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冴えない元ゲーマーの成り上がり異世界冒険録  作者: 雪野
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魔窟

 サキュバス族での――ハーフサキュバスの地位は奴隷と変わらない。

 産んですぐにどこかに消えた母の代わりに育ててくれたのは奴隷の父親だ。父は優しく食べ盛りの娘に日に一回しか与えられない食料を分けてくれたりした。不憫だとこっそりステラという名前もつけてくれた。幼い少女にとって父の温もりだけが拠り所になる。


 そんな親子愛が気に食わなかったのか8才の時に父親は魔城を支配するサキュバスクイーンに弄ばれ殺された。相手は恐怖の象徴、反抗心は芽生えない。ただ無残な死体のそばで泣き尽くした。


 花盛りの乙女になった頃。この時の主な仕事は各国要人相手の性接待と、奴隷の世話。そこで初めて恋人が出来た。奴隷のダークエルフだ。話すうちに親しくなった。どこか父と似た雰囲気の優しい人。名前を教えると、似合ってると褒めステラと呼んでくれるようになった。

 サキュバスたちの目を盗み密かに会った。父と似た温もり、男の胸の中で眠るのが大好きだった。その時間だけが幸せ。

 しかし隠したつもりだったがサキュバスたちに勘づかれる。目の前で恋人を弄ばれ殺された。心にぽっかりと穴が開く。


 程なくして人間の奴隷商人に売られた。

 ある時、奴隷を移送中にゴブリンの群れに襲われた。

 そこで転機が訪れる。その時の護衛だけでは足りず飼い主は奴隷たちを盾にするように前にやった。

 ステラは倒れた護衛の剣を拾い無我夢中で戦った。撃退に成功する。

 その時たまたま手に入れたレアスキル『経験値吸収』、それ自体は微々たる効果しかないものであるが、それと固有スキル『吸精』を合成することで吸精に経験値吸収がついた。


 天啓が降りる。

 飼い主に抱かれた時、バレないように少しづつ経験値を吸った。その後も売られた先々で繰り返す。数年が経過する頃には奴隷にしてAランク冒険者に並んでいた。

 本能に従い逃げ出した。


 いつからだろうか、国家からも危険視されるようになったのは。見渡せば並ぶ者がいない程強くなっていた。


 ある日、数人の部下を引き連れてサキュバス族が支配する根城に戻る。

 行ったのは苛烈なる復讐。冒険者に悪夢として恐れられるサキュバスクイーンすら子供扱いの蹂躙劇だ。

 一夜にしてサキュバス族の根城は壊滅した。


 ステラは残党を従えてそのまま古城で建国する。


 いつしか魔王クイーン・オブ・サキュバスと呼ばれるようになった。

 しかし、心に空いた穴が塞がることはない。

 …………

 ……


 魔王がパチリと目を開けた。眼前にはシャイン、背景に青い空が見える。抱かれたままだ。


「気がついたか? 」

「……」


 魔王は多量の出血で気を失っていたことを理解した。

 はらりと目から伝うものがあった。何十年ぶりかの涙である。それは悲しみの涙ではなく、忘却という時の中に埋もれていた父と恋人を鮮明に思い出せたからであった。何故過去がフラッシュバックしたかは不明である。


