開戦
日が昇り、シャインが目覚めると隣にカイはいなかった。夜明け前の馬車で王国に出発したのだ。
昨日はお互い初めての夜だった。シャインは残り香を嗅ぎながらカイの温もりを思い出す。
しばらく余韻に浸っていると扉がノックされクル・ハープが入ってきた。
「昼から出撃するらしいのだ」
「分かった」
絶対に死ねなくなった。何がなんでも生き残ってやる、シャインは心に誓った。
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ロマ法国。一人一人が絶大な力を持つ4人の法王が治める魔王国の南西にある国。何かと魔王国を敵視し、小競り合いが続いていた。
ミリアの軍を破った法国軍は、魔王国内に少し入った場所にある広大な平原に陣取り始めていた。
かたや魔王軍も魔王城から10キロほど離れた平地に続々と集結していた。
一際大きな天幕の中。
ロザリアと満身創痍なミリアが入ってきた。先にロザリアが口を開く。
「魔王様、法国軍はカッツェ平原に集まっているようです」
「もっと進軍してくるかと思いきや、やけに消極的ですね」
それを聞きフリージアが意見を述べる。魔王は黙って、考え込んでいた。その様子を見てフリージアが口を開く。
「先に布陣をして罠を張る気でしょうか?」
「私も何かしらの狙いがあってのことだと思います」
ロザリアも賛同する。
「構わん、死に場所ぐらい選ばせてやればよい」
「「はっ」」
フリージアとロザリアが揃って返事をする。元からこの二人も負けるとは微塵も思っていない。
魔王は天幕の片隅を見た。ロザリアと同時に入ってきた十剣のミリアを見る。
鎧はズタズタ、身体中傷だらけ、命からがら逃げてきたという印象である。
ミリアが魔王の前で膝をついた。苦しそうな表情で告げる。
「申し訳ありません。魔王様より頂いた城を奪われてしまいました。あと撤退中、ノルゥーが戦死しました」
ノルゥーはミリアの副官である。
部屋にピンと張りつめた空気が流れる。四天王の座にありながら1日と持たず敗走。その上同胞も殺された。
フリージアとロザリアには魔王がどれだけ怒るか想像もつかなかった。ミリアは八つ裂きにされるかもしれない。
ミリアもそれは自覚しており唇の血色は悪く、小刻みに震えている。
「お前には元から期待していない。さっさと逃げてくればよかったのだ」
「は、はっ」
予想外の突き放したような冷たい言葉に、ミリアは言葉が詰まり上手く返事ができなかった。
ミリアは今の地位に就いて日は浅いものの、四天王としての自負はある。ある意味半殺しにされるより辛い言葉だ。
「お前の能力は私の元で最大限に発揮される。次で挽回せよ。ノルゥーはお前の妹分だったな、弔い合戦だ」
「は……ははぁっ!!」
ミリアが勢いよく頭を下げた。認められていなかったわけではなかった。
その喜びと、自分の気持ちを汲んでくれていたことに。
命に変えても挽回する。下を向いたミリアの顔には狂喜と、復讐に燃える鬼気迫る表情が張り付いていた。
☆
魔王軍駐屯地の片隅。ところ狭しとゴブリンとオークが集まっていた。
『アニキー!』
シャインがネオスが話していると、ゴブリンキングが満面の笑顔でシャインに駆け寄ってきた。今回の戦争にあたりゴブリンを約300匹集めてきたのだ。
「ゴブキンか、ご苦労様。よろしくな」
シャインがゴブキンの後ろにいるゴブリンジェノサイダーも労おうと見ると、怯えるようにゴブキンの後ろに身を隠した。
初めに会った時とはずいぶん印象が違う。今はゴブキンの子供に見える。
『シャイン様ー』
