華を咲かすは冷酷非道な悪役令嬢
婚約破棄された令嬢のその後を書いてみました。
ご一読頂けると幸いです。
王国始まって以来の毒婦と名高いアレクサンドラ・アマルベルガ侯爵令嬢は、気に入らない令嬢を公衆の面前で恥をかかす、物を盗る、毒を仕込む、階段から突き落とす事も顔色一つ変えずに行う、まさに冷酷非情な悪役令嬢であった。
ついにはその牙を王子の想い人へと向け、度重なる過剰ないじめの上に王子に糾弾され、決まっていた王子との婚約を破棄された。
しかしアマルベルガ家は軍門で勇名を馳せた一族。
アレクサンドラ侯爵令嬢の罪は、遠く離れた戦場の前線で命を賭けて国に奉仕することで赦されることになった。
しかしS属性が高い令嬢は、そこで才能を花開かせるのであった。
砦の攻略中の軍へ王国からの伝令が届いた。
血のにじんだ伝令文を読み終えると、侯爵令嬢は隣の副官にそれを渡たす。
「どうやら此方が優勢だと知った中央が、これを王子の初陣の花にしようとしているようです。どうしやすか?」
副官からの質問に眉を挙げて反応する侯爵令嬢は立ち上がり、本陣の外へ出ると兵達に向かって叫ぶ。
「おまえたちっ!聴きなさいっ」
「「「「イェス、マム!!!!」」」」
兵達はそれぞれしていた作業を即座に止めて公爵令嬢に向かって身を正すと、同時に返答する。
「王国中央のアホ共が、わたくし達の取り分を掠め盗りに来るようだわ。許せることかしら?」
「「「「「いいえ、決して、いいえ!!!!」」」」
「しかもこんなちっぽけな砦に一万もの援軍が来るようよ・・・許せることかしら?」
「「「「いいえ、決して、いいえ!!!!」」」」
「そう、なら王国のアホ王子が来る前に目の前のデザートを頂いて、メインディッシュは王子にお裾分けしましょう・・・。あと1日で砦を落として援軍を迎撃よ。お前たち、よい事っ!決して情けは無用!死山血河を築こうとも、徹底的に敵は粉砕しなさいっ!!!」
「「「「イェス、マム!!!!」」」」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」」」」
侯爵令嬢の掛け声に、士気高く一糸乱れぬ返答を返した兵達の挙げる同意の叫びが平原に轟き渡った。
「しかし、どう攻めやす?相手は砦に籠って出て来やしませんよ。あの砦の守りは固いですぜ。」
「あら、そうなの?でも大丈夫よ、わたくしの攻めは気付かれることなくあの砦の守りを蝕んでいますの。」
副官の疑問に侯爵令嬢は不敵な笑みを浮かべながら答える。
「と言いますと?」
「わたくし、あの砦の守備隊長のお一人とお友達になったのよ。彼はとてもお利口だわ・・・わたくしがお手といえば無防備に手を差し出すぐらいにはね。」
「ははぁ、それは良い犬をお持ちになりましたな。」
侯爵令嬢と副官は仄暗い笑みを浮かべるのであった。
そして守備隊の穴を突かれた砦は一夜にして陥落し、不意を突かれた形になった砦側の軍は一方的におびただしい戦死者を出した。
砦内を制圧した侯爵令嬢は砦の一室で主だった隊長各を集めて軍議を開いていた。
「どうします。敵の援軍の方が先に砦に着いてしまいそうですぜ?」
「援軍とは、ここに味方が居てこそのものよね。」
「と、いいますと?」
「味方を守る、美しきことね。そして、騙し騙され知恵を振うのも人の美しさよ。城壁の守りに上がるものに伝えなさい、敵の鎧を着なさいとね。あと、そうね・・・死んだ敵に私たちの鎧でも着せて砦の前に散らしておきなさい。」
「くっくっくっ、なるほど、それはいいアイディアで」
「さて、籠城戦を始めるわよ。」
「「「はっ」」」
眼下には王国の軍と反乱軍が戦を始めている。しかし侯爵令嬢の命令で砦の門はしっかりと閉められ、味方に援軍を送らない代わりに敵兵は一兵たりとも砦内には入り込めずにいた。
「どうします?敵側が押していますぜ。」
「あら、それは良い事。」
「敵軍も遠征で今の攻勢をそんなに維持する事はできないわ。せいぜい王子には奮闘してもらいましょう。」
「そして疲弊したところを後ろから・・・ってことですか?」
「あら、そんな単純にはしないわよ。こちらが最大限の利益を得る為に、王子に勝利をプレゼントする位は、良いでしょう。」
「なるほど」
「それよりも、事前に出していた間諜からの報告はまだ?」
