深夜のドライブ
以前に投稿した『深夜のドライブ』を再投稿します。
改稿済み。
先日の話だ。
苛々が募り深夜の量販古物店に行った私の小景を届けたいと筆をとる。
苛ついていた原因はすでにして忘れた。いやいや子供が三人も狭い家の中にいるのである。
小学生が三人やぞ。
それが6畳一間で肩寄せ合って、ずっとゲームしとるんやぞ。
推して知るべし、そらぁもう喧嘩三昧ですがな。意味がわかんないレベルで猫の子ですがな。
寝る、食べる、じゃれる、なんぞ喧嘩する、とばっちりでにぃにぃ泣きついてくる、かぁちゃん置いてけぼりで仲直り、遊ぶ、喧嘩。エンドレス。
それをかわいいと思える奴は他人です。いいですか、…………だからソコは問題ではないのです。しまった話が逸れた。
足に任せて行った先がエログッズコーナーというあたりの業の深さだという話ですよ。
心の底から憐れんでいただきたい。
……そういうのも、いいから。
ともかくだ。月が西に傾いて煌々と照る時刻、たったひとりで車を動かした先が中古物売店だと想像してくれ。
真冬の寒さから一転、心理的防犯も兼ねているのか過剰な照明とにぎやかなネオン、適度な暖房の店内に入った私は、てれんぱれんとリズム良く古書コーナーからR18コーナーに足先を向けた。
ココで重要なことは照れてはならぬということ。
私は常々不思議に思っているが、男性というものはあれだけ堂々と女性の肌色の広告を見せつけてくるわりには羞恥度が高い。大概のエロコーナーでは、私という異物は男性に視認されるやいなや、即座にぼっちにされる。
それまで楽しそうに品定めしていた男性客はわりと例外なく顔をこわばらせ、彼らは潮を引くようにしてフロアから消えていく。フロアである。一階しかないところではR18コーナーから消えるのみだが、それはもうすさまじい。私がゴキブリかという勢いだ。なんというか、威力営業妨害に近い。現実世界では私は一介の主婦であり、子供の教育の観点からも現物を買うわけにはいかないので毎回眺めるのみ。あらやだガチでの営業妨害。
そこらはもう本当に申し訳なく思っている。
どうでもいいが私は若いころからその手の好奇心が強く、男性用エロコーナーによく行っていた。
繰り返すが純粋なる好奇心である。欲求不満ではない。
同性であればわかってくれると思うが、あれな、男性用エロはネタの宝庫なのだ。笑える。素で笑える。
なんじゃそりゃ、というもののオンパレード。
自分でいうのもなんだが若かりしころ箱入りだった私は、他人様よりもちょっと好奇心が強くもある。さすがに世間体というものがあるのでR18ジョークグッズ売り場には行ったことがないが、PCゲームやエロ同人誌においては遠慮会釈なく品定めをするのが大好きだった。
若い小娘というものは着飾ることも義務であるという親の信念に従い、きっちりした格好で出歩き、心の思うがままにエロコーナーに入る。
おいおいコレで用は足りるのか、デフォルメされ過ぎて奇形、ストーリーに無理がありすぎてギャグやろ、と突っ込みながら淡々と熱心にパッケージに見入るのである。
男性陣は、面白いほどに同じ反応を返す。
まず棚に伸ばした手に注目する。あれ、という顔で、下、つまり足元に目をやる。え、あれ? という顔でちらちら横眼が上がってくる。コートを視認し、ぎょっとしたような雰囲気になり、顔を二度見される。ぽかんと口を開ける御仁もいらっしゃった。ただ全員、もれなく私に話しかけようとはしない。ゼッタイにだ。
急いで品物を棚に返し足早にコーナーから去る。この間おおよそ30秒もない。
二やついてもない。周章狼狽され、攻撃してもないのにカウンター受けたし?! という態でいずことなく消える。
私が小娘であるときは反応が顕著だったが、くたびれきったオバサンになってもわりと対応は変わらない。
……中古だろうが新品だろうがエロ本とエロゲームの販売店にはやや悪いことをしていると思っている。
何故エロコーナーに入るのかといえば、そこに笑いがあるからだ。
大体において私があちらに顔を出すときは落ち込んでいるときが多い。心の底から湧き出る笑いを愉しみたい、短時間で。というときに非常に便利なのだ男性向けR18は。
よくもまぁ、こんなに創意工夫して二次元を三次元に持ってきた。もしくは、肉欲を昇華させるための妄想を都合よく形にしようなんて七転八倒するよな、というか。なぁなぁ、その艱難辛苦、必要?