オークロードのケノン・オークッドもノシノシとやってきた。同じく配下のオークを300匹くらいつれている。
「ケノンか、ご苦労」
当初よりオークロードには隙を見せてはいけない。自分のほうが強く、偉いように見せておいたほうが良いと判断している。
シャインは大仰に対応した。
二匹ともシャインを見て喜んでいる。
シャインは結構魔族している2種族の集まったほうを見やる。
「こうしてみると圧巻だな。しかし、法国軍は一万を越える規模だという。足りないかなぁ」
シャインの言葉を聞き、二匹が心なしかしゅんっと落ち込み頷いた。
『オイラたちの住む森も今戦争中でしてゴブ』
『突然なのもあってこれが限界なんです』
二匹の住むのは、北西にある人の立ち入らぬ未開の地。そこで日夜、魔物同士の戦争が繰り広げられているという。
『シャイン殿はおられるか』
突然そんな野太い声が聞こえた。見ると、黒光りする鱗を持つリザードマンがいた。心なしかいつか転生当初に見たリザードマンに見える。
後方に槍と皮鎧で武装した9匹のリザードマンを連れている。
「自分ですが何か?」
『メフィスト殿の軍にいたら、足が遅いやつはこっちにいけと言われてやってきた』
それを聞いてオークロードが俺たちゃ寄せ集めじゃねーぞと憤り始めた。そうだそうだ、とゴブリンキングも同意している。
「こいつら口が悪くてすまんな。戦力は多いに越したことはない、歓迎する」
『ありがたい』
「あなたたちの種族も魔王軍か?」
『いや我々は冒険者ギルド経由で傭兵として雇われた』
「わざわざ死ぬかもしれない戦争に志願したのか。君らは家族はいないのか?」
『その家族のためにやってきた。今年は飢饉で村中が飢えている。我々はどうしても食料を持って帰らなくてはいけないのだ』
職を探していたところだという。
「そうか、渡りに船だったのか。よろしくな」
その時、駐屯地に歓声が起こった。
ダークグレーの甲冑を装備し真紅のマントを羽織った魔王が馬に乗って現れた。馬は銀の毛並み、黒光りする漆黒の肌、二本の角。通常の馬が小さく見えるほで巨躯で異様な雰囲気を放っていた。
【バイコーン(二角獣)】
不純を司るとされるユニコーンの対となる幻獣。
魔王軍の兵士たちから羨望とも畏怖とも見える眼差しと喝采を受ける。
サキュバスたちの装備や武器は皆バラバラでフリージアのような、フルプレートアーマーの騎士もいれば大事なところ3点を隠すだけの奇抜な格好もあり、シャインは『赤毛』時代のギルド戦の時を少し思い出した。
魔王軍の全容――
本軍、サキュバス約30名。第一部隊、オラクールが指揮する傭兵中心の約700人。
第二部隊、獣人や亜人中心の約500人。
第三部隊、シャインが指揮するゴブリン・オーク混合部隊約600匹。
総数1800の軍勢だ。ロマ法国には数でだいぶ負けている。
決戦の地に向けて進軍を開始した。
★★★
魔王軍がカッツェ平原に着いたのは3日後のこと。
向かいの法国軍と睨みあいが続いているが、次第に緊張が高まっている。
作戦を聞くため各軍団長は魔王の元に集まっていた。
魔王が傍にいる万里眼のロザリアに声をかけた。
「様子はどうだ?」
「左右奥に伏兵が700騎ずつ。これは、開戦したら包囲するつもりですね」
「ふんっ、小癪な真似を」
そう言った魔王は少し考えた後、閃いた顔になった。
「作戦を言い渡す。シャインは左翼に縦列展開、メフィストは右翼で縦列展開、オラクールは後方で横に展開し――各自持ち場を死守せよ」
言いながら魔王は空中に指で“凹”を描いた。
――箱型の陣形?
包囲されないように壁になれというのだろうか。
じゃあ正面はどうするの?