「はっ、先ほど戻りました。すべては順調とのこと・・・」
「そう・・・この戦、勝ったわね。」
「はい、そのようで」
戦いの趨勢はまだ定かではないが、侯爵令嬢の瞳にはすべての結果が映し出されていた。
ほどなく反乱軍の退却をもって王国軍は勝利し、侯爵令嬢は戦勝のお祝いに王国軍本陣の天幕へ来た。
「見事な勝利でしたわ。感服いたしまいしたわ、王子殿下。」
恭しく貴族の礼で挨拶をする侯爵令嬢。
本陣に現れた令嬢に誰もが唖然とした。
およそ戦場には似つかわしくない真紅のドレス。
濃く化粧をしたその姿は美しく、蠱惑的ですらあった。
戦で薄汚れた王国軍の鎧を身に纏った部下達を引き連れて歩くその姿は、この薄暗くよどんだ戦場の空気の中で花を咲かせたような現実離れした存在感を醸し出していた。
「・・・久しぶりだなアレクサンドラ・アマルベルガ侯爵令嬢、いや今の肩書の王国国境守備隊大隊長と呼ぶべきか?まさか家族にすら捨てられたお前にこのような場所で再会するとはな・・・」
本陣の最奥で控えていた王子は礼をとる侯爵令嬢に礼も返さず、見下した視線を投げながら問う。
「再会をお喜び申し上げます。わたくしの事はお気になさらず王子殿下の呼びやすい方でどうぞ。」
「では、鎧を纏わぬ今の姿に合わせて侯爵令嬢と呼ばせてもらおう・・・・・・して今回の戦、どういうつもりだ?」
「あら、どういうことですの?」
王子の剣呑とした問いかけに、あっけらかんと答える侯爵令嬢に苦虫をつぶした表情で王子は言った。
「『どういうことですの?』だとっ!?砦から出ず、あまつさえ敵に矢も射らずに傍観し、我らの軍にいらぬ消耗を強いたではないかっ!」
「・・・我が隊はすでに損耗しておりましたの。それでは万が一にも砦内に敵を招いた場合、戦いを泥沼化させる恐れがありましたからですわ。」
王子の激昂に侯爵令嬢は悪びれずにそう返す。
「砦の軍には大した損耗はないという報告があるが?」
「あら、どなたの言でしょうか?戦場も良く知らない、そこな公爵令息か伯爵令息の愚言でしょうか?」
「なんだと!この毒婦がっ」
「いけしゃあしゃあと、大方、王子を逆恨みしての蛮行であろうにっ」
自分たちの言を嘲け笑い否定した侯爵令嬢に王子の隣に控えていた公爵令息と伯爵令息が吠える。
「あらあらはしたない物言い・・・戦場でこそ優雅な言動を心掛けるのが貴族としての矜持ですのに。」
「公爵令息と伯爵令息は我が友だ、二人の言こそ信に値するものと余は思っている。今の言は取り消してもらおう。」
「あらあら、それは残念ですこと・・・王子も戦場に当てられているご様子。しかし結果は見ての通り、敵は退却、大勝利ですわよ。お喜びになってはどうでしょう?」
王子の言にも嘲笑混じりのもの言いで返す侯爵令嬢に王子の身体は怒りに震えた。
「・・・ふざけるなっ!!それでこちらの兵が何人死んだかわかるかっ!余の腹心も幾人死んだことかっ!!!だれか、こやつを反逆罪で拘束せよっ!」
王子は侯爵令嬢にそう厳しく言い放つと、本陣を守る兵達に命令した。
しかし、本陣内の兵で動くものは誰一人として居なかった。
「・・・なぜ?だれも動かんのだ!?」
「いえいえこれで良いのですよ。彼らを咎めてはなりませんわ王子・・・・・・お前たち王子達を捕えなさい!」
「「「はっ!!」」」
「な、なぜだ!」
戸惑う王子をよそに侯爵令嬢の命令に従って兵達は素早く動き、王子や貴族の令息、そこに居た王子の臣下の一部を瞬く間に取り押さえた。
「ほかの敵の兵、不穏分子は?」
「すでに殺すか取り押さえております。」
「ご苦労さま、みなに我々の勝利と伝えなさい。」
「はっ!」
侯爵令嬢はやってきた副官に確認をとり、副官にそう伝えた。
副官が天幕を出ていきしばらくすると外からは大勢の兵が挙げる歓喜の叫びが響いた。
「くっ、どういうことなのだ・・・」
侯爵令嬢の前に跪かされた王子は茫然と問う。
「己の敵と味方の区別くらいはつけられないの?わたくしは貴方の味方?それとも敵?」
「ま、まさか貴様、反乱軍に・・・」
「もともとこうする事が今回の作戦ですの。今回、貴方がお連れしてくれた多くの兵は、いずれも現王国の体制に不満ある者達。あの戦いの中で現王国に付くものを殺し、反体制派をわたくしの傘下に入れることが第一の目的ですのよ。ついでに次期国王の貴方と次代の王国の重鎮候補達を捕虜とすることができたのは行幸といって良いでしょう。」