そらぁもういじましいし笑えるしクソ感心する。万人にはお勧めできない方法かもしれないが、ストレス解消としてかなりイイ。真面目にスカッとする。
剥き出しの、『こういうのが! ほしいんだ!!』は、なんというか美しい。
現実世界の女性なんて、そのうち必要なくなる。賭けてもいい。男の人が求めてることって、性においてはバーチャルで事が足りてる。
おっと、これは素晴らしい。奇跡的に本題に戻ったよマンマミーア。
話を冒頭に戻す。ふらふらとエロコーナーに引き寄せられていた私はふと何の気なしに顔を上げ、それを見た。
見てしまった。
カップル繋ぎをしてアダルトコーナーに入ろうとしている馬鹿者たちを。
なん…だと。
漫画的表現は常に前振りなく我が脳内に来臨される。寸の間だが、まぎれもなく私は硬直した。呆然と、目の前の邪知暴虐を理解しようとした。そうして、できなかった。
意味がわからない。
私にとってエロコーナーとは癒しの場であった。客はひとり、もしくは男性ふたりとかで来るものなのだ。げらげら笑う声は男同士の物でなければならぬ。どこか侘しいというか、『え、お前こんなんでオッケー?』みたいな、極めて底面での探りあいなら私も慣れているし好きだ。だがそれは、男同士だから許せるのだ。寂しいもの同士だから、笑える。
ばっかやろうカップルだなんてそんな、ばかな、そんな。
亭主もいるのに、大前提として自分の子供だって三人もいるのに私はリア充ではない。
私は妬ましさのあまり理性を薄れさせ、ふらぁっと彼らの後についてアダルティな場所に踏み入れようとした。
そのときである。
側頭部をぶん殴られたかと思ったのだ。すれ違ったのは、その日、その子にとっての叔母からもらったパーカーを着たうちの子、2番目……ではなかった。
八重歯、眼鏡、くせ毛の天然パーマ、ひょろりと中肉中背の彼は二番目と特徴的に何もかぶっていない。
しかし鮮やかなオレンジとピスタチオグリーンの上っ張りなんぞ滅多にお目にもかかれぬ。
まじまじと私は彼の顔を見、そして一瞬で「まおカレの徳間や!なんや本当に現存したんかいな!」と見抜き、驚愕した。いやいや真面目に、私の中の彼とすれ違った彼は同一人物だったのだ。
私の妄想の中で。
その思い込みの力により通路ですれ違っただけの彼はすぐさま私の中で男子高校生と相成ったがしかし、その瞬間に私はまたもこめかみをぶん殴られた。
何しとる!こんな夜中に!こんな場所で!しかもアンタ、なんで楽しげに同年代の子と肩組んどるんや?!
ええい、どこをどう取ってもカァチャン許しませんで?! どんな了見でこんな時間にこんなとこにおるんか、こんなんどこの親なら許しますかいな、さぁさぁお馬鹿さん、母ちゃんに申し開きできるなら言いなさい!!
……という叱りつけ思考は雷鳴が如く轟音を伴い脳裏に展開する。
もちろん。
もちろん、すれ違っただけの推定高校生な彼は私にとって普通に他人である。いや、うちの2番目にくれたパーカーと同じモノを着ていたせいで瞬時といえど勘違いしたわけだがつまり他人である。私が怒る筋合いではない。
だが、恐ろしいことに私は頭にかっと血が上り、あやうくガチで、その推定男子高校生を怒鳴りつけるところであった。
ガン見とか、もうアレはそんな眼光ではなかったと思う。二度見どころか、友人と組んでいた肩の手までじろじろと見てしもうた。怒りを込めて。
しかし、当然のように私にもかろうじて、そう、1mmくらいの薄さで理性は存在していた。
あれは違う。うちの子ちゃうで、私。
唇を、歯型が付くくらいに噛みしめつつ足を進める。3mくらい過ぎ去ったところで『ところであいつら、いま、どこから出てきたん?』という疑問がわき起こったが下種に過ぎる。高速で沈めておいた。
さて、かようなアクシデントがあったのである。我が子へのスタンスを思い出してついついアダルトコーナーへの執着も薄れかけたし、楽しそうに語らいながら仕切りの中に吸い込まれていった馬鹿っプルへの妬みは飛んだかと思えた。
脳内は控えめにいってもぐちゃぐちゃ、支離滅裂だったのだが、進路は急に変えられない。私はヨロヨロとアダルト物販コーナーに辿り着き……エログッズを二人して見定めているヤツラを見た。
見つけてしまったのだ。(二度目)
さっきの推定高校生について、母ちゃんは許しませんけどな……お前らの存在もわりかし真面目に許容は出来ん。人として。
ごぅ、と頭に血が上るのが分かった。
はっはぁクソッタレ、その、繋いでいる指が今すぐ腐り落ちるがいい。
むしろ今夜、あの彼氏の方のナニが役に立たなければいいのだ。
そう、お前にはインポの呪いをかける!!
