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後悔の話

はい、今回は毛色が違います。

出てくる人間はもちろん、私本人ではなく、脚色しています。カモカのおっちゃんというか赤マントも、実在してません。





 

 今日も今日とてPCゲームを弄り回していた私のところへ設楽さんが遊びに来た。この男は良い奴なんだけど場が読めない。私扮するヒーローが世界を救おうとしてるのに、勝手に後ろで茶菓子とペットボトルを広げ、ちゃぶ台の上に店を開く。


「俺が来たんやしゲーム止めてくれる?」

「アホかアンタ。いま私は世界を救っとんのやで。目線すら外せんし。話しかけなや」

「ふぅん? お前さん、言うとくけど今日の俺を無碍に扱うと後悔すんで?」

「なんやん」

「午前中で売り切れ必至の和菓子屋『そのだ』の季節限定桜餅や。朝イチで近くに用事があってな。買ってきたん」

「マジか設楽くん! ちょいちょいちょい待てや。いま終わらす」


 私は飛び上がりたい気持ちを押さえてゲームの3-11面を終了させた。精霊はきゅぅんと鳴くが、あははは桜餅に勝てるものかね、二次元が。


「うっわあ素早いな。その動きをもってすれば君で充分、世界を救えるんやない?」

「アホ言いな。なんで私自身で世界を救うんやん。ああいうのはタフで頭の良い、そうやな、こんな言い方こそズルいけど『チート』な奴らが働けばいいとこやろ」


 たかが和菓子で釣れる現金さを揶揄されるものの、柳のごとくに受け流すことは私にとって息を吸うのも同じこと。つらっと言い返し設楽さんの向かいに座ると、いそいそ皿に置かれたピンク色の艶めかしい桜餅を持ち上げる。

 薄花色のもち肌を堪能するため矯めつ眇めつ外見と香りを堪能してるうち、ことりと茶が置かれた。淡い緑の透き通った冷茶はガラスのグラスに入った時の色が気に入っている。ペットボトルだのなんだの、味をどうこう言えるほど私の舌だって上等じゃない。

 これで十分に過ぎる。


「いただきます」

「召し上がれ」


 桜の葉を剥ごうか、寸の間で迷う。指は踊るように桜餅の上を二往復して、私の意思とは無関係にそっと葉をずらした。なるほど、本能の方が判断は早いか。

 まずは一口。葉のないところを選び、桜色ともち米のざらりとした触感を楽しむ。間髪入れずに漉し餡が舌先に触れる。

 心持ちの塩味。ふわりと上がる緑。小豆の土臭さ。

 滑らかで、餅よりも先に餡は溶けてしまうのに、きちんと甘さは舌の真ん中に残る。

 続いて、葉の残してあるところを一口。こちらは塩味がやや強くなる。ぶつりと葉脈を噛み切る歯応え。抵抗したくせに、表皮を失くした餅はその後、ずぶずぶと年増の乳房のように私の立てた歯を受け入れる。葉っぱの先端は心持ち尖っている。くるりと、完全には潰されていないもち米を包み、私の舌上で踊る。口中でばらばらにならない、かといっていつまでも口蓋にまとわりつかない潔さ。


「ああ。すごーく、美味しい」

「そうやろな。君の食べ方で上等やって伝わる。俺の分まで喰う?」

「………………うーん、いいや、遠慮する。勿体ないやろ。いいモンは、惜しいくらいがちょうどイイ」

「言い切ったわりに溜めは長い」

「そのかわり、チャンスがあったらもう一回、食べたい。君の慈悲を待っとく」

「自分で買いに行けや」


 引きこもりの私に設楽さんは簡単にハードルの高いことを要求し、自身は一口で餅を喰った。……いや、いいんだ。だって意地を張ってその餅を貰わなかったのは私なんだもん。

 せやけどそんな、なにも一口でいくことないやろ?


「君、そんな安い後悔するくらいなら、なんで俺に譲るん……」

「安い後悔てなんやんな。私は後悔などしてない。そう、これは……惜しんでるんです」

「どう違う」


 設楽さんは口を空にすると茶をぐっと煽り、にたりと笑いながら窓から入ってくる暴力的なまでに花の匂いのする外の空気を目一杯に吸い込んだ。ごろりと転がるついでに座布団を二つに折る。カナリアを貰った猫は彼の如くに笑うのだろう。