「ばかなっ!」
「おバカは貴方様でしょうに・・・まさか自身の軍の編成や兵達の忠信すらまともに把握されていないなんて。」
侯爵令嬢は冷ややかな目で愕然とした王子に言い放った。
「快楽に耽り、自分勝手に権力を欲しいままに振う。中央の王侯貴族は潤い、我らの民と土地は干からびていく。国を支えている我々をかえりみない王国の現体制にはみな嫌気がさしているのです・・・・反乱を起こすほどにね。」
「そんな・・・・」
今回王国軍としてこの戦に臨み、反乱軍に加わった地方領主の一人が進み出て述べる。
その一言を受け王子は深く項垂れた。
「それにしてもよくあの戦を見て気づきもしなかったものですわね。わたくしの傘下にある軍同士の前線では笑いながら討って討たれての大根演技でしたのに・・・」
「はっはっはっ、それは見事に大根役者達だらけでしたからな。しかし、戦を知らない王子等には真に迫ったものであったのでしょう。」
呆れたような侯爵令嬢の感想に地方領主が嗤いながら答えた。
「くっ・・・裏切り者どもがっ!!」
「あら、それはよい褒め言葉ね。そうね・・・・・王子の勘違いもついでに解いておこうかしら。・・・・私はね、王子にも家族にも捨てられてはいないわ。私が王子も、家族も、そして国すらも捨てたのよ。」
悔しげに睨めつける王子を見下して侯爵令嬢は嗤いながらそう言い放った。そして侯爵令嬢の合図で天幕が外されると、整然と立ち並ぶ軍勢がそこに現れた。
「おまえ達、アホ王子にわたくしが誰だか教えてあげなさいっ!!」
「我らが反乱軍の盟主アレクサンドラ・アマルベルガ嬢に万歳!!」
「「「「「万歳!!!!!」」」」」
「我らが華、アレクサンドラ・アマルベルガ嬢に万歳!!!!」
「「「「「万歳!!!!!」」」」」
反乱軍盟主アレクサンドラ・アマルベルガ嬢は賛美する兵達に手を挙げて応えた。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」」」」」
軍勢の叫び声は広大な平原と透き通る天空にいつまでも止まずに響き渡った。
その後、反乱軍は呼びかけに答えた地方領主が次々と加わり反乱軍は勢力をより増していった。
「これで我らの直轄軍は5万7千にもなります・・・・・次は王都でも攻めやすか?」
副官の問いを反乱軍盟主アレクサンドラ・アマルベルガ嬢は首を振って否定した。
「いいえ、何の為に王子達を捕虜にしていると思っているのよ。彼等には役に立ってもらうわ。十分に王国には血を流させ、せいぜい民心を削いでもらうのよ・・・こちらはこれから貿易の要、第三都市を手に入れに行くわよ。」
王手はじわじわさすものよと盟主様は副官に言う。
密かに反乱軍を組織し、わずかな間に砦を落とし、敵味方構わず戦を支配し、王国軍のふりをして王子を捕虜として、今も近隣の領主から恭順を伝える使者が次々とやって来ていた。
この規模の軍勢を易々とまとめ上げてしまう手腕と先見の智謀、そしてその華あるカリスマ性に副官は脱帽の思いであった。
「さようで・・・しかし盟主様はいつから王国を乗っ取ろうなんて広大な計画を建てておいでなのですかい?」
「無論、生まれたときからよ。」
「あなたが言うと、それすら信じてしまいそうになりやすな。・・・となると婚約から婚約破棄、反乱軍の立ち上げと今までの流れの全ては盟主様の手の内というわけでやすか。」
「ふふふ・・・・・王国という果実は必ずこの手で絡め採ってあげるわ。」
「・・・おそろしい方ですね。だが、だからこそ付いて行きたくなりやすよ。」
「ふっ・・・さあ、おまえ達!わたくしたちの国をとりに行きますわよっ!!」
「「「「「「イェス、マム!!!!」」」」」」
「ふふふ・・・うふふふふ・・・おーほっほっほっー」
嗤い声と共に反乱軍の軍勢は次なる目標へと動き出す。
すべては令嬢の思惑に沿って動きだし、地方で起きた反乱の戦火はアレクサンドラ・アマルベルガの名と共に業火となって王国全体を一人の色に染め上げるのであった。
悪役令嬢が実はいい人・・いえいえ、悪役は悪役らしくしたほうが尚の事良いのではないのでしょうか。というお話でした。