魔王の深淵
王城グランシェルの絢爛な謁見の間には、シャイン一行を値踏みしようと貴族と上級兵士たちが詰めかけていた。
シャインと女3人が厳重に包囲されながら謁見の間に入ってきた。赤い絨毯の上を進む。
顔が確認できる距離まできた時、前方の衛兵二人が槍をクロスし止まれと合図した。
玉座周辺には異例の数の兵士が配備されている。
玉座に座る初老の男が険しい表情でシャインを見た。
【第16代、アモン・アレクサンダー】
「そなたが魔王の息子か」
「シャイン・インダークである」
口の利き方に周囲がざわりと波打ったが、シャインは気にせずあくまで対等の立場を貫き通すことにした。
「ふむ。聞いたことがないな」
「嘘を吐く意味はない。こちらは何度も説明した通り、拐われた姉上を取り戻しに――」
「マクシミリアン公が復活しない」
シャインの言葉を遮り王が言う。責めるような重たく冷酷な声音をしていた。
シャインは隠してもバレると判断した。
「復活はさせない。姉上が受けた苦しみをまとめて返したからな。何か問題があるか?」
王の表情がさらに険しくなった。
周囲からなんと無礼な、野蛮人、という囁き声が聞こえる。
「そもそも、姉が拐われたというのは真の話か? 魔王の謀略ではないのか」
「魔王様はそんなややこしいことはしない。戦争したいなら正面からいく」
王の勘ぐりに対して、真実で返す。
その時、一人の男が謁見の間に連れ込まれた。茶髪をオールバックにした一重の男。
「ニコラウス卿――」
「へ、陛下!」
ニコラウスは玉座前にくると跪いた。
「卿らが魔王の娘を誘拐したというのは本当か?」
「い、いえ、そのようなことは誓ってしておりません。向こうからやってきたのでございます」
「やってないのに向こうから来たと?」
「は、はい。魔王の娘は亡き兄の娘ですので――」
どよめきが起こった。
王の顔面が曇る。
「先代ニコラウス卿が魔王との間に子をもうけていたなど初耳だぞ」
「ええ、私もその時、初めて知りました。まったく愚かな兄でして――」
「ではもう二人の女たちは?」
「あの子らも遊びに来ていただけでして」
「やはりそうか」
そう言って王が納得した顔になった。
シャインが口を開く。
「こんな茶番を誰が信じるんだ」
「ここにいる者全員だ。大方罠に掛けられたのであろう」
王が言った。
「じゃあ貴族様は女を拐っても、遊びにきたことにしたら無罪になっちゃうじゃん。すごい国だなぁ」
「貴様、さっきからワシに喧嘩を売っておるのか?」
「お前が売ってるんだろう。魔王の息子である俺を、権力を傘にきた圧力で煙に撒けると思うなよ」
王の睨みつけるような眼光をシャインは真っ向から見返した。
「へ、陛下になんという口の利き方を!」
「やはり初めから戦争を仕掛けるための口実だったのだ!」
貴族たちから批難の声があがる。
言葉の扱いは難しい。シャインは思ったところと違う場所に着地しそうで内心はらはらしていた。
「うん、ちょっと言葉が過ぎた。非礼を詫びよう。自分は王国が好きだ。ニコラウスという人が罪を認め謝罪するなら特に何もしない。しかし、一方的な押し付けで解決しようとするのならば魔王国が折れることはないと思っていただこう」
「むう」
王が渋い顔をした。その時、
「やってやる! 魔神の化身などと言われて恐れると思ったか! お前を血祭りにあげて魔王国と戦争だ!」
王の脇に控えていた20才くらいの目鼻立ちはどことなく王に似ている小太りな男が言った。
――なんだこのガキ、ややこしくするな!
シャインは焦りまくった。
「うおおお! そうだ、魔王討伐だ!」
若い貴族や兵士たちが拍手喝采する。
「で、殿下お待ちを!」
「殿下早まってはいけません!」
執事風の老人や年配の兵士が顔を真っ青にして慌てて止めに入る。
「えーい、うるさい! 魔王に臆したか!」
「殿下、魔王とは敵対してはいけない理由があるのです――」
「なぜじゃ爺! 先の大戦では王国軍に大敗して泣きついてきたのは魔王だろうが! 痛みを忘れた馬鹿に今度は絶望を食らわせてやる!」
――ええっ!? そうなのママン!? 話が違うっ! あんた勝ったって言っただろ。
予定が全て狂った、シャインはやってしまったと思った。
しんと部屋が静まり変える。白髪ながら背筋のピンと伸びた執事が苦虫を噛み潰した顔でゆっくりと口を開いた。
「殿下、その話には続きがあるのです――」
「続き?」
「はい殿下は産まれていなかったので伝えられていないことですが、先の大戦、魔王の強さの秘密を暴いた王国軍は、万全の戦略と自信を持って戦争にのぞみました」
「それは知っておる。全体強化を使う魔王に対して、周りのサキュバスから各個撃破する作戦だろう」
「作用でございます。作戦が成功し、激戦の末に7人のサキュバスを撃破し我が軍が圧倒的に優勢、誰しも目前に迫った勝利を疑いませんでした――」
内容とは裏腹に老執事は今にも泣き崩れそうな顔になっていく。
「――魔王の能力には先があったのです。敗色濃厚になった魔王は突如変身しました。見るもおぞましい化け物へと」
――そうなの!?
どんな化け物に!?
内心の動揺とは裏腹に、当前だという表情でシャインは大きく頷いた。
執事はシャインの顔をちらりと見て話を続ける。
「変身と同時に発動したスキルは――走馬灯のようにその者がもっとも見たくない、望まない悪夢を見せる能力でした」
謁見の間がしんっと鎮まりかえった。
「一瞬の出来事でしたが何年のことのようにも感じられ、悪夢から覚めた兵士の士気はがた落ち、心弱き者は錯乱し――そこから形勢は逆転し敗北しました。これが先の大戦の顛末です。休戦を申し出たのは王国なのです」
「そ、そんな話は聞いていないぞ」
「先代より箝口令が敷かれましたので。そしてこの話にも続きがあるのです――」
老執事が訴えるような目で王子を見た。その目は恐い話をする時の目だ、王子が息を飲む。
「悪夢を見た者は毎夜毎夜、悪夢にうなされるのです。眠るのが怖いほどに。魔神の化身は大袈裟に言ってるのではありません。かの者こそ悪魔そのもの」
皇太子の瞳孔が開いた。ごくりと唾を飲み込む。
「年のせいか近頃やっとその夢を見なくなる者が増えました。どうかあの時の二の舞は起こさないでください」
――魔王やば過ぎる。これはいける。
「で、どうするんだ!? 不戦の約定解くと申すか!」
全体が意気消沈する中、元気になったシャインが吠えた。