あの瞬間の呪いの強さはこれまでにないレベルだった。ちょっとだけ、私大丈夫かな?って不安になるくらいカッとした。しかし妬ましいのだ。悔しいのだ。
深夜のエロコーナーだよ?こっちはババア一人だよ?!なんだこの惨めさ!ネタか?!
私はぐっと拳を握りしめた。そうでもしなければ、変質者チックで申し訳ないが、本気で彼らの繋いだ手指に「きぇぇぇっっ!」と手刀をかましそうで怖かったのだ。
我ながら冷ややかな目をして彼女の側から取った性交用のオイルにはカカオバターがふんだんに使われており、リラックスできるらしい。なるほど。
私には使う予定がビタイチない。
涅槃仏像の穏やかな顔をしたまま私はグイグイと彼らへの距離を詰める。はは、お前らが私の見たい商品の前におるんやんか。そらもう仕方ないやろ。
確信をもって手元及び肘辺りまでををチロチロ見てやった。これをやられると、なんというか全身をねめつけられたような感覚がするのである。推測だが。
おぅおぅ、ふふん、男の方がじゃっかん居心地悪そうだ。女性の方は戸惑って、……る、のか? やべぇババァの妬みやと思われたくない。彼氏側からしか見えんとこに行こう。
ふひひ、そうや、お前なんぞこの寒い中、値段重視で季節外れの冷感ローション(値下げ済み)を買って顰蹙までかうがいい。地獄に落ちろ。いやさ捥げろ。
私はなおもぐっと拳を握る。ローションはかろうじて棚に戻したがもはや本来の大目的、男性のためのアナル開発グッズを見る余裕はない。早く何かを手に取らないと手刀が。この呪われた右手が黄金何とかを繰り出しそうで怖い。
90度視界を、立ち位置を変えた。ふと目についたものを、私は手に取った。
毎シーズン初期に出る家電のカタログを家電芸人に与えた時のように(見たことはないが的確な例えだと信じてる)、真剣な目をして商品と説明リーフレットを見比べ、様々なことを学習していく。ほほぅ。ふむ。勉強になるなぁエロコーナー。ちなみに私はミントチョコのストライプが好きだと思う。内容抜きで。だってパッケージ可愛いし。
何を話しているものか、彼氏と囁き合ってクスリと笑った彼女に脳髄が沸騰しそうだ。私の理性は沸点が低すぎるともっぱらの評判なのだが、まさかこんなことで脳卒中を起こすわけにもいかぬ。
彼氏への禿げの呪い、彼女には胸から体重の落ちる切実なる願いを神に祈っておいて、私は素知らぬ態でジョークグッズを耽溺した。見るだけだが頭の中では、んもぅバリバリに啼かしたとも。拙作に出てくる受けの子たちをな!
キリキリと歯ぎしりをしていないのが我ながら不思議であった。この妬み心の強さも不思議だが解析はしないでおこうと思う。
そのうち、彼らが何も買わずに物販エロコーナーから退出していくのを意識の片隅で知覚した。うん、本当は視界の端で見るくらい意識してた。帰れ。
お前らなんかやっすい中古車のシートで何かの汁まみれになるがいい!
悪意に満ち満ちすぎているひとり言をかろうじて噛み殺しながら勝利のタップは足で踏んだ。
私は青とシルバーのボーダー柄をそっと棚に戻す。テンガ万歳。多種類万歳。そして、研究熱心なオナホ開発者よ、私が思うにオマエら、欲求不満なのか?!エロへの探求心、ちょい行き過ぎてくないか?
私は何も買わずにエロコーナーを勇ましく出ていく。深夜の客としては迷惑この上ない。
最初の方でも書いたが、大体、私が入っていくとたいがいの男性客はぎょっとしてコーナーからそそくさと立ち去ってしまう。これはかなり残念なのだ。私としては一度でいい、ざっくばらんに彼らから使用感を聞きたいのだが。特に4Kgの重量を持ったリアル尻のグッズな。「そこしかいらね」という潔さがにじみ出た一品な。カッコイイよ、むしろ。漢だよ。ああ。
男か。
ため息をつきながら私は仕切り沿いに迷路みたいな通路を抜け、暖簾をくぐり(エロコーナー明示のために掛けられてる)、娑婆に戻った。愛らしい商品なんざ見たくもない。
くそ寒い店外へと、誰と手をつなぐこともなく出る。あったかいココアが飲みたい。太るか。そうか。そうだな。
デブなババアには世間も冷たいか。
そうして、つまり私は最初から最後までひとっことも喋らず、深夜のドライブを終えた。