「このまま町に入るぞ。タオルかけておくから」



「ああっ、こいつだ!」


 町の守衛たちが槍を構えシャインを取り囲む。


「よい、通せ」

「は?」

「誰だっ!」


 守衛がシャインの抱えている大きなタオルを乱暴にはがした。


「ひっ、魔王様!?」


 守衛が腰を抜かし尻もちをつく。


「散歩に行っていただけじゃ」

「は、はい!」


 守衛たちは敬礼したまま硬直している。

 シャインはそれを尻目にそそくさと立ち去った。


 城まで着くと魔王はシャインから降りた。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫だ」


 蝙蝠の衣装は気を失った時に消えている。魔王はボロボロになったドレスを剥ぎ取り、一糸纏わぬ肢体を晒した。恥じらう様子もなく、もう一度蝙蝠を召喚して装着する。

 シャインも警戒心のほうが遥かに勝っているので、興奮するということはない。いいケツしてるな~ぐらいのものだ。


「ついてこい」


 魔王が歩きだした。

 謁見の間に入ると帰りの遅さにざわついていたサキュバスたちから安堵の息が漏れる。

 そして魔王の様子と後ろのシャインを確認するとまた場がどよめいた。


 それを横目に、魔王より少し離れた後ろをシャインが歩く。


 玉座下の階段前。突如それは起こった。

 魔王が、何倍にも膨れ上がったのだ。いや、それは錯覚でそう感じるほど戦闘力が上がった。

 部屋中の空気がびりびりと震えている。


 魔王がゆっくりと振り返る。無表情であり、目だけが冷酷な眼差しを帯びている。


「こんなマヌケがおるとはのう」


 脇に控えていた24人のサキュバスたちがシャインをぐるりと取り囲む。


 魔王は二つのレアスキルを発動させた。


・範囲内にいる同種族を強化するスキル――〈グローリー・オブ・ファミリア/親しき者への栄光〉

・範囲内にいる同種族の数だけ自身を強化する――〈エンド・オブ・トライブ/種族の突端〉


 魔王はこの二つのスキルだけではなく半数のサキュバスを魂レベルで隷属させており、それらの相乗効果で通常では考えられないほどの強化を受けていた。


 この二つのスキルを発動する時は特別な場合を除いて戦闘である。

 次元の違う実力を見せつけられ、大抵の人間は心が折れてしまうだろう。


「――あ?」


 しかし、シャインは底冷えするような声を魔王に向けた。

 シャインの中で何かがブチ切れた。


『シャーッ』

『キィーッ』


 その瞬間サキュバスたちが豹変する。

 禍々しいオーラを発し爪や牙を伸ばす者、目がルビーのように赤くなり皮膚に赤い文様を走らせ悪魔じみた形相になる者――サキュバスたちが仮面を脱ぎ捨て魔族の本性を現した。

 サキュバスたちの能力も爆発的に向上している。今のシャインは魔物の巣窟に放り込まれた羊である。


「……騙したのか、もう一回やるってんだな?」


 シャインはそれに全く動じた様子はなく、低く冷たい声で言った。


「……」


 魔王が考え込む。実は魔王は戦う気はなかった。ただ負けたのが悔しくてちょっとビビらせてやろうとデモンストレーションをしてみただけなのだ。

 勘違いするなというのも無理があるが、サキュバスとシャインが勘違いしてしまったのである。

 しかしここまでの態度に出られたら普段の魔王なら逆ギレ必至だ――


「こ、こらお前たちっ。こやつが勘違いしたではないか、変な雰囲気をだすなっ」


 魔王がたしなめると、サキュバスたちから困惑のどよめきが起きた。


 魔王が折れたのは自分が負けて交わした約束であるのと、シャインの自信ありげな態度が不気味なためだ。

 戦えば100%負けることはない、しかし逃げに徹せられたらどうか。この部屋の出口は一か所ではない。採光窓も多数ある。逃げられる可能性はある。そして逃がして敵になった場合、とてつもなく厄介な存在になる。

 魔王はそう考えた。


 その読みは当たっており、シャインは戦闘になったら全力で逃げる気でいた。

 逃げた後、ゲリラ戦法で戦う気でいた。


「勘違いじゃなくて構わないけど!?」


 シャインは興奮が収まらない。本当は助かったと思っているが、挙げた拳の下ろし場所が見つからない。向こうが弱気な態度に出たので強気な態度に出てみました、な状態だ。


『シャーッ』

『キッシャーッ』


 それに反応してサキュバスたちがまた悪魔的な威嚇をする。


「この無礼者が! 成敗してくれる!」


 玉座左横の定位置に控えていたフリージアが叫んだ。今にも飛びかからんばかりに身構える。終始、仏のように玉座の右後方に立っていたアルフレッドまでシャインに鋭い眼光を飛ばしている。


「よいのじゃ!」


 びくっと全員が魔王の真意を図りかねて顔を向けた。


「私は負けたのじゃ」


 魔王あ悲しそうに告げた。弱気になった時、語尾に〜じゃが多くなるのは皆知っている。

 かといって魔王様が負けるはずがない。謎めいた発言に場がざわつく。


「シャインよ許せ。そして改めて聞くが魔王軍に戻らぬか?」

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