 その撓んだ糸目を見ながら、私はふと思いついたことを聞いてみることにした。


「そうや設楽さん。いっぺん聞いてみたかったんやけどな」

「なんやの」

「長ごなんで」

「どうせ暇人やん」


 気持ちのいい許しを得て、私は設楽さんに疑問をぶつけてみた。

 まとめると、「後悔について」、だ。


「私の座右の銘はな、基本的に漫画や小説からもらっとるんや」

「中二か」

「我、事において後悔せず。万事塞翁が馬。石橋を叩いて渡る暇があるなら走り抜けろ。誰に誓った? 自分に誓った! ……ってぇ辺りやな」

「思てた以上に中二やった」

「しゃあないやろ。ほんまもんの小中学生くらいから身に沁み込ませてきたんやし」

「そんなん考える子供、嫌やわぁ」


 鼻の頭に皺を寄せる設楽さんは笑っている。私たちは同年だ。見てきたものや記憶している領域はかぶりやすい。驚くほどに家庭環境が違っているから、だからこそ面白い発見も尽きないのだけれども。


「そんで、成人してから合言葉にしてきたもんもあってな。やらん後悔より、やった後悔、や。背景は一緒やし、わかってくれるか?」

「あぁ、まぁそんなもんやろな。買い逃がすと二度と買えんもんは、誰ぞが思うより多い」

「それや」


 補足する。

 私の住んでいるところは田舎なのだ。よって、都会部に買い物に出かけるときにこの合言葉は生まれた。だってそうでしょう。車で二時間なんて、そうおいそれとは来られない。次に来るときは半年後なんだよ? 

 かわいいけど高いし……って迷ってるセーター。シーズンの真ん中すぎて、回数的にどれだけ着られるか迷うTシャツは、次に来るときにはもう季節外れになる。売ってない。

 季節限定のタルトも空豆と桜えびのおこわも。そのときにどれだけ満腹でも、買って、食べておかないと。


 商店街はあってもショッピングモールはない。バーゲンセールはあってもアウトレットモーはない。


 そんな時代と場所で成長し大人になった私は、そういう経緯で「やった後悔を選ぼう」って気質の持ち主になった。

 それで、この合言葉。使ってみるうちに気が付いたのだが、私とは非常に親和性が高かった。かなりの応用力もある。というかその……、つまりこれ、私の個人的な物欲に躊躇をかける、そのブレーキを解除するための言葉でしょう?

 迷う私の背中を押すための単語として使うわけだから、まぁね、そりゃぁ推して知るべし。

 非常にしばしば、当時の私は『やった後悔でしょ』って言い訳してた。


 そうして、何年も使い続けるうちに合言葉は座右の銘になった。


「汎用性も高いし、私には特にこの傾向が強いようでな。せんやった後悔は、いつまで経っても苦いままや。そんで逆に、やってもうた事についての後悔は、反省すれば笑い話になる」

「まぁな。5年も経てばどんなに苦ぅても味は薄れるわな。消化さえすれば」

「消化は大事な」

「マジでな」


 思い出したくもない記憶を振り切るように頭を振る。とぷとぷとペットボトルから茶を注ぎ、一息で飲み干した。脳内の黒歴史はうっかり蓋を開けられないほどにぎゅうぎゅうの態で箱に詰められている。今は開ける気がない。


「もう何年か前にな、西尾維新の小説を読んで唖然としたんやわ」

「はいはい」

「やった後悔のがマシだなんて、どんだけ温い選択なんだよ。『取り返しのつかないことをやってしまった』事への悔いはどこまでも重くて、それこそ一生ついて回る。気軽にやらなかった後悔なんて言葉、使うんじゃねぇ」

「意訳やな」

「当たり前やろ。そんな記憶力良くないし。そんでこれがなぁ。読んだ時からずっと、モダついててなぁ」

「どこがや」


 設楽さんは折っていた座布団をいったん広げ、今度は反対側にたたんだ。肌に触るところが暑くなったんだろうか。くすんと鼻を鳴らすのはこの男の癖。最初に聞いた時、くしゃみの一種かと真顔で聞いたものだ。侮蔑的な要素の強いこの仕草を嫌味なくできるのは才能だと思う。むしろ意味もなくかわいいとか反則だろう。


「だって私の合言葉とは正反対やで? しかもそれが道理ときた。確かに、やったしもうた後悔はモノによってはくそ重い。……正論は強いなぁ設楽さん。あの意見を読んでからな、私も反省したわけや。それまで、人前で私も『やんない後悔の方が重いよ』とか言ってたわけやし? ああ悪かったなぁ。簡単に決断を唆したなぁ、と、こう、落ち込む……べき、なんやろうけどな。けど、……けどがよ。どこがモヤつくんやろか、っていうとこから、モダついてて」

