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でた。魔王の呪い。今時中二病患者もそんな事言わない。だがしかしどうやら本当のようでギリッと奥歯を噛み締めている。
「私はもう、男として生きる。そもそもメルと呼んでいいのはエディだけだ」
「メル、お前……泣き寝入りするのか? エディとかいう奴の事、好きじゃなかったのか?」
「メルじゃない、メルリアーヌだ。……エディの事は、もう放っておいてくれないか」
「メル……フラれたの?」
グレンの正面から、ズイと身を乗り出し尋ねているマリエッタ。
「メルと呼ぶな。……そうじゃない。いいからもう、放っておいてくれないか」
さすがにもう、本気でウザかったようだ。手を洗い、背を向けベッドに入っている。あまりにも無神経に聞きすぎたらしい。曲がりなりにも元王女だ。そんな事を気にするグレンたちではないのだが、この時ばかりは、どうも反省している様子。それ以降グレンたちは喋る事は無かった。
深夜。空に浮かぶ静寂なる姫が見守る中、壮年男性は宿を抜け出す。勇敢なる王子の力に比べると微々たるものだが、それでも彼の周囲を優しく包む。
「……エディ」
都を出て、林道へ。古くから伝わる家宝を強く握りしめ、彼はどこか見覚えのある道を歩いていた。近くに流れている蛇のように曲がりくねった川の水面が、姫の涙を誤魔化しているようにも思えた。
はっきり思い出したのだろう。自然と足がぴたりと止まる。綿のような川のほとりに、不自然に盛られてある土があった。
「…………エディ……」
なにかが突き刺さっている。そこには、親友であり、憧れであり、特別な感情を抱いた者が持っていた両刃の剣が、鞘ごと地面に刺さっていた。抜いてみると刃こぼれしており、使えそうにない。
『魔王様に楯突いた愚者、ここに眠る』
角塔婆に見立てて立てられてある木には、元は墨でそう書いてあったらしい。ただ、上から新たに字が彫られてある。『魔王と互角に渡り合った良き敵、ここで待つ』と。……何者かによって変更されたようだ。
突然、リンと鈴の音が鳴り響いた。潤った目を眇め、男はそこに大剣を向ける。
「んなぁーん」
黒猫だった。真ん丸な目を彼へ向け、無防備に歩いてくるではないか。ザラリとした舌が、漆黒の闇に染まった手を湿らせる。
「……猫か」




