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魔王は、使い魔であるおまるの両目も使い、合計四つの目で一時的に五次元を見る事が可能だ。――五次元空間で距離を把握するためには、目が四つ必要になる――もちろん、時間に限りはあるし、出来る事と出来ない事がある。
五次元を見る。……ピンと来ないだろう。想像すら出来ないはずだ。我々人間は三次元までしか知覚出来ないのだから。
まずは四次元の話をしよう。たとえば、悪い事をして捕まったとしよう。毎日毎日牢屋の中での生活。どうにかして脱獄したいと思ってはみるものの、我々人間は上下、前後、左右しか移動出来ない。骨格や筋肉が三次元として定着しているので、それを超える動きは出来ない。だがしかし、四次元生物がいたとしたら、もう一方の方向にも行ける力を持っているので、余裕でその牢屋から脱獄が可能なのだ。指をくわえて四次元生物を羨ましがるしかない。その力というのが『時間を遡る力』だとしたら、警察に捕まるようなヘマをしたとしても、過去へ戻り、捕まらないように過ちを修復するだろう。
ちなみに今、あり得ない事を言ってしまった。次元が違う者同士は同時に存在出来ないのである。
我々三次元の者が、二次元を見たり、触ったりすることは可能である。うへへとアニメを見たり、うへへとポスターを買ってリュックにビームサーベルっぽく差し込む事も可能だ。三次元の異性にムードが良くなった時、うへへとチューする事も可能。だが、四次元生物に対しては、三次元生物のうへへは不可能だ。
繰り返すが、なぜそれが不可能かというと我々人間は四次元を知覚していないから。逆に四次元の者が三次元の者を見たり触ったりする事は、可能。もしかしたら今、すでに触られてるかもしれない。
つまりn次元的な存在には、nマイナス一次元の視覚情報しか付与されないという計算式が成り立つ。
人生は選択肢の連続だというが、まさにその通りである。Ψの分岐点から始まった人生。誰にでも覚えがあるだろう。たとえば、終わった恋の始まりなど。
三次元である我々は、Ψの先端の、他二つの先端は見れない。失恋した自分は、恋愛が成就した自分の存在、自然消滅した自分の存在に気付けないのだ。もし仮に我々人間が、なんのデメリットもなく四次元空間へポーンと行ったとしよう。すると、水族館のプールのような立体的な空間で三次元の自分の過去も未来も手に取るように分かるようになる。樹形図のような縦横高さに連なるΨをいくつも連想してほしい。そこで誰もが初めて、三つの事に気付ける。一つは、我々は恋愛で現在どの位置にいて最終的にどうなるのか。二つめは、枝分かれしたもう二人の自分の存在。最後に、それら自分は決して交わる事は出来ないという事。
恋をした人との関係は無限に広がる先端で、どのように変わるのだろうか。成就し、満足しているのならばそれでよし。ただ、そうでなければなにがあっても変えたくなるだろう。結婚しても浮気されたら、過去をやり直したくもなるだろう。そこへ四次元独特の時間という力が加われば時間を遡って過去を変える事も可能だったりする。