「そりゃあ君、君の決断がきちんと線引きされとるからやろ」

「……ん?」


 あんなぁ、と前置いて、設楽さんも身を起こし茶を飲んだ。空になったグラスを弄ぶ。


「前提として、君の後悔する『モノ』は、すでに線引きされとる。君が決断した事象、失敗しても致命的なことにはならんタイプの物やろ」

「…………んーぅ?」

「買い物、食べ物、君自身の未来への選択。お前さんの選ぶ選択肢の中には、すでに他人に迷惑をかけるレベルの物が入ってない」

「……」

「例えばや。君、株でもなんでもいい、誰かに投資を進めたことが、ええと、詳細まで揃えてガチ推ししたこと、ある?」

「用意せぇ言われたらしますけどな。っつか人様の金に口出しするもんか。そんな責任の取れんことは言わん」

「同乗者のおる車の進路に初めて行く道を選ぶか?」

「するわけがないやろ。なんかあったら大変やん」

「ほらな」


 なにが『ほらな』なのか、一瞬だけ、わからなかった。


「もしも万が一。君が軽い気持ちで右左を助言して、それで他人が一生モノの怪我をしたとする。お前さんはそれを気に病む。けど、そんなに長い事やない」

「決断は、彼と彼女のモノや。どんだけ助言しても、選んだのは私やない」

「言い切れる強さが、言い換えれば薄情さが、君や」

「……」

「……な? 最初から、『やった後悔』は、君にとって重い物が残らんシステムになっとる。お前さんは誰の助言も等しく扱う。カードを揃えて、自分自身で判断する。それを無意識に他人にも求めてる。だったら」


「「後悔はすでに、線引きされとる」」


 …………長い間をおいて、私はぼんやりとPCへ向き直る。19インチの薄い画面で邪悪な魔女とドルイドとヴァイキングが私を待っている。あぁ、続きをせんと。

 世界を救わんといかん。


「……自分の決断を、人のせいにする奴らがおる。そういうことか?」

「そういうことや。そらぁ助言と命令をはき違える人間にアドバイスしたら責任は大きくなるわな。『やらかした後悔』は軽い気持ちで言葉を吐いた奴にのしかかる。つぶれる重さで」

「自分の分と、他人の分と」

「つまり『やらかした後悔の方が重い』っていう結論は、確かにそれも事実やって事や。人によってはな。線引きされてない自我を他人に任せる人種と、それをまとめる人間にとっては」

「……他人に判断を任せるのは、無責任やろ」

「さぁ、それはどうやろな。考えんで済むし、言うても楽や。大体、赤の他人の後悔なんぞ、どこまで背負うかも他人に判断させれば広がるな? 人のせいにする方が簡単やし」

「…………せやけど、……後悔さえも、私のモノや。人のせいにするんは、反省も手放すことと同義やろ」

「ん。君の、その手の無駄に強欲な薄情さは、俺は嫌いやないよ」


 設楽さんは、しれっとさらっと言い放った。続けて、あぁ春やな、と伸びをする。タイミング良く鶯が鳴いた。こんなアパートのどこに鶯の鳴ける木があるのか皆目わかんないけど、春になると鳴きはじめる。誰かが飼ってるんだろうか。


 嫌いやないんやったら、好きか。


 聞こうとして、あまりにも話題が突飛にずれるかと飲みこんだ。この男は本当にズルい。友人のラインをギリギリまで攻めてくるわりには言質を取らせない。

 設楽さんは、起き上がってた体をまたごろりと転がす。太陽は中天を過ぎてる。今日はいつまでいるつもりだろうか。夕飯は喰ってくんだろうか。


「カレー、肉じゃが、オムライス、焼きそば、魚の焼いたの」

「魚がいい。みそ汁もつけてくれる?」

「好きな実ぃを買ってくればいいやんな」

「白いご飯は3合でよろしく。夕飯は何時の予定?」

「んー、18時かな」

「じゃあ後で、間に合うように買い物してくる」


 喰い物で釣るとか、大概ズルいのは知ってるんだけど。まぁ恋は戦争っていうし、このくらいのこと、戦略でもなんでもないだろ。たまたま夕飯のメニューに迷った私が訪ねてきてくれた友人にリクエストを聞いたくらいのことだ。

 設楽さんは宣言を終えると目を閉じる。一眠りしてからお使いに行くのだろう。先週や先々週、その前もずっとそうしてきたように。

 結婚式の二次会で知り合って、少しずつ、いつの間にかのスピードで進めてきた関係はあやふやで綱渡りだ。あっちがどう思ってるか、私がどう思ってるかすらはっきりと形にしていない。


 まぁ、物事はなるようになる。いつか。


 私は時計を睨み、あと4時間は世界を救うためにPCの画面上を右往左往できることを計算した。ふむ、そろそろ今日中にすべての面での3つ星クリアを目指したい。最後のボーナスステージを開けるんだ、勇者よ。

 すぅ、と寝息をたてはじめた男の傍を通って皿とグラスを下げる。返す足でPCの前に座った私は。



 後悔と自己責任の線引きを、それこそ自己完結したことで勝手に満たされ。

 実にすっきりとした気持ちで、邪悪な魔女をこらしめるためのマウスを握った。


し、小説仕立て……と言い張るスタイル。言いたいことは伝わるでしょうか。

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