空を見た、夢を見た、空を見た
初めて投稿させて頂きます。
拙い部分でいっぱいだと思いますが良ければご一読下さい( ;∀;)
空を見た。日の傾き始めた午後6時。
真昼の暑さから大きく開けた窓に、冷たさの混じった温い夕方の風が私1人しかいない教室を包む。
その向こうに、丸くて大きな月が薄っすら見えた。
望月のかけたることもなしとおもへば
ついさっきまでやっていた、古典で出てきた和歌を思い出す。
確かに今夜は完璧な満月のようだけれど、と私はシャープペンシルを止め自嘲気味に笑う。
薄っすら見えている今のこの月は、あの平安の全盛を飾った御堂関白の思い描いた満月というより、今の私の満月みたいだ。
机の上に散らばる参考書やペンを片付けはじめる前に、いつものように私は教室の入り口のすぐそばにあるスイッチを押し電気を消した。ふっと教室から光が消える。それから机へ戻り、鞄にいそいそと散らかったものを詰め込み始めた。
教室のドアを開く前、いつも身体が強張るのがよく分かる。
どうか、今日は…
がらり。
ドアを開ければあるのは向かいの、同じように電気の消えた教室だけ。
と、ほっとしたのも束の間だった。
「お疲れ。」
左側から声が聞こえた。
私は俯いた。顔を上げなくても分かる。彼だ。
「電気消えてたから帰っちゃったかと思った。」
帰ろ、と言う彼に、ん、と私は今日も従ってしまう。それは一種の後ろめたさ、罪悪感からきているのだろうか。前を歩く、男の子にしては少し低い彼の背中を見て思う。
ぼんやりと後ろにつく私に彼は不思議そうに振り返って立ち止まり私を待つ。
それにまた罪悪感が込み上げてきて、ごめん、と言って彼の隣に並ぶ。彼はいいよ、と私の歩調に合わせて歩いてくれた。
それを優しさととれない自分にまた、嫌気が差した。
空はすっかり暗くなって、いつもの私の家へ続く坂へ差し掛かった。
それじゃ、と別れようとする私の右手を彼が掴んだ。私は驚いた。
今までこんなことはなかった。
別れ際、何かを訴えるような目で彼が私を見つめることがあるのは知っていたけれど、そしてそれを心底嫌だと思っていたけれど、こう直接的に表現されたのは初めてだ。
…何、と私は言った。出来るだけ嫌味に聞こえないように、そこからまた罪悪感が生まれないように。
それでも彼は何も言わない。察しろとでも思っているのだろうか。
その時、ぐい、と手が引かれた。
必然的に、身体が彼の方へ寄る。
やめて、と思った。
でもそれより前に彼の腕は私の背中に回り、また罪悪感が生まれた。
私はただ突っ立っていた。
数秒後、腕が解けた。
ごめん、そう彼は言った気がする。
でもちゃんと聞き取る前に、私は坂を一気に駆け上がった。
後ろなんて振り向かなかった。
坂を登りきってようやく振り返ると、彼の姿は見えなかった。
頰から何かが伝った。
反射的に上を向き、空を見た。
月が滲んでいた。
家に入って、何を食べるとも分からないまま食事を終えた私は、いつものようにお風呂に入り机へ向かったはいいけれど集中できなかった。
…動揺してる?どうして?
無意識に、さっき掴まれた右手を擦る。少し赤い。そこからやけにお気に入りのボディソープの香りがして、頭がくらくらした。
分かっていたことでしょ。
心が意地悪く毒付く。
そうだけど。でも、…
これ以上考えたくなくて、私は瞼を閉じた。
いつも、待ち焦がれている夢がある。
夢の中の私は、真っ黒な世界でうずくまっていて、何も見ようとしない。永遠の黒に塗れているようだ。
そんな時、どこからか君がやって来る。泣いている私の左腕を掴む。
私はその時に心からほっとする。
君に引かれて、黒を駆け抜ければそこにはいつも、あるはずだった未来がある。そして君が笑う。
たったそれだけなのに、その夢だけを私は待っている。
今日がその日だった。
いつもと違ったのは、君のとる私の腕が右腕だったこと。そして黒を駆け抜けている今この瞬間が、とてつもなく長いこと。
私はいつも夢のその先を変えたくなくて黙っているのだけれど、今日は思わず聞いてしまった。
…どこまで行くの。
君は答えない。ただ夢の中だからだろうか、息も乱さないまま私を引き走り続ける。
いつもなら君に会える幸せで気にしなかった「黒」を私は初めて直視した。
…やだ!
初めてこの夢で叫んだ。
君が向かっている場所が、分かるような気がした。それでも君は私を連れて走る。もうすぐだ、と予感した。それでも君を無理に引き離さなかった理由は、はっきりしている。
着いたのは教室だった。
今日と同じように、西陽の差す、穏やかな空。薄っすら見える月。
そこで君はやっと口を開いた。
大丈夫だよ。
右腕の痛みはなぜか感じない。夢だからだろうか。君は掴んでいた手を私の腕から離す。
もう、俺がいなくても。
嫌だ。大丈夫じゃないよ。
引き止めたい、いなくならないで。
この夢が醒めたら、きっともう君には会えない。そんな気がした。
いつも私を引いてくれた左手に触れようとするけれど、
前を見ろよ。
君はそう言って笑うと、私の前から消えてしまった。
教室の外から足音が聞こえる。がらり、とドアが開く。
私の右手に誰かが触れる。優しく握る。
誰だか分かっていた。それでも私は握り返してしまった。
目を覚ましたのは次の日の朝だった。いつものように学校へ行き、友達と話し、授業を受け、放課後の教室に残る。
明かりを落とした教室から出れば彼がいる。
「…帰ろうか?」
彼が遠慮がちに聞く。ん、とうなずく。
彼と並んで歩いていてふと、何で私はこの人と一緒にいるのだろう、と思った。
別に嫌いじゃないから。ただそれだけの理由だったはず。
君を失くしてよくわからないままに、彼の望むように最低限付き合ってきたつもりだった。
先に帰ればいいのに教室でわざわざ待っていたり、聞かれた事に相槌を打ち、調子を合わせていたのも。私が彼の為にやっている、そう思っていた。だから君に対して、自分に対して、後ろめたさが、罪悪感を生むことが出来た。
だけどそれは間違いだ。
昨日の君の言葉を、表情を思い出す。
私が彼に、甘えていただけだ。
後ろを向いて、そこを無理に前だと思い込もうとした。彼の優しさに付け入ったくせに、前にいる彼を受け入れ、君の代わりにする事は頑なに拒んだ。
だからこそ君は君なりの優しさで、私に黒をはっきり昨日見せたんだ。
…ありがとう。
前を向いて言った。彼は聞こえなかったらしく、ん?と聞き返しただけだった。丁度、私の家に続く坂。
彼は昨日のことを気にしてか、じゃあ、と言って来た道へ戻ろうとした。いつもわざわざ彼がそうしていることを、私は知らなかった。
初めて彼をこの坂の道から見た。
…ねえ。
私は彼を呼び止めた。彼がぎこちなく振り向く。私は駆け寄って、優しく彼を抱きしめた。
うん、大丈夫。
そっと君に報告する。
私は前を、向かなければいけない。
少しして腕を解けば、彼のまだ驚いたままの顔越しに、空が見えた。
月が綺麗だった。
fin.
読んで頂いた方、ありがとうございました。
…もっと精進します!




