の姿を見た事が一度もなかったりする。
町村からの徴収などはまず無理である。
それによく思い出せば、最近の敗戦は途中で食料が尽きての撤退ばかりだった気がする。
あんまり敗因に関して気にしてなかったので、よく憶えていないが。
同じ作戦を使いすぎて、敵はすでに現地に食料を残さないようにしている可能性がある。
今後は兵站の用意もするようにせねばならないな。
しかし、そういう食料の管理を軽んじて怠っている人物《私》の居城だというのに、ここではしっかりと食糧供給を維持できているのは不思議だな。
五万の兵士が飢えずに済んでいるという事は、誰かがしっかり用意しているという事だ。
いったい誰が……。
そうだ、思い出した。
魔王様だ。
四天王は居城から先のメルバルト領の攻略を任されているが、それより以北の魔界領は魔王様が管轄している。
四天王の居城に対する補給なども、全て魔王様が管理なさっているはずだ。
どうやら魔王様は、細やかな所まで心配りのできる方らしい。
いつも過不足なく食料が供給されているという事は、私の軍の全体像を把握しているという事だろう。
もしかしたら、魔王様の居城には我が居城にある物よりも精緻な資料があるかもしれない。
そしてそれだけでなく、魔王様は軍略に関しても才覚をお持ちのようである。
実は、四天王の居城が破られるという事は長い戦いの中で何度かあった。
その際は魔王様の軍が奪還にあたり、難なく取り戻していた。
私の居城も一度落とされているのだが、その際は魔王様の指揮下で戦った。
正直、どのような作戦を執ったのかは憶えていないが。
ただ……。
魔王様の言う事を聞いて戦っていたらいつの間にか勝ってた。
魔王様すげぇ。
と思った事だけ憶えている。
四天王に任せず、全部魔王様がやればメルバルトに勝てるんじゃないかな?
という気がするのだが……。
魔王様がそれをしないのは何故なのだろう?
何か考えがあるのだろうか?
でも、それは今いい。
気を取り直そう。
今はそんな事より、今後の侵攻作戦についてだ。
兵站については、魔王様によって糧食の補給が定期的に成されている。
用意せずとも、持っていくだけでよい。
あとは、どう打ち破るべきか、という事である。
今のメルバルト軍は、私の居城からそう遠くない場所にある砦へ滞在している。
元は魔王軍の施設だった場所だ。
私は少し前に侵攻作戦を行ったのだが、勇者の迎撃と飢えで撤退を余儀なくされた。
その際に、メルバルトが一気に攻めかかってきて居城直近まで侵攻を許してしまったのだ。
メルバルトの軍勢は今、砦で居城攻略の準備を進めている事だろう。
しかし、それにしても遅すぎるか……。
私は軍の再編に結構な時間を要している。
その際に攻められる事を危惧していたが、そんな事もなかった。
行軍の準備に手間取っているにしても時間がかかりすぎている。
作戦か、予期せぬ事があったか……。
斥候を立てた方がいいかもしれない。
「ガスト。うちで一番偵察が得意な奴は誰だ?」
「え? わかりやせん」
「……そうだったな。偵察なんて出した事はないものな」
アルドラルンという魔物は、小細工が嫌いだ。
というより、面倒な事が嫌いなのだ。
いつも行き当たりばったりの出たとこ勝負。
だが、これからはそうならない。
もう、しなくていい敗北を喫する事にはならないようにする。
しかし、元人間の私が人間を相手に戦うというのもおかしな話……。
でもないか。
前世の世界でも、人間の敵は人間だったのだから。
私には魔族として生きてきた記憶がある。
関わった魔族も多い。
そんな見知った魔族と見知らぬ人間ならば、見知った魔族を取る。
私は苦笑する。
「どうしたんですかい? 兄貴」
「いや、なんでもない」
私はこのガストを始めとした部隊の獣人達、それに他の四天王。
そんな仲間達の事を気に入っている。
死なせたくはなかった。
だから、軍事作戦の指揮など今まで一度も執った事はないが、自分にできうる限りの事はするつもりだ。