「「はっ」」
シャインが他の軍団長を見ると、納得だという顔で返事をしている。シャインは頭の中では“?”が舞っていたが、納得という顔を作った。
各々配置につく。
『我こそは法国神聖騎士団長が一人、ベッケンバウアー。穢れた悪魔を討ち滅ぼす者なりぃい!』
戦場に若く豪快な声が響く。その声に恥じぬ若さと豪胆な顔をした金髪の青年が剣を突き上げていた。
うぉおおお、と地を揺るがす大歓迎が起こる。
「あれが最近、法国の騎士団長の席についた者ですね。先陣をきる気のようです」
ロザリアが魔王に耳打ちする。
「食べ頃の小僧じゃないか」
どれ、そう言って魔王が仮設の玉座から立ち上がった。
『突撃ぃい!』
ベッケンバウアーの号令とともに、青を基調とした鎧を着込む法国軍が津波のように押し寄せる。
魔王はフリージアから槍を受け取るとおもむろに投擲した。
重力を無視したそれは慣性だけを倍加させたように水平に目標めがけて一直線に飛ぶ。
雄叫びをあげるベッケンバウアーの口に吸い込まれるように突き刺さった槍は顔面を砕いて尚勢いを落とさず後方に突き抜ける。
「おみごとです」
フリージアが拍手をする。
「竜騎兵を落とすのに覚えてみたスキルもなかなか使えるの」
と魔王。
法国軍に波紋が広がる。
『これより我が領土を侵した愚か者どもに真なる恐怖を与えん! 蹂躙せよ!』
戦争巧者。士気の低下を見逃さず魔王が叫んだ。
戦場に獣じみた怒号が轟く。
☆
シャインは作戦通り、左翼の外から侵入を防止するために縦に壁を張るように布陣した。
中央にはシャイン、ネオス、ゴブキン、オークロードがいた。
「お前はオークたちの先頭にいけよ、そういうスキルだろ」
シャインはオークロードが魔王と同じ<エンド・オブ・トライブ/種族の突端>を持っているのを聞いている。同種族の数だけ自分が強くなるスキル。現状のオークロードはシャイン隊の中でトップ3に入る実力者だ。
『意地悪いわないでくださいよ〜シャイン様〜』
半べそのオークロードが言う。
「意地悪じゃねぇよ。危なくなったら引いていいから、敵右翼の一番槍だけは止めてこい。お前ならできる」
オークロードのケツをバシバシ叩く。グズグズ言いながら精鋭を連れて、縦列の先端に向かった。
それをシャインは呆れた目で見送った。
『おれはシャイン様のおそば付きゴブッ』
「そういうスキルだからな。死なれたら困る」
シャインは本当に意地悪をしているわけではない。ゴブキンの<グローリー・オブ・ファミリア/親しき者への栄光>はオークロードと逆で、周囲の同種族を強化するスキル。死なれたら戦力大幅ダウンになる。
『うひょ〜』
何が嬉しかったのかゴブキンが小躍りを始めた。
――何なんだよ皆。緊張感なさすぎる。
「シャイン」
ネオスの緊張した声が聞こえた。ネオスの見ている方を見ると、中央では、サキュバスたちが敵軍に疾走していた。陣形は魔王を先頭に渡り鳥のようにハの字に広がっている。
法国軍の先陣、重槍歩兵は少し進んだところで、巨大な盾を構え迎撃体勢をとった。
サキュバスたちは勢いを緩めることなく突き進む。
『馬を狙え! 射てぇぇ!!』
矢の雨がサキュバスたちに降り注ぐ。
半数の馬が潰される。魔王の乗る馬は傷一つ負っていない。
魔王は意に介さず突撃する。落馬したサキュバスもすぐさま復帰し陣形に戻る。
『魔法大隊、撃てぇぇ!』
300を超える各属性の魔法がサキュバスたちに降り注ぐ。
あれヤバいんじゃないの? 矢より痛そうな感じにシャインは焦った。
しかしサキュバス軍は魔法をまともに受けるも止まることなく突き進む。
先頭と激突した瞬間、シャインは戦慄した。
魔王と接触した一隊がトラックと衝突したように吹き飛ぶ。
ミリアが魔法大隊の中に躍りこんだ。ミリアの周囲にはアイテムボックスのような空間の輪っかから空間の輪っかへ剣が走り、それが何本も縦横無尽に飛んでいた。
その場ではまるで花でも摘むかのように人の頭部が乱れ飛ぶ。
巨大な魔獣に乗って蹂躙する者。範囲魔法を連発する者。
30に満たないサキュバスたちが何千人を相手に蹂躙劇を繰り広げていた。




