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「え、いやマジで知らないんだけど。な、なぁ、キミタチ。カッターナイフ仕舞ってくれないかな? 怖くて仕方がないんだが。えへへ」
周囲の男子諸君に少年はお願いした。まったく身に覚えがない。そう。その少女はとにかくメンドクサイ存在だったりする。
(なんだ、こいつ。俺が気に入らないから嵌めようとして孤立させようっていうのか?)
相変わらず恥ずかしそうに、うるんだ瞳を背けたままの少女。もう熟れたトマトのように顔を赤く染めている。
「あっ、あの……」
もじもじ。もじもじ。もじもじ。
「あっ、えっと。その……」
もじもじ。もじもじ。もじもじ。もじもじ。
「もうなんでもいいから、早く言えよ……」
少年の顔に『ぶん殴ってやりてぇ』と書かれてあるのは、この際言わないでおこう。
「わ、私のリコーダー、どうでした……?」
少年にしか聞こえない程度の声で、少女は囁く。
「……はい?」
突然変な方向に話を持っていかれ、少年の頭は古いPCの如くフリーズする。どうでした……?
(どっ、どどどっ、どうでした、というのは、あれか? あの、間接キスとかの具合がどうとか、そういう意味なのか? そういえば、ソプラノリコーダーとアルトリコーダーじゃ舐め心地が全然違うらしいし、圧倒的にアルトの方が人気があって……や、やばい。俺一体なに考えてんだ? とりあえず落ち着け俺)
「そうか。お前だったのか、『縦笛吹きましょうの会』とかいう妙な一人同好会を築き、今まで多大なる迷惑を女生徒たちに……」
「いや違ぇし!」
どんな同好会だよバカヤロウ。変態すぎて言葉も出ねぇ。是非とも僕も混ぜて下さい。
銀縁眼鏡をクイッと上げ、生徒会長ことコンセントが滝汗の少年に言い放つ。コンセントの名前の由来は、鼻の穴が妙にデカく、コンセントのように見えるからだとか。プライドの高い高嶺の花に告白したところ、初めてそう呼ばれた事からいつの間にかその名が浸透していったとのこと。イジメに発展しなかったのが奇跡で仕方がない。
わいのわいの教室が騒がしくなっている最中にチャイムが鳴り、教師が入ってくる。溝口真理恵……別名マリエッタだ。どこからどう見ても二十九歳には見えない。いいとこ、教師最年少の二十一歳だろう。短大を卒業して最速で教師になったかのように若々しい。制服を着せたら、この高校の生徒としても十分通用しそうだ。
「ほらほら、アンタたち! 早く席につきなさい。もう授業始まるよ?」
マリエッタの柔らかな美声に、大人しく席につく真面目な男子生徒たち。とてもじゃないが昨日『誰がクソババアだこんクソガキゃぁー』と叫んでいた人物には見えない。そんな、腰まで長い黒髪をシャンプーの香りで漂わせ、ニッコリ微笑んでマリエッタは言